2016年4月、まだ社内カンパニーだったネットジンザイバンク(のちのフォースタートアップス)に入りたいと、ウィルグループに新卒で入社した玉城夢大(Mudai Tamashiro)。オフィスは新宿の雑居ビル。組織らしい組織もなければ、知名度もないなかでたくましく生き抜いてきた。当時から伴走している企業は、今や注目のスタートアップとして期待される存在に成長。ヒューマンキャピタリストのおもしろさ、奥深さを知った6年間だった。この経験を糧に、次の高みを目指す。
入社当初は、まだ認知度も低かったフォースタでひたすら電話営業をしていた。スタートアップ系のメディアに掲載される資金調達情報などを頼りにスタートアップ企業を探し出し、「採用についてお困りではありませんか?話を伺いたいです」と電話をする。「すぐに切られることも多かったですし、話しても『結構です』『しつこく電話するな』と言われるのが当たり前。まず担当者につないでもらうことが大変でした」。玉城は振り返る。
ほんの6年前だが、今とは大違いだ。この1本の電話からつきあいが始まり、注目されているスタートアップに成長した企業がA社。新人・玉城が最初に契約をとった企業だ。「A社さんは、契約して1年半後くらいにぐんと伸びてきました。組織が拡大し、複雑化するなかで、当社への相談も増えていきます。A社さんにとっては転換期。最初は事業部制で、各事業部が自由にやりながら成長していたものを、機能型の組織に変えるというタイミングで、オペレーションの磨き込みが必要でした。一方で、自由にやってきた社員にとっては、やりがいを削がれる恐れもあります。『そのバランスをどうとったらいいか』といった相談を受けるようになりました」。
その頃、A社には組織づくりにおいてベンチマークしていた会社があった。A社より一足先に急成長し、急激に人員拡大しつつも一人ひとりがイキイキとしているスタートアップ。フォースタは、その会社にも長らく伴走してした。玉城はフォースタ内にある知見をベースに、A社経営陣と向き合うことができた。その後、A社も組織拡大採用期を迎え、フォースタもより深くA社の組織課題、経営課題に向き合っていくことになる。代表からの信頼も厚くなり、玉城もより力を入れて支援した。
「組織戦略について壁打ちをし、採用オペレーションを整え、採るべき人を明確化しました。A社さんはミドルマネジメント層が少ない。急成長期の企業にありがちなことです。経営陣は優秀で、意欲あふれるメンバーもいる。でも真ん中がいない。事業ケイパビリティとして、ミドルマネジメントを機能させることが、私のミッションだと思いました」と玉城。事業責任者、本部長クラスの人材を核に、その下につくメンバーも含め、この2年余りでフォースタがA社に支援した人材は、数十名に上る。
「いろいろな企業と伴走しているからこそ得た成功体験、失敗体験を組織としてインプットし、共有知としてほかのスタートアップに展開できるところがフォースタの強みです」。玉城は言う。必死に電話営業をした日々から6年。そのナレッジはどんどん厚みを増し、比例するようにフォースタは存在感を増している。
企業と対峙する際に、玉城が心がけていることの1つは、その会社のカルチャーを、自分に憑依させるかのように意識することだ。すると、ヒューマンキャピタリストとして候補者の方と会えば、『この人ならカルチャーマッチする』、あるいは『合わない』とわかる。ぴったりとフィットする人であれば、『うち(支援企業)に来てほしい』とすら思うほどだ。そのベースがあった上で、本当にその会社に必要な人材を見極める。
玉城は言う。「十分にカルチャーを理解した上で、各部門のトップの方と組織づくりについてディスカッションし、事業ケイパビリティにおいて、どのような人材・役割が不足しているか、落とし込んでいきます。候補者の方と会うときは、その方がどのようなケイパビリティを持ち、その方が加わることでどう事業ケイパビリティが担保されるかとイメージしました。まさにベンチャーキャピタルのような観点で、ただし、提供するのはお金ではなく、『ヒューマンキャピタル』という価値である。そう自負しています」。
A社に対してもこのような姿勢で臨み、喫緊の課題であるミドルマネジメント層を核としたチームづくりを支援した。次々と始まる新しい事業。事業責任者を据え、その下で動けるリーダー、メンバーをそろえ、組織をつくる。「出会ってから6年。A社さんとは組織を一緒につくっている、課題を一緒に解決しているという実感を強く持っています。このような経験をさせていただき、経営陣の方々との信頼関係を築けたことは、自分にとって何ものにも代えがたい経験だと思っています」。
もちろん、一朝一夕で信頼関係はつくれない。玉城は言う。「今でこそフォースタの知名度も上がって、当時は経営陣とコミュニケーションなんて無理。10回メッセージを送って、1回返ってくるくらいでした。それでも淡々と続けることが、意外と大事な気がします。なかには凹む人もいるでしょう。でも、このようなところから関係値はつくっていくもの。そして実績を出す。そう簡単にはいかないと、私に続く人たちには伝えたいです」。
たとえばA社の社長とは、今では一緒に飲みに行くほどの仲。一方で「ファンになってもいけない」と玉城は言う。「A社さんの社長は有名な経営者で、もちろん私は、この起業家のファンです。でも、そう自覚すると先方はそう見ていなくても、対等な意見交換ができません。そう気づいた瞬間から、ファンだけどファンでいることをやめようと思いました。目線を合わせるために視座を経営視点に置く努力をするのです」。
ヒューマンキャピタリストは、ファンではなくパートナー。パートナーであるためには、先方にとって耳の痛いことも言い、意見が食い違っても「自分はこう思う」と伝える必要がある。憧れるのは簡単だが、パートナーであるには努力が必要だ。玉城はたくさん勉強し、食らいついてきた。
苦い思い出もある。A社と同じ頃に取り引きが始まった別のスタートアップは、A社のような関係を築くことができず、結果、支援も進まなかった。その会社は、A社ほどには成長していない。「私が支援できれば何か変わったかもしれない…と思うのは、思い上がりでしょう。でも、当時の自分は力不足で、経営課題や組織課題に関わるような提案ができませんでしたし、関係値もつくれませんでした。今の自分のスキルで当時にタイムスリップできたらできるアドバイスもあるし、『こんなサービスを新規事業として打ち出したらどうですか』といった壁打ちもできると思うのです。大好きな会社だっただけに悔いが残っています」。
今はフォースタも組織が整っているが、立ち上がった当時は、一人ひとりの力量に委ねられるところが多分にあった。そのような失敗、苦い経験があるからこそ、玉城は「今、目の前の会社に全力で向き合わなくてはならない」と改めて心に誓う。
ネットジンザイバンク時代からの社員である玉城は、多くの企業と向き合い、フェーズごとに発生する課題を目の当たりにしてきた。「私たちは、自分で経営はしていませんが、パートナーとして伴走してきたことで、たくさんの情報が蓄積されています。経営者は孤独です。特にアーリーステージでは事業戦略、組織戦略の壁打ち相手がいないケースも多いかと思います。ファシリティーや人事制度のことなども、わからないことだらけ。気軽に相談できる相手でありたいし、一緒に経営を考え、一緒に解決したいと思っています。ついこの間も、あるアーリーステージの会社さんから採用広報についての相談を受けました。『わかりにくいサービスをどう伝えればいいか』と。それこそ私たちがたくさん経験してきたこと。提供できることはたくさんあります」。
その言葉は自信に満ちている。右も左もわからない新卒で入り、癖強めの先輩たちに囲まれていた玉城が、こんなにもたくましくなった。「ほかのメンバーと違って、私はここが新卒。社会人になった瞬間から、日本のGDPを上げるにはどうしたらいいか、どのスタートアップを支援し、どの産業を盛り上げるか、日本がよりよくなるためにどうすべきか…と、考えることが当たり前でした。でも、どうやらほかの会社では、当たり前ではないようです。浴びるようにその議論を聞き、実践してきたことは自分の強みであり、その景色を見せてくれたのが、自分の前を走るフォースタの経営陣です」。
大企業のような系統だった研修はなかったが、実地に様々なことを、ハイスピードで学んできた。これらの風景を、後に続くメンバーに見せることも、玉城の果たすべき役割だ。成長のループを、今度は自分が起点となって生み出していく。