フォースタートアップス(以下、フォースタ)には、目指す未来や素晴らしいスタートアップのことを、熱量高く語る人が多い。一方で、あえて言葉で語らず、行動で示すタイプもいる。入社6年目の古髙琢斗(Furutaka Takuto)はその1人。先頃、シニアヒューマンキャピタリストになり、今後のメンバーマネジメントについて聞くと「僕は誰かをマネジメント出来るほど優秀ではありません」と驚くほどに謙虚だ。だが、その言葉の裏には、仕事に向かう姿勢と成果から、後輩たちに何かを見て感じてほしい、仲間として共に成長したいという熱い気持ちがあるに違いない。タレント揃いのフォースタに、こんな職人肌の人物がいてもいい。
古髙は、フォースタの前身のネットジンザイバンク時代からの初期社員だ。ウィルグループに新卒で入社し、社内異動でネットジンザイバンクへ。当時、代表の志水は、ビズリーチ社(現・ビジョナル)の『ヘッドハンター・オブ・ザ・イヤー』で殿堂入りを果たした日本一のヘッドハンター。一流のプレーヤーであり、「日本を勝たせる」と大きなことをいう志水に関心を持ち、その言葉に共感してジョインした。それから5年強。フォースタの成長とともに歩んできた。
その間に支援できるスタートアップ企業は増え、界隈でのフォースタの知名度は上がり、フォースタ自体も急成長した。その変化はポジティブなものだが、だからこそ古髙は「流れに任せて本質を見失ってはいけない」と戒める。古髙は常に自分自身を律してきた。
「スタートアップのマーケットは流れが速く、身を任せていればとりあえずは進んでいきます。たとえるなら川下り。だからこそ流されず、自分の意志で進むべき方向をしっかり見定めないといけないと思っています。というのも、僕らのクライアントはみんな成長していて、彼らの成長を僕らの成長と錯覚しがちだから。これが危ない。彼らが全然成長していないように見えるほど、僕らも同じか上回るスピードで成長できるように、常に努力しなければいけません」。
実際にクライアントの成長と同じペースで走り、価値提供することを追い求めつづけた5年間だった。その行動は、マーケットの変化に合わせて刻々と変わってきた。たとえば当初は、CXO支援に注力した。「こだわった」と言ってもいい。スタートアップの企業にとって、よりインパクトのある支援をしたいと思ったからだ。実際、数々の支援をした。だが、次第に、必要なことはそれだけではないと思うようになった。
「企業のフェーズによって、進化をもたらす『人』は変わります。それ以前に、前提として業界全体が成長する必要がある。今は、就業人口7000万人のうち、スタートアップで働く人は数万人に過ぎません。これでは、世の中で話題にならず、誰も興味を持ちようがない。当たり前にスタートアップの会話がなされるように、人を増やすことが第1ステップです。そこから始めないと日本の10年後は変わりません」と古髙。この5年で確実に、より俯瞰的にものを見て、やるべきことを考えるようになった。
同時に年々、ヒューマンキャピタリストという仕事の奥深さも感じている。人という無限の可能性を持つ資産をスタートアップに投資するビジネスであり、リターンは何年も先になる。お金と違って、投資する「人」も多様なら、投資先の会社も多様。その1つひとつについて、どうすれば「解」が最大化できるか突き詰めていくと、5年以上やっていても「まだまだ」と思うのだ。古髙は言う。
「金儲けに走るのではなく、自分たちの信じる正しさを貫く。たとえ敵をつくってでも、いかに自分たちの精神力でやり抜くことができるかが鍵。中長期的に大きな違いが出てきます。本当に難しい仕事だと今も毎日思います。経験が長くなれば、成功体験も増えますが、環境の変化が速すぎて、少し前の成功体験と同じことをすると、あっという間に置いていかれます。常に新しいことにキャッチアップし、新しい自分になるためにトライすることがとても大変で、とてもおもしろいと思います」。当初は、そこまで思い至らず、難しさがわからなかった。今はやればやるほど難しく、おもしろい。その古髙の姿勢を信頼し、「古髙に頼みたい」と名指しで指名されることも多い。
「ヒューマンキャピタリストは、数少ないパートナーになれる仕事です。普通は受発注の関係になってしまいますが、僕らは違う。ただし、ただ流れ作業のように業務をしていてはパートナーにはなれません。パートナーとしてやらなければいけないこと、やりたいこと、やりたいけどできていないことを整理し、今、やるべきことを研ぎ澄ましていく。1つとして同じ仕事はありません」。
やっていることは、もしかしたら大義や提供価値を削ぎ落し、スキームだけにすると、人を企業に紹介してフィーをもらう単純な業務なのかもしれない。だが、そうさせないものがあるはずだ。古髙が追求するのは、そこだ。「例えるなら、システム化された回転寿司は、寿司を握ることは均一化した作業に近いでしょう。一方、『銀座久兵衛』の寿司職人の握りを、『作業』ととらえる人はいません。その差は何か。自分はどこまでプロフェッショナルになれるのか。そこにこだわりたいです」。
そんな古髙が先頃、シニアヒューマンキャピタリストになった。これまでは、いちプレーヤーとして自分に人一倍高いハードルを課してきた。CXOクラスの支援などハイレイヤーの支援に取り組むことから、社内では古髙を「マグロ漁師」と呼ぶ人もいる。それほどまでに視野を遠くまで広げてストイックに仕事に打ち込むのだ。古髙はいう。
「僕は、誰かをマネジメントするほど優秀ではありません。そんな能力もないと思います。ただ、長くこの仕事をしてきているので、その中での経験や知識をメンバーに還元することはできる。市場は僕たちを必要としてくれているが、まだまだ望まれている成果に対しては十分ではない。今までのいちプレイヤーで頑張るには限界を感じ、きついこともありました。だから組織として、市場に影響を与える存在になる必要があると考えてシニアを目指しました。ただ成果を出さなければ僕についていこうと思う人はいないでしょう」。
元々古髙は己の姿勢を背中で示したいタイプだ。ならば、説得力を持たせるためには、成果を出すことと価値提供することが絶対に欠かせない。ただシニアになって、それだけでは後進を育て、自分が信じる起業家と未来を共創することはできないと感じ始めている。
「リーダーだ、マネージャーだといっても実力がなければ肩書きに過ぎません。それだけでは社外で評価されませんし、影響力はない。一方で、社外で評価される人は、社内でも一目置かれます。だから、社外で評価される自分自身でありたい」と古髙。それを見て、周りの後輩たちにもいい影響を与えたいと、この職人肌の男は考える。「結果が伴っている人からのナレッジは受け入れやすい。長くやっている分、提供できるものがたくさんありますが、僕が成長して成果を出していなかったらナレッジとして価値はないと思います」。
そんな元々の古髙の気質を、長いつきあいの経営陣はよく知っている。「ずっと、お前ならやれる、上がって来いといわれていたのを、やり過ごしていたこともあります。でも今はちゃんとした形で恩返ししたい。リーダーシップを張ってくれともいってくれたので、僕なりの形で還元していきます」と古髙。内なる熱い気持ちが垣間見える。
自分なりの信念を貫きながら市場の成長に合わせ、古髙も変化し始めているーー。この5年余りでスタートアップを巡る環境は随分と変わった。フォースタも大きくなったが、古髙の感覚では、まだまったく足りていない。感慨も皆無だ。
「市場が大きくなり、興味を持ってくれる人も増え、そこに少なからず貢献はできたと思います。でも、この瞬間にも市場は動いています。マーケットが成長するのにあわせて、僕らも常に大きな影響を与えられる集団でなければなりません。今が大きくなったといっても、元々やりたかったことからすれば、全然足りません」と古髙。
上場もしたが、もちろん、これも古髙にはただのプロセスに過ぎない。「感慨はないです。上場は、僕らのいうことに説得力を持たせるための与信に過ぎませんから」と、手厳しい。環境が変わるなかで、変わらないのは「誰のために仕事をしているのか」という1点。逆に言えば、その思い以外はポジティブに進化しつづけなければいけない。大変だが、それがおもしろい。「僕は飽き性で、常に新しいことをやっていたい。その点、ここはとても合っています」。これまでもこれからも、大変なスピードで変化をしていく。
ちなみに5年あまりの活動で、印象に残っている支援事例を聞くと「すべて印象には残っているが、この支援という例はない」のだとか。その心は、当たり前にやるべきことを、当たり前にやっているだけだから。古髙の口からは甘い言葉もエモーショナルな言葉も出てこない。姿勢で、成果で、提供価値で示すのみだ。自分をほめるなんてもってのほか。評価は市場が下す。理想高き職人肌。だが、ここからは組織として更に高い市場からの要望に応えていく準備はできている。扉は開いている。