「新卒は採用していない」と言われながら、その言葉を押し切ってfor Startupsに入社した人物がいる。森心之介だ。大学時代を保守的な地方都市で過ごし、大半の学生が金融機関や役所を目指す就職活動に違和感を覚えた。東京や大阪と情報格差がある環境にいたからこそ、「もっと考えよう」「僕らの世代が成長企業に飛び込もう」という思いが人一倍強くなったのかもしれない。同世代にそのメッセージを伝えたくて森はfor Startupsを志願した。
「右向け右の就職活動」と森は表現する。森は地方国立大学の出身だ。大半の学生が、当然のように大手企業や金融機関、役所を目指す姿を見て、森は違和感を覚えていた。というのも、森はほんの少しだけ外の世界を知っていたからだ。大学2年次に学外のセミナーに参加。その縁で東京の経営者を訪ねて回り、その後、大阪でインターンシップに参加した。スタートアップの空気に触れ、漠然とその魅力を伝えたいと考えるようになった。
どうしたら伝えられるか。人材系の会社なら可能ではないか。そう考えた森は、ウィルグループの説明会に参加した。一般的な人材派遣や人材紹介の説明を聞きながら、「ちょっと違うかな」と思っていたとき、NET jinzai bank(for Startupsの旧社名)の事業紹介があった。申し訳程度に最後の1分で。その駆け足の説明が、森の心を捉えた。「人という側面からスタートアップを支援し、そのスタートアップが世界に出ていくことで、日本の経済力を底上げするという活動に、直感的に魅力を感じたのです」。森は振り返る。
就職は、NET jinzai bankへの配属を希望してウィルグループへ。希望が叶い、2017年4月、森はNET jinzai bank、後のfor Startupsに入社した。
当時のfor Startupsは25名程度。タレントぞろいのメンバーの中で、新卒の森は異質だった。「当時、志水には『新卒は採用していない』と言われました。『不幸になるかもしれないけれどいいの?』とも」。森は苦笑交じりに振り返る。日々、コミュニケーションをとるのは有力起業家、著名な投資家、そしてハイキャリアの候補者たち。彼らの話を聞くのは、本当にワクワクする経験だったが、自分の知識と経験のなさがもどかしく、早く同じ視座に立ちたいと焦る日々だった。特に、対等に話をしなくてはいけない対候補者のコミュニケーションは、うまくいかずに凹むことが多かった。
だが、「for Startups」という大きなビジョンの下では、「自分の凹みなんて大したことはない」と気持ちを切り替えた。スタートアップを支え、同世代にスタートアップの世界を伝えたい。この思いを実現するために、無我夢中だった。
最初こそ苦労したが、周りのメンバーにも支えられ、森は、タレントエージェンシー業務(TA業務)で少しずつ実績を上げていった。これまでに数々の支援を実現してきた。なかでも印象に残っているのは、グローバルにスケールしつつあるアプリ会社の事例だ。エンターテインメント系の大企業の広報にいた方を、その会社の広報の立ち上げポジションに支援した。
元の会社は、決して旧態依然とした大企業ではなく、はたから見れば申し分のない会社だった。だがその人物に対して、森は思わず「そこに留まっている場合ではないですよ」と言った。「その方は、いずれ起業したいと思い、既にできあがった会社のルーチン業務ではなく、ゼロイチまたは一から十のフェーズで経験を積みたいという志向を持っていました。今の仕事もやりがいはある。でも、より成長できる環境を求めていたのです」。成長可能性が極めて高いスタートアップで、次々と新しいことに挑戦するなかで得る経験、身につくものはきっと大きいはず。その思いが、思わず強い言葉になった。
「成長する会社にいると、自分の仕事もどんどん大きくなります。優秀な人達と働く経験もできるでしょう。いずれ日本をつくるのは僕らの世代。一人でも多くの人に、成長可能性の高い企業に入り、企業の成長に合わせて自分も成長する形で、キャリア形成してほしいのです」。これは、同世代のすべての人に伝えたい思いだ。
そのような思いを持って支援した数々の人材は、今、それぞれの場で活躍している。上記のアプリ会社に支援した方も「大変だけど、すごく楽しいです」と言い、部下を採用する際に、また森に声をかけてくれたという。自分の活動が確かな実を結んでいると感じる瞬間だ。
そんな森が、特別な思いを持って臨んでいるのが『Slush Tokyo』だ。世界最大級のスタートアップ×テクノロジーの祭典で、直近では2019年2月、東京ビッグサイトで開催された。東京での開催は5回目。for Startupsは初回から運営に携わっており、森にとっては今回が3回目にして、初めて主担当として関わるSlushだった。
最初は内定中に、「見に来たら?」と誘われ、実際に見て圧倒された。世界数十カ国から数千人が集結し、まるで音楽フェスのような興奮のなか、起業家や投資家をはじめとする様々な挑戦者が集う。「すごくかっこよくて、これぞイメージしていたスタートアップだと思いました」。
入社して8月、次のSlush(2018年2月開催のSlush Tokyo2018)の企画がスタートすると、森は臆することなく「手伝いたい」と手を挙げた。だが「見に来たら?」と誘ってくれた先輩は、あっさり「ダメ」と断った。理由は、TA業務で十分な成果が出せていないから。森はTA業務で結果を出すべく奮闘しながら、さらに2度頼んだ。いずれも一蹴され、4度目にようやく「じゃあ、打ち合わせに来れば」とOKが出た。奮闘が効いたのか、TA業務もうまく回り始めていた。
2018はサブ担当として参画。そして今年、Slush Tokyo2019では念願の主担当になった。運営主体である学生たちをサポートし、for Startups独自のコンテンツ「Advisory Program」の企画と実行など様々な業務を遂行することに。企画では著名な起業家や投資家、Co - founderとのやりとりや国内外からの参加者の募集など、スタートアップの最前線を体感する経験をした。Slush Tokyo2019のテーマは「”Call for Action”=背中を押す」。まさに森は、その熱量に背中を押され、精力的に動いた。とはいえまだ2年目。世の中の一般的な会社では末端の若手として扱われるのだろう。
「2年目の若手に会社の大きなプロジェクトを任せ、サポートも惜しまないところは、for Startupsの良さだと思います」。森は言う。TA業務の傍ら、相当なパワーと熱意を注いだSlush Tokyo2019は2月22 - 23日、例年以上の熱気を残して、大盛況のうちに幕を閉じた。スタートアップへの期待は確実に高まっており、自分もその一助となっていることを感じた2日間だった。
以上が、社会人になって約2年間の出来事だ。「結構、成長したのではないかと思います」と森。少なくとも、学生時代のクラスメートの大半と異なる道を歩んだことは確かだろう。故郷も友人も好きだ。だが、こうも言う。「会うと、部長がどうこうみたいな愚痴めいた話も聞きます。そういうのは、今の僕の周りにはないな、と」。違う世界の話のように聞きながら、改めてfor Startupsを選んで正解だったと確信する。
Slushのような特別な場だけでなく、日頃から感動に満ちている仕事だ。強烈な社会課題解決意欲を持って起業した人の話や、真剣にスタートアップを応援している投資家の話に心をつかまれる。大変には違いないが、感動や充実感のほうが勝る。「自分もいつか、どうしても解決したい課題に出会い、起業したいです」と、秘かな野望も抱く。
今、自分と同世代にメッセージを伝えるために、若手のコミュニティー作りにも着手している。もちろんみんながみんな、スタートアップに行くべきということではない。「30代、40代で活躍するために、大事な20代をどこで過ごしたらいいか」と考えた時、選択肢は色々ある。その一つがスタートアップということだ。挑戦したい気持ちがあれば、あるいは、今の環境に疑問やモヤモヤ感があれば、「まずは情報収集から始めてほしい」と森は呼びかける。そしてチャンスがあれば、すかさず掴むことだ。
それは森自身も同じ。for Startupsは「やりたい」と言い続け、手を挙げ続ければ、必ずチャンスが巡ってくる会社だ。行動も伴いながら、「Slushをやりたい」と言い続けたように。常にチャンスを掴むべく、森はこれからも言葉にし、手を挙げ続けるつもりだ。挑戦は続く。