多田圭吾

『期待していなかった出会いが、期待以上の出会いに。』コンサルティング、セールス、子会社役員、新規事業開発を経て、世界観に共感し、真っ直ぐに「やりたい」と思える事業と真摯に向きあう。

急拡大期のアドテク業界を駆け抜け、次は成長産業を支援するプラットフォーマーに

アドテクのマーケットが急拡大していた時期に、株式会社マイクロアドで活躍していた多田圭吾。充実していたが、ある日、立ち止まる。草創期の会社で色々な業務に従事し、結果的にジェネラリストになっている自分のキャリアへの疑問と、若干の燃え尽き感を覚えたからだ。次の行き先の選択肢は色々ある。だがピンと来ない。唯一、魅力を感じたのが、成長産業を支援するプラットフォーマーになるという選択肢だった。

コンサルティング、セールス、子会社役員、新規事業開発…様々な役割で活躍した5年間

多田圭吾の前職は、国内トップクラスのアドテクノロジー会社、株式会社マイクロアドだ。フリーぺーパーの営業を経て2012年に参画。「広告を情報に」という当時のビジョンにグッと来た。「技術を使って広告を情報に変えるという世界観に惹かれた」と、多田は当時を振り返る。その頃のマイクロアドは、まだ70人程度の規模。初期のバタバタ感を残しながら、急成長への道をひた走っていた頃だ。多田は、Webメディアへのコンサルティング、DSPツールのセールスのほか、業界ナンバーワンの総合PR会社である株式会社ベクトルとの合弁会社の立ち上げにも従事。合弁会社の役員も務めた。直近では、マイクロアド社が持つ豊富なデータを活用した新規事業の開発にも取り組んできた。コンサルティング、セールス、コーポレート、BizDevに経営も。実に多彩な仕事、役割を務め、マイクロアド社の成長に貢献した。在籍した5年の間に、社員数も70名から300名超へと拡大していた。

傍目には充実した5年間、素晴らしいキャリアに見えるが、多田は言う。「自分はジェネラリストで、スペシャリティがない。30歳になり、今後、どうしていこうかと考えました」。やや燃え尽き感もあった。転職の確たる意志はないままに、いくつかの会社を受けた。だが、どうもピンと来なかった。「2011年から2015年は、インターネット広告業界がMAXに成長していた時期です。業界の勢いに乗って、特別なことは何もしなくても会社が成長するという状況でした。自分も渦中にいて経験したあの刺激、あの高揚感は、どの会社にも感じられません。あれほど情熱を注げるチームや事業内容は、見つけられませんでした」。

成長産業を支援するプラットフォーマーへ。みんなのワクワク感も伝わった

少し時間を巻き戻すと、多田が、転職を視野に、スカウトサイトに登録すると、当然、様々なエージェントからの連絡が殺到した。何しろマイクロアドの成長の一翼を担ってきた人物だ。だが、エージェントに会う気もなかなか起こらなかった。「エージェントって好きじゃないんです」。あっさりと多田は言う。「エージェントにとって、自分は『売り物』だというイメージがあって、『どうせ、お金をいっぱいもらえるところに決めたいんでしょ』と見ていたんです」。

そのなかで、知人の紹介でfor Startupsのヒューマンキャピタリストに会った。for Startupsのメンバーは、多田が抱いていたエージェント像とは全く違かった「こちらにはお構いなく、『この業界がイケている』という話をひたすらするんです。でも、聞いているうちに『確かにおもしろそう』と思えてくる。『よく知ってるな』と感心もしました」と、多田は苦笑交じりに振り返る。そうして何度か話していくうちに、他の会社にはピンと来なかったが、for Startupsについては「おもしろそうっすね」と口を滑らせる。そこから何人かのメンバーと会い、結果、for Startupsにジョインすることになった。

マイクロアドで充実した日々を過ごしたがゆえに、他の事業会社に移るイメージを持てなかった。だが、「成長産業を支援するプラットフォーマー」は、真っ直ぐに「やりたい」と思えるものだった。面接で会うメンバーにも好感を持った。「みんな、いい人でした。成長産業いいよね、スタートアップいいよね、とワクワクする感じが伝わってきました。ほぼ雑談のような面接もありましたね(笑)。色々な背景の人が集まって、それぞれの得意領域で成長を支援するという世界観がいいなと思いました」。

思い思いに語るメンバーの姿は、多田に「ここでやってみようかな」と思わせた。

いわゆる"エージェント"とは一線を画す。スキルセットだけのマッチングはしない。

面接のような、懇親のようなプロセスを経て入社。その個性的なスタイルには、入社後も驚かされた。「良くも悪くも自由です」と多田。入社して少し経つと、もう誰も面倒を見てくれなかったという。「放任されていました。IT業界では中堅なので、大丈夫と思われたのでしょう」と笑う。だが、多田はそのような距離感を好む。むしろ、やりやすかった。放任といっても、周りのみんなは、聞けば答えてくれるし、自分が答えられなければ「この人に聞けばいい」と教えてくれる。多田の方から働きかければ十二分に対応してくれた。多様なメンバーが集まっているだけに、人それぞれ違ったやり方があり、正解はない。見て、聞いて、自分で取捨選択して吸収するのみだ。

「エージェントは好きじゃない」と言った多田だが、今は、多田なりの誠意と矜持を持って、ヒューマンキャピタリストとして活動している。いわゆる「エージェント」と一線を画す点として、多田は、スキルセットだけでは判断しないと決めている。常に、レジュメに書かれている情報を読み、本質をとらえ、業界や業種にとらわれずにその人が活躍できる会社、ポジションを発見しようとしているのだ。

その視点は、ジェネラリストとして、現場から経営まで幅広く経験してきた多田ならではだろう。先頃、インターネット広告大手出身の人を、急成長中のSaaSベンダーに引き合わせ、その場で、オファーが出るという支援も実現した。

個々の力をつなぐ掛け算を生み出す人間に

「『僕だからできること』って、あまりないと思うんです」、「課外活動は得意じゃないので、みんなのようにイベントやコミュニティーには行きません」等々、多田の口からは、しばしば自虐的とも思える発言が飛び出す。だが、言っているほどにネガティブではなく、多田は自分の特性を活かして、しなやかに成果を上げている。

「『自分にしかできないことをやりたい』というよりは、僕は掛け算でビジネスがしたい。営業でも開発でも、僕より得意な人がやればいい。でも、僕は、そのような人たちの間をつなぐ位置にいたいと思います。個々のスキルを掛け合わせることができれば、大きな力が生まれます。そのようなバリューを生み出す人間でありたいです」。多田は、for Startupsでやりたいことを、このように説明する。そして既に実践もしている。

ちなみに起業にも関心があるという。マイクロアド時代、いくつもの新規事業開発に携わった。for Startupsで数々のスタートアップを知り、様々な事業が生まれる姿を目の当たりにするなかで、「自分も何か目に見えるものを作りたい」という思いが湧いて来たのだ。自分自身でやるか、それとも誰かと誰かを引き合わせ、自分自身は縁の下の力持ちに徹するか。どのような形になるかはわからないが、「いつかは」という思いがある。「色んな起業家の皆さんにあって、やっぱり起業は最高のブライトキャリアだ」と多田。for Startupsで、様々な刺激を受ける毎日。冷めた口調の端々に、熱い思いが垣間見える。

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