小田健博(Takehiro Oda)が所属するのは、アクセラレーション本部Public Affairs戦略室。官民が連携してスタートアップを創出、育成するために、官とスタートアップのハブとなり、社会実装までの支援をするチームだ。国や地方自治体が掲げるスタートアップ支援を真に実のある取組とし、スタートアップの裾野を広げるために奔走する毎日だ。活動の源泉は良き未来を信じる心。小田の原点と今の活動を紹介する。
2011年から2014年にかけて、広告代理店の駐在員として小田は上海にいた。2008年の北京オリンピック、2010年の上海万博を終え、中国が目覚ましい経済成長を遂げていた時期。中国製の格安スマホが瞬く間に広がり、街に出ればお店もタクシーもすべてスマートフォンで決済する。駐在していた約4年間で、スマートフォンとそれに連なるインフラを手にした人々の生活は大きく変わった。まさにパラダイムシフトが目の前で起こっていたのだ。「その変化を起こしているのが、BATH(Baidu, Alibaba, Tencent, Huawei)などのスタートアップでした」。
会社経営の家に育った小田は、小さい頃から漠然と、いずれ自分も起業すると思っていた。元々のマインドがあるところに上海で変革を見せつけられ、自然と「自分もスタートアップとして起業したい」との思いが高まった。そのためにはスタートアップを知りたい。その思いに突き動かされて2016年、スタートアップ支援を手がけるCreww株式会社に転職した。
Crewwは、スタートアップのエコシステムにおいてオープンイノベーションやアクセラレーションを事業として展開している会社だ。「スタートアップの成長に必要な要素は人、金、チャンス。フォースタートアップス(以下、フォースタ)が主に人と金を提供するのに対し、Crewwは多様なチャンスをつくる会社。様々な業界、業種の既存の企業とスタートアップを結ぶ縁をつくっていました」と小田。Crewwで精力的にスタートアップ支援に携わった。
大手企業や行政、海外のトップアクセラレーターも呼んでオープンイノベーションカンファレンスを開催し、インキュベーション施設の事業責任者も務めた。シード、アーリーを中心としたスタートアップと大手企業側の双方のニーズを知り、ハブになって結びつけるという活動をするなかで、次第に小田が注力し始めたのが、今につながる行政との協業だった。
「活動をしているうちに、次第に自治体から相談が来るようになったのです。ちょうど国のスタートアップ支援の動きが始まったタイミング。国が大きな路線を決めて、それぞれのエリアに対して施策を打てというのですが、自治体は何をどうすればいいかわかりません。そこで相談を受けて、一緒に事業をつくる動きが始まりました」(小田)。
本気でやれば、当然パワーがかかる。Crewwは、「大挑戦時代をつくる」というミッションに合えば社員の挑戦をバックアップしてくれる懐深い会社だ。小田の活動には「好きにやっていい。頑張れ」というスタンスだった。しかし、より大きな事業を受けたり、事業の数が増えてくる中で、個人ベースの活動ではなく組織として事業を回していく必然性を感じるようになった。
小田は言う。「自治体側からも、もう少し体制を整えてほしいと要望を受けて、どうしたものかと。独立して自分で事業を進めることも考えましたが、その頃にフォースタが「Public Affairs戦略室」のチームを作るということで、声がけをいただきました。あまりに同業なのでためらいもありましたが、ひとまず話を聞いたら、チームとして成し遂げたかったことができる環境があり、人もいい。視座も高い。本気でこの領域に取り組むことも伝わってきました」。
そのような経緯で、小田はフォースタに参画することになった。Crewwとも円満な関係にあり、時には両社で協業もする。スタートアップのエコシステムのなかで必要なファンクションであれば、所属がどこであろうと本気で取り組む人、チームがあることは業界として歓迎すべきことだ。そのような一体感が今、この界隈にはある。
「この小さなマーケットで競合していても発展性はありません。共存してマーケットを大きくしようと思っています。当然、フォースタもCrewwも、会社としてそう考えています」。フォースタの小田ではない。スタートアップエコシステムの小田である。
現在、小田が具体的に取り組んでいるのは、国や地方自治体と共に事業をつくること。国やエリアを良くしたい。課題を解決したい。そのために新しい産業が必要だからだ。フォースタのビジネスの形としては国や地方から受託する形だが、仕事がほしくてやっているわけではない。「やりたいことは社会環境をアップデートすること」と小田は言う。
その担い手がスタートアップ。スタートアップのインキュベーションで新しい産業を生み、同時に既存の企業もアップデートする。例えば地方の企業が新しいことを生み出せるように環境支援、社会支援、事業支援を行い、スタートアップ×地方企業のオープンイノベーションを実現する。そんなスタートアップ支援とオープンイノベーション支援の二軸で進めるべく、具体的にはインキュベーション、アクセラレーション、ビジネスマッチングなどに取り組んでいる。
同時に重要なのが、官のマインドを変えることだという。スタートアップ単体、地元企業単体の支援ではなく、エコシステムでプレーヤー全体のマインドセットを変えていく必要がある。というのも行政は毎年、支援プログラムを打ち出すが、その参加者が増えないことにはいつも同じスタートアップが参加し、新陳代謝がないという事態に陥る。行政は予算を使えば一定の達成を果たしたことになるが、それでは社会がアップデートしない。
現在、フォースタのメインの事業では、人と金を支援することで、ユニコーンになりうるスタートアップを引き上げて、新しい産業を創造し、日本の成長に貢献する。だが、社会自体も底上げする必要がある。それをやるのが小田たちのチームだ。
水面下の動きは多々あるが、正式にリリースした動きの一つが、2021年6月に受託した静岡県浜松市の起業支援事業の企画・運営事業。ホンダやヤマハなど数々の日本が誇るものづくり企業を生んできた浜松市は、新しい産業が生まれる土壌や意欲がある土地柄だ。「中に入り込んで一緒にやることで地域ごとの課題が見えてきます。浜松市もそう。今、手がけている事業だけでなく、もっと深掘りしてやれること、やるべきことが見えてきて、その課題感や方向性は、市ともしっかり共有できている手応えがあります。ここで確実に結果を出していきたいと思っています」。
小田は愛知県の出身だ。愛知といえばトヨタ。「小学校の社会科見学はトヨタ系列の工場。真面目に勉強し、いずれトヨタグループで働くことが幸せという土地柄でした。それが逆に息苦しかった」と、小田はかつて感じた閉塞感に思いを馳せる。逃げるように東京へ、海外へと転々としてきたが、今、アクセラレーションの取組の一貫で愛知県に足を踏み入れている。20年ぶりの故郷は空気が変わったように感じたという。
その愛知県では2024年、県が整備する日本最大級のスタートアップ支援拠点、『ステーションAi』がオープンする予定だ。小田もCreww時代に関わったプロジェクトだ。「小学生がトヨタの工場にも行くけどステーションAiにも行って、『こういうのもいいね』と言える環境ができれば、社会は少しずつ変わるでしょう」。小田は、そんな動きを日本全国でつくろうとしている。結果が出るまでのスパンは長いが、今の動きが良き未来をつくるとただ信じるのみだ。
小田の目には、行政とスタートアップはまだ噛み合っていないと映る。行政側は支援の実績をつくりたい。スタートアップ側は、報告義務などが厳しい自治体の支援は面倒だと感じている。だが、小田が間に入り、双方に必要であることを説くと「案外いいね、一緒にやってみよう」となる。双方をよく知る立場でないとできないことがある。地道に、そんな介在価値を発揮していく。
「エコシステムを維持するには、シード、アーリーの支援が絶対に必要ですが、一方で利益を出さなければいけない民間企業が直接支援をするのは難しい。そこは行政の出番であり、行政を動かすのが我々の役目です。そして、お金を引き出すだけでなく、リソースを駆使して社会実装までの道筋をつける。それを特別な自治体の特別に先進的な取組では終わらせず、日本全国に広げていきます」。
フォースタは、スタートアップ界隈では一目置かれるようになってきている。人、金の支援を通じて、いくつものチームのスケールアップを支えてきたからだ。そんな華々しい実績の陰で、今まさに種を撒いて土を耕す仕事をひたすら進めているチームがある。未来を一途に信じて。その思いが小田を突き動かす。