どんな組織にも人柄がよく、処理能力も高いゆえに業務が集中する人がいる。責任感も強く完遂するが、決して「私がやりました」とアピールしない。周りはスムーズに回っている状況を当たり前と思い、その人がどれだけ裏で手・足・頭を動かしているか気付かない。損な役回りだ。それを粛々とこなしているのが営業戦略室長の岡本麻以(Mai Okamoto)。企業担当の最適配置という、地味に聞こえて実はフォースタートアップス(以下、フォースタ)の全体最適に欠かせない機能を担う。
岡本が取り組んでいる企業担当の最適配置。平たくいうと各ヒューマンキャピタリストの担当企業決め。ものすごく地味に聞こえるが、タレントエージェンシー事業の全体最適のために欠かせない、非常に重要で繊細な戦略を必要とする機能だ。
フォースタのヒューマンキャピタリストは、toBの人材を必要とする企業に向き合う仕事と、toCの転職希望者に向き合う仕事の両方を担当する。企業と人材の両方を知るからこそ、双方にとって最適な出会いを創出できるメリットがある一方で、事業規模が拡大し、支援する企業も転職希望者も増えると非効率になる恐れもある。俯瞰的に見て、全体を調整する機能が不可欠で、それを担っているのが岡本だ。
岡本は草創期からのメンバーだ。当初は、経験と力量のあるヒューマンキャピタリストが個人のタレント性で成果を上げていた。企業担当も各人が自発的にやっていた。だが規模の拡大とともに、限られたリソースでスタートアップ全体に対して最大限の支援を実現するためには、効率的な配置が必要になる。そこで、岡本が「企業担当の最適配置」の担当になったという経緯だ。
ところで「最適」とは何か。機械的な「割り振り」でダメなのはなぜか。
「企業と担当者の相性があります。誰が担当するかで企業の採用の成否、ひいてはその企業自体の成否が変わる可能性がある。ヒューマンキャピタリストの特性を知り、専門性や相性を見極め、さらに担当者が、その企業を好きで応援したいという思いを持てなければうまくいきません。なぜなら、企業担当は、担当企業の起業家の魅力や市場における事業の成長可能性を理解した上で、ヒューマンキャピタリストたちに熱量をもって説明し、チームフォースタで最適な支援が実現できるように働きかける重要な役割だからです。配置した後に、モチベーション高く担当できるように働きかけることも必要です」と岡本。
考え抜いて配置し、配置後も折に触れコミュニケーションを取り、不都合があれば、抱え込まずにすぐにアラートを出すように促す。空気を読んで、全体のバランスも取る。フォースタでは日本を代表する起業家や経営陣、投資家の皆様にご来社いただき、社内勉強会を開催しているが、岡本はその運営にも関わる。
すべては日本の成長のために、どの企業に勉強会を開いていただくのがよいのか、その勉強会にはどのヒューマンキャピタリストが参加するのか、意思決定している。
「勉強会によってヒューマンキャピタリストがその企業のファンになり、その企業の可能性と魅力を転職希望者へ語れるようになるためにどんな話をどのようにしていただくのが良いか、をプロデュースすることもヒューマンキャピタリストの仕事です。ヒューマンキャピタリストは自分の担当企業を推したいのは当然ですが、フォースタとしてのバランスをとるのが自分の役目だと思います。」
時には配置替えも決行する。「関係値が成熟すると企業と担当者があうんの呼吸で動けてしまい、もう少し支援の成果を上げたいと思えば、時にはそこに変化を起こすことも必要です」。そんな様々なことを考えながらアサインし、配置変更し、支援の成果に目を光らせ、全体のバランスにも目を配る。例えるなら、湖面を美しく泳ぐ白鳥の姿がフォースタなら、湖の中で必死に足をばたつかせているのが岡本だ。そんな役割を、岡本は粛々と果たしている。
一方で、岡本はヒューマンキャピタリストとしても現役だ。
「企業担当の最適配置を始めた当初、担当企業を持たずに候補者対応に全力を注ぎたいというメンバーもいた。」岡本は言う。
「企業の成長に寄り添ってこそ、ヒューマンキャピタリストとして『Be a Talent』できると思うのです。IPOだけがすべてではないですが、伴走し続けて支援した結果IPOする企業が生まれた時に、自分がどれだけコミットしたか数字でもわかりますし、何よりも起業家や転職をサポートした方々から『おかげさまで上場できました』と言われる言葉に喜びを感じます。企業と伴走してこそ価値があると伝えたい。そのための企業担当ですが、それにはまず、私が第一線に居続けることで、担当企業を持つことがメリットであると思ってもらう必要がありましたし、シンプルに信頼の問題で、岡本がやっているなら私もやろうと思ってほしかったのです」。
もともと何に対しても手を抜かない、いや「抜けない」性格だけに、岡本は企業担当の最適配置というミッションを背負って、ますますヒューマンキャピタリストの活動に注力した。ほどなく転機となる支援を実現する。
「メガベンチャーの役員クラスの人材をご支援でき、それが自分の殻を破るきっかけになりました。その月は単月の支援実績トップを達成でき、それは今も抜かれていません。その方の支援は自分にとってチャレンジで、大変なご経歴の方にかなり背伸びをして対応しました。そして縁をつなぐことができ、それで自信を得ると同時に、自分の手の届く範囲の仕事しかしていなかったら、得られなかった経験だとも思いました。その達成で社内のメンバーの信頼も得られました。担当企業のアサインは、やはり、本音で言えば『誰に頼まれるか』で受け入れる側の気持ちも変わってきます。『結果を出せる人がそう言うならやろう』と思われる支援を、これからも続けようと誓いました」。
2年余り取り組んできた企業担当の最適配置だが、今も悩みは尽きない。岡本は言う。
「最初は、私が担当を決めていいのかと悩みっぱなしでした。今は知識も経験も増えましたが、それでも不安が払しょくされることはありません。このアサインが企業にとって、ヒューマンキャピタリストにとって最適なのかと悩みます」。
不安に思う岡本の背中を押した漫画がある。裁判官を取り上げた社会派漫画の『家栽の人』だ。岡本の心を捉えたのは、主人公が検察官でも弁護士でもなく、裁判官を選んだ理由だ。
「主人公は最初自分にも矛盾があり、矛盾を抱えた少年を裁くことができないので裁判官に向いていないと言います。でも、そのときのメンターが『矛盾を感じるからこそ裁判官になれ』と言うのです。それが自分にリンクしました。私のアサインでスタートアップの運命や誰かの人生が変わるかもしれない。それを怖いと思うから、私がやる意義があるんだと思います」。
自分の采配で伸びる企業もあれば、選ばれない企業もあるかもしれない。ヒューマンキャピタリストの成長を促す場合もあれば、妨げるかもしれない。その怖さと向き合い、懸念を現実にしないためにアサイン後も目を配る。
配置替えは特に神経を使う。岡本は言う。「担当者はその企業の成長に貢献したいという思いで、一生懸命にやっています。簡単に『会社全体で成果を上げるには、あなたが担当ではないほうがいい』『変えます』とは言えません。心理状況を考慮し、丁寧にコミュニケーションを取りながら理解してもらいます。新しい担当にも前任者の思い、担当を全うできなかった悔しさも含めて知ってもらい、『あなたに任せます』と託します」。
この2年余りで、岡本自身も経験を積み、企業一社一社の知識も増え、ヒューマンキャピタリスト一人ひとりの特性も見えるようになった。アサインの難しさは変わらないが、迷うことにも価値があると信じて、岡本は進む。
見た目以上に大変な企業担当の最適配置。そしてヒューマンキャピタリストとしても活躍する現役であり続け、メンバー2人のチームも束ねる。
「もう一生忙しいですね」と岡本は笑う。時間のやりくりは常に岡本の課題だ。「一時『どうしたら仕事をはやく終わらせられるか』と考えてばかりいて、新しい知識をつけたい、新しい企業に巡りあいたいといった欲をなくしていた時期がありました。心の余裕がなさすぎて。でも、それは自分で解決するしかなく、1時間かけていたものを45分にするなどして時間を捻出し、一つ一つのプロセスも見直すと無駄な時間があると気づき、追い込まれると知恵が出て、なんとかすることができました」。
最初は、正式名称もなくやっていた企業担当の最適配置は、2019年にプロジェクトとして確立し、2020年9月に「営業戦略室」が発足。岡本が室長になった。「人は役割を与えられるから背伸びができるのだと思います。自分だけではなく、ほかのプロダクトオーナーやGM、取締役の方もみんなそう。任命されたからには役割に近づこう、役割に見合った視座を持とうと努力するのだと思います。自分も同じで、室長になって改めて、戦略について学ばなければ、営業とは何ができればいいのかと考えるようになり、視座が上がりました」。
大変さは増し、時に心が折れそうにはなるが、背伸びを続ける。従来業務の延長上で発足した営業戦略室は、改めて何をすべきか、何を目指すべきかを言語化する必要もある。岡本は言う。「私は、ポートフォリオの美しさにこだわりたい。上場企業なので、売上・利益へのコミットメントは必要ですが、例えば同じ300万円の売上を上げるにしても、その内訳にこだわりたいです。スタートアップ全体の利益につながる支援ができるように、会社として戦略を持って進めていかなければいけないと思います。メルカリやスマートニュースなどの会社を、まだ小規模な組織の頃から支援したように、今の日本の成長に寄与する企業と、10年20年のスパンで日本の成長に貢献し得る企業の両方を支援していくことが、私たちのミッションだと思います」。
情熱と使命感を持って、どんなに泥臭いことでも粛々と。岡本はフォースタを支える重要な柱の一本だ。