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デザインの力で日本の成長産業を世界で勝たせるために。for Startupsに加わった異才。

2018年3月19日、新生for Startupsが誕生した。社名変更、オフィス移転を機に、全面的なリブランディングを図ったのだ。このプロジェクトを中心となって率いたのが石橋宗親だ。日本にCI(Corporate Identity)の概念を広めた戦略デザインコンサルタント会社などで経験を積み、以降も数々のデザインやクリエイティブのプロジェクトを手がけてきた人物だ。その豊富な経験を活かし、デザインの力で日本の成長産業を世界で勝たせるべく、石橋はfor Startupsにジョインした。

for Startups, Inc. Design Guideline Image

バイネームで仕事をしてきた特異な経歴。多様なプロジェクトに参画

「大学生時代にピーター・ドラッカーやダニエル・ピンクなどの書籍を読んで感化されてきた私は『どこどこに所属する誰々』ではなく、『石橋宗親』として仕事をするスタイルで、様々なプロジェクトに関わらせていただきました。デザイン、ブランド、クリエイティブという軸は一貫していましたが、お手伝いしていた企業の名刺を複数持ち、午前・午後・夜で役職も役割も変わる日々もありました」。石橋は、for Startupsにジョインする以前、プロフェッショナルとして領域横断的に活動していた頃を振り返る。

石橋ポートフォリオイメージ

プロジェクトは多岐にわたる。国内のアートトリエンナーレ、大手ファッション通販モール初の日本最大級のオフラインイベント、大規模なファッションウィークなどでクリエイティブやプロダクションを手がけたほか、誰もが知る世界的エンタテインメント企業のプレゼンテーションや、スタートアップ企業のクリエイティブ全般、さらに日本を代表する企業へのブランドに関する研修トレーニングにも関わった。

これらは、「石橋宗親」が手がけてきたことのほんの一部だ。石橋は、歩んできた道のりについて「様々な仕事をしてきましたが、一貫しているのは、企業、事業、製品・サービスのビジョンやブランドの過去現在未来を考慮した上で、物語を紡ぎ、目的に応じた表現や体験を設計していくことです。特に意識していることは、その体験によって”良質な記憶”が蓄積されていくことです」と語る。

勉強会などにも積極的に参加し、幅広い知識、技術と人的ネットワークを構築してきた。この前向きな姿勢と数々の実績に、「石橋宗親」に相談をもちかける人は多かった。知り合えばすぐに相談に発展することも多く、そのような人の縁で、次々と新たな仕事に挑戦してきた。

学生時代から紡ぎ続けた人の輪。出会いから始まるプロジェクトの数々

石橋の原点は幼少時代にある。母親は文化服装学院出身で、モノづくりに関して何でもできる創意工夫に溢れた人物だった。好奇心や探究心は母からの影響を強く受けていた。高校の頃からインテリアデザインや建築に興味を持ち始める。

"Dear Guggenheim", NYC 2009 ©Munechika Ishibashi"Dear Guggenheim", NYC 2009 ©Munechika Ishibashi

しかし、大学は明治大学政治経済学部経済学科へ。建築系でも美術系の大学でもない道に進んだ。入学直後は友人と遊ぶことやアルバイトに日々を費やす平凡な学生だった。転機は大学3年次に訪れる。経営学ゼミに入り、組織論やブランド論に特に関心をもって取り組んだ。人間一人一人の個性や才能は素晴らしいのにも関わらず、企業の組織体に入ってしまうとそれらが失われてしまう当時の日本の組織文化に対する問題意識があった。

同時期に、森ビルが開催しているビジネスパーソン向けの講座、アーク都市塾(現・アカデミーヒルズ)に奨学生として参加する。イノベーションや社会のグランドデザインに興味をもち、大きな刺激を受けた。ここで、運命的な出会いもあった。1960年代から経営者に理解されるデザイン理論の確立とデザイン手法の開発をテーマに研究と実践を重ね、NTT、ブリヂストンなど約100社のCI・ブランド&事業戦略デザインなどを手掛けているCI・戦略デザインの第一人者、PAOS代表の中西元男氏との出会いだ。

※今も自宅に保管されているデザインの貴重本の数々※今も自宅に保管されているデザインの貴重本の数々

中西氏が講師を務めていた「ブランド戦略マネジメント」のクラスが縁で出会った。中西氏から刺激を受けた石橋は、友人と共にデザイン志向の学生集団を立ち上げる。常に当たり前を疑い、本質から議論し、発想するこの集団は、後にデザイン、ファッション、ITの各分野で活躍することになる優秀な若者たちが集まっていた。この頃は友人同士でデザインの社会的意義やアイデアをよく議論し、お互いに刺激触発し合う濃い時間を過ごした。石橋はそこでデザインを教えていた。当時のコミュニティについては、「中小機構の研究報告書の中で太田睦くん(現giftee創業者)も語ってくれています」と石橋は言う。

※中小機構調査研究報告書 第3巻 第4号(通号10号)『IT ベンチャー企業の現在形』, 2011.3※中小機構調査研究報告書 第3巻 第4号(通号10号)『IT ベンチャー企業の現在形』, 2011.3

石橋の大学生活は、こうして複数のコミュニティに身を置くことで実り豊かなものとなった。「この頃から複数の場所で活動することを意識するようになりました。別の場所で得た経験が他の場所で役立つこともありますし、お互いを結んで新しいものを生み出すこともできます。また、個々の領域を見ているからこそ浮かび上がる視座を大事にしています。なぜなら物事は一つの側面から見ても、正しい理解につながらないからです」と石橋は語る。

大学卒業後は、中西氏が率いる戦略デザインコンサルティング会社、PAOSへ(会社名は株式会社中西元男事務所)。アシスタントプランナーとしてキャリアをスタートした。「お茶の淹れ方・差し出し方から経営者との会食における気配りなど、デザインをする上でも重要となる心構え、人の気持ちを想像すること、先の先まで見通すことの大切さを学ばせていただきました」と石橋。PAOSを辞した後は、フリーランスに転じた。といっても、時にはどこかの組織に属することもあり、フリーランス活動も並行しながら、仕事を進めていた。

より大きく社会を動かしていく仕事へ

そんな石橋が、for Startupsに関わるようになったのはなぜか。様々な仕事をしていた頃、次第に友人たちが起業し始め、スタートアップ・ベンチャーの分野で活躍するようになっていた。石橋もより変化の早い新しい環境での挑戦を求めていた。「たくさんのプロジェクトを経験しましたが、次第に、『型』はどれもさほど変わらず、毎回、企画やコンテンツが変わるだけだと感じるようになっていました。そう強く感じていたのは、プロダクション業界にいた頃です。業界全体の変化の遅さも気にかかっていました」と石橋。

そんなとき、とあるWEBベンチャー企業から声がかかる。プロダクトの一人目のデザイナーを務めてほしいという誘いだった。その話に応じてジョインした石橋は、プロダクトの事業責任者と二人三脚のような形で、少しずつUX/UI改善の体制づくりを進めていった。開発チームのほとんどが海外出身のエンジニアで、CS(Customer Success)チームも立ちあげたばかりの状況だったが、若く気心の知れたチームメンバーと共に、ユーザーと距離の近い環境で仕事をしながらチームで成果を出していく手応えもあった。

しかし、大学生時代から経営とデザインの相互関係を考え、また、より大きく社会を動かしていくことに関与していきたいと考えていた石橋は、30代後半の舞台として次の挑戦の場を考えるようになる。その頃に相談していたfor Startupsのヒューマンキャピタリストが提案した候補の一つに、for Startups自体への参画があった。for Startupsもリブランディングとさらなる飛躍を目指し、まさに石橋のような存在を求めていた。双方の思いが一致した。

デザインを、ヒト・モノ・カネ・情報に続く5つ目の経営資源に

入社後すぐに石橋は、NET jinzai bankから、for Startupsへのリブランディングを手がけた。石橋が自ら作った、CGなども盛り込んだプロモーション動画は、社内でも驚きをもって受け入れられた。オフィスのクリエイティブディレクションも手がけ、早速、そのプロフェッショナルなスキルと知見を発揮している石橋だが、一方で、ヒューマンキャピタリストとしても活動している。学生時代の活動を、その後の人脈と仕事の広がりにつなげたように、石橋は元々、人の縁をつなぐことに長けている。

©Tomooki Kengaku / ©for Startups, Inc.©Tomooki Kengaku / ©for Startups, Inc.

石橋には格別の想いがある。「私はこれまでお世話になった皆さまのおかげで様々な経験をさせていただきましたが、失敗も後悔もたくさん経験しています。デザイナーやクリエーターがぶつかる問題や悩みは、ほとんど経験してきた方だと思いますので、その部分でもこれから活躍されるデザイナーやクリエイティブ職の方々に対してお手伝いできることがあると思っています」。

それに加えて「日本の成長産業を世界で勝たせるために、日本のデザイナーの視座を広げるだけでなく、起業家・経営者に対してデザイナーの価値認識を啓蒙し、デザインが、ヒト・モノ・カネ・情報に続く5つ目の経営資源、5つ目の経営価値として認識されるようにしたい」という思いがある。ヒューマンキャピタリストは、それを直接的に実現できる仕事の一つだ。

支援した事例の一つは、いわゆるオープンポジションのものだ。企業は、特に人間中心設計専門家と呼ばれるHCD(Human Centered Design)分野のプロフェッショナル人材を募集していなかった。だが石橋は、その企業の事業展開や今後IoTや次世代モビリティの普及において、さらに複雑化する人々の体験とサービスの関係性を整理し、理論・実践・検証を繰り返しながら人々のUX(User Experience)を最適化していくには、優れたデザイナーの存在が不可欠と考えていた。接していたデザイナーの中に、まさにそれに見合う豊富な経験と視座、そして熱意を持ち合わせる人物がいた。その人物を、企業に対して「紹介」するというよりもむしろ「提案」し、企業側もその重要性を理解。ご縁がつながった。

今、国もようやく「デザイン経営」を謳い、デザインがブランド構築やイノベーションの実現において重要な経営手段であると位置づけ、様々な取り組みを開始しようとしている。石橋が、学生時代から学び、問題意識として持ち続けてきたことに、時代が重なり合ってきた。

※経済産業省・特許庁, 産業競争⼒とデザインを考える研究会「『デザイン経営』宣言」, 2018.5.23※経済産業省・特許庁, 産業競争⼒とデザインを考える研究会「『デザイン経営』宣言」, 2018.5.23

for Startupsは、次代の社会創造に関わっていくことができる稀有な環境

石橋は、日本から世界で戦える企業を1社でも多く生み出すために、成長産業を支援しているfor Startups自体をデザインの力で進化させていくことで、その影響力を社会に広めていこうと考えている。また、時代を進化させる役割として重要となるデザイナーの地位向上にも取り組んでいく。その活動は社外にも及び、石橋は、もともと会員だった人間中心設計推進機構(HCD-Net)の広報社会化委員に参画し、今年からブランディングのプロジェクトを担当する。また、2018年12月に予定されている業界の壁を超えた日本最大級のデザインカンファレンス「Designship」のディレクションチームにも参加している。

19世紀のパリでは、街角のカフェに、当時、時代の最先端をいく印象派の画家や音楽家、詩人、哲学者など集い、才能と才能がぶつかりあうことで新しいものが生まれた。石橋は、そのような時代の機運が集中する熱狂的な場を今の日本に作りたいと考えている。「for Starupsは、そのような場の一つに成り得ると思います。個性も才能も兼ね備えたメンバーが次々と集い、何年も先を見据えて事業を起こす起業家やベンチャーキャピタリストらとの対話や議論を重ねながら、次代の社会創造に関わっていくことができる稀有な環境になっています」と石橋は語る。

「私は、デザイナーにとって重要なことは、何がつくれるかということよりもむしろ、世界や社会に対する認識や未来に対する価値観や倫理観なども含めた『視座』をいかに持つかが重要であると考えています。なぜなら、その視座によっては、同じ才能や技術がある人でも、生み出すものも、生み出し方も、異なってくるからです。for Startupsには、”for Startups”という揺るがないビジョンのもとに、もともと視座の高いメンバーが集っていますが、常に視座を高めていくためにも本を読んだり、様々な学びの機会に主体的に参加してチームに共有したりと、お互いに高め合う環境がとても良いと思っています。また、私たちはこれからの社会の様々な分野に関わっていくからこそ、リベラルアーツを意識しながら学び、研鑽し、多様なものの見方・理解をしていきたいと考えています」。

石橋は、これからも1つの場所に留まるのではなく、デザインという切り口で新しいものを生み出したり、新しい場を創り出したりしていくのだろう。その活動は、巡ってfor Startupsとあまたのスタートアップ企業にも価値をもたらすことになるだろう。とんでもない異才が、またfor Startupsに加わった。

"untitled", SEDONA 2008 ©Munechika Ishibashi"untitled", SEDONA 2008 ©Munechika Ishibashi

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