for Startups, Inc. の採用情報ページです。

Career

採用情報

Our Stance

私たちは、企業・事業を創るのは人であり、すべての源泉だと考えているチームです。私たちが実現したい世界のためにはまだまだ仲間が必要です。そのためにミッションやビジョンの共感を最重要視し、3つのバリューを体現しうるタレント候補を求めています。

Mission

日本No.1の成長産業支援プラットフォームをテクノロジーで実現する

Vision

for Startups

Value

Startups first

全ては日本の成長のために。スタートアップスのために。
※スタートアップス=『進化の中心』にいることを選択する挑戦者達

Be a Talent

スタートアップスの最たる友人であり、パートナーであり、自らも最たる挑戦者たれ。
そして、自らの生き様を社会に発信せよ。

The Team

成長産業支援という業は、TEAMでしか成し得られない。仲間のプロデュースが、日本を、スタートアップスを熱くする。

インタビュー

働く環境

社内文化

  • #ビジョンドリブン
  • #もっとも見晴らしの良い場所
  • #世界を変えつつあるメンバー
  • #社会変革の当事者
  • #オープンなコミュニケーション
  • #メンバーの多様性

ビジョンドリブン

for Startupsには、ビジョンに共感した優秀な仲間が続々と集まっています。元CTOやCFO、管理職経験者や事業責任者、国際的なアワード受賞作品に関わったクリエイターやデザイナー、エンジニアなどが集い、スタートアップ・ベンチャーなどの成長産業を支援するために、ビジョンの実現に必要な事業やプロダクト開発を推進しています。

もっとも見晴らしの良い場所

私たちは、起業家・投資家からこれから創る事業や世界観など、最先端の情報に日常的に触れています。それらは一つ一つは部分でしかありませんが、全ての情報を俯瞰して、統合的に思考することで、数年後・数十年後に実現するであろう社会像が見えてきます。これから先に何が起こるのかが見える、もっとも見晴らしの良い場所にいると言ってもよいかもしれません。私たちは、その見えてきた未来像について、起業家や投資家と日々会話をし、本気で実現させるために活動しています。

世界を変えつつあるメンバー

経営・管理職経験者や事業責任者、国際的なアワード受賞作品に関わったクリエイターやデザイナー、エンジニアなどが集い、スタートアップ・ベンチャーなどの成長産業を支援するために様々な事業やプロダクト開発を推進しています。

社会変革の当事者

社会が変化していく中で自らが当事者として事業創造に関われることができます。関わる仕事の内容によっては、世の中への影響や人の人生にも関わるものなので、一人一人がその責任を自覚しています。また、そのために日常的に一人一人が学び、研鑽し、お互いに学んだことをシェアするような取り組みを行なっています。

オープンなコミュニケーション

fsCAMP(月一度の全社MTG)
月に一度、全社でその時に話し合いたい課題について、全員で話し合って課題解決する場があります。

Slackオープンチャンネル
Slackのチャンネルをオープンにして、必要な情報は自分で入手できるようにしてあります。

・各種会議議事録オープン

・LONG MTG(Q単位で全社ミーティング実施)

メンバーの多様性

様々なバックグラウンドを持ったfor Startupsのメンバーは、普段の仕事以外にも、若手起業家・創業者の世界的ネットワーク組織である「EO Tokyo」や世界最大級の国際起業家・スタートアップ・投資家イベント「SLUSH」日本版をサポートしたり、世界最大のアクセラレーターである「Plug and Play」の日本組織をサポートするなど、多様な活動を行なっています。

福利厚生・制度

より快適に、仕事でパフォーマンスを発揮できるよう様々な制度を取り入れています。

  • 福利厚生
  • 評価制度
  • 確定拠出年金(401K)
  • 定期健康診断
  • インフルエンザ予防接種
  • ウォーターサーバー / オフィスグリコ / 600
  • チームビルディング支援制度
  • モバイル / PC 支給
  • 書籍購入補助制度

OKR

自分の仕事が、会社の成長にどう貢献できているか、本質的に理解しやすい環境を用意し、フィードバックを行います。

年4回の目標設定 / 年2回の給与見直し

変化のスピードが早い業界であることに鑑みて、適切な評価を行うために年4回の目標設定面談を行います。それに伴い、給与の見直しは半年に1回行われます。

採用職種

エントリー

元メタップス執行役員の鈴木聡子が、成長産業支援のfor Startupsにジョイン

リクルート、住友不動産、Kaizen Platformでキャリアを積み、メタップスでは執行役員として活躍した鈴木聡子がfor Startupsにジョインした。スタートアップ業界の最前線を走り抜けてきた鈴木がfor Startupsでの新たな挑戦を語る。

まず、これまでのキャリアについて教えてください。

キャリアというキャリアではないのですが、私と仕事との関係は、大学時代から始まります。大学時代からとにかく働くということに多くの時間を使っていました。学生なのでアルバイトですが、ガソリンスタンドから郵便局、コンビニ、ファーストフード、イベント司会、イベントコンパニオン、インテリアコーディネート等々。私にとって、働くことは学ぶことであり、とてもポジティブな活動でした。一方で、働くことにポジティブになりきれない声をあげる人も多く見てきたので、常々、世の中を『働くことをポジティブに』したいと思っていました。

そんな思いを持ち始めた頃に出会ったのが、リクルート社の方々です。OGOBの方問わず、お会いする中で、人のポテンシャルを強く信じている方が多い印象を受け、私が大切にしている『働くことをポジティブに』することが実現できそうだなと思い、ご縁あり、新卒でお世話になることになりました。

新卒で入られた時期は、ちょうどリーマンショックの頃ですね?

そうなんです。ちょうどリーマンショックが重なって。入社2ヶ月後に退職を宣告されました(笑)

なんと!!

ビックリしますよね。その後、入社半年で退職することになりました。今でこそ社会の大きな変化だから仕方がないと思う部分はありつつも、会社に残っている人もいたのでとても悔しい思いは今も変わりません。新卒でクビ、いい経験をさせていただきました。しかし、当時はそんな風に思うことはできず、社会に対して明るいものが見えなくなり、自分から自信という言葉が消えてしまっていました。

そんな時に出会ったのが、住友不動産です。当時は、とにかく働きたい一心でした。選考中に東日本大震災があり、当初想定していた職種ではなかったのですが、営業としてのオファーをいただき入社を決めました。ここから不動産営業としてのキャリアが始まりました。そして、私のスタートアップとの関わりもスタートします。

あの『Morning Pitch』に繋がるんですね!

よくご存知ですね(笑)。あまり世には出ていませんが、関わっていましたよ。住友不動産に入社したばかりの私はまだ心の傷も癒えていなかったため自分を出しきれていなかったんです。入社して半年、配置換えがあり運命は変わっていきます。上司が兼松さんという方に変わったのです。『とにかく思い切りやれ!俺がなんとかするから!』と背中を押してくれる方でした。それがきっかけとなり、私は翼を得たかのように動き始めることができました。

当時、不動産営業として私のメインクライアントは大手企業でした。営業として大手のお客様と共に成果は残しながら、兼松さんと共にメガベンチャーやスタートアップも担当させていただき、数多くの起業家の方々、投資家の方々、VCの方々にお会いする機会をいただきました。そして、その活動が『Morning Pitch』立ち上げにも繋がっていきます。

なぜスタートアップを担当しようと思ったのですか?

当時住友不動産のビル営業部にはベンチャー担当というものは存在しておらず、むしろ対象外の領域でした。しかし、ご縁ありベンチャーの方々にお会いしていく中で、彼らの志や眼差しに自然と惹かれていきました。世界を変えていこうとしている人たち、人間の価値をも変えようと企てている人たちの波動にはやはり痺れますよね。そして、私は彼らの役に立ちたいと強く思ったんです。

その一方で、オフィス移転の提案しかできない状況もどうにかしたくて、その枠を超えて様々なイベントの運営サポートに入らせていただき、自らもイベント主催をするようになる中で『Morning Pitch』の立ち上げに参加したという経緯があります。毎週木曜日朝5時起きでSkyland Venturesの木下さんやデロイト トーマツ ベンチャーサポートの斎藤さん、野村証券の塩見さんと奮闘していた日々が懐かしいですね。当時は登壇する起業家を探すのに苦労したものです。立ち上げ期に関わってくれたスタッフメンバーは今や立派に自分の会社を持って活躍していたり、自らの個性を活かして活動をしていたりして本当に素敵な仲間たちに恵まれたなと思っています。かけがいのない時間ですね。

そこから約3年間、不動産営業としてスタートアップと関わってきました。その過程でどんどんスタートアップ界隈の人たちとの距離が近くなっていくと共に、もっと近くで彼らを応援したいという思いも強くなっていきました。

なるほど。そこからスタートアップに自ら飛び込んでしまおう、というチャレンジに繋がったんですね。

声をかけてくれたのがKaizen Platformのすどけん(須藤CEO)でした。もう住友不動産を辞めることは決まった後の話ですが、すどけんからたまたま電話をいただいたのがきっかけです。まだKaizen Platformが5-10名くらいの時で、社内の公用語も英語だったし、1通のメールで契約獲得してしまうようなクライアントを心底親身に考え抜く猛者の集まりでした。正直、入社にたじろぎましたが、温かく迎え入れてくれ、ベンチャーの門を叩きました。

その後、メタップスグループの広報としての活動が始まります。当時のメタップスは事業が右肩上がりで成長を遂げていたにも関わらず、世間一般にはまだ知られていない、知る人ぞ知る企業でした。社長の佐藤から急にメッセージが入ってきたんです。「うちで広報しません?」って(笑)。連絡をいただき、広報をするからにはメンバーに会いたいと申し出て、お会いする機会をいただきました。

メタップスはとても人間味あふれる集団で、常に前を向き、過去の栄光には捕らわれず突き進むスタイルを持っていました。だから、自分たちは表に出る必要はないと。それはそれでかっこよかったのですが、私はとてももったいないとも思ったんです。実績はアピールポイントになるし、次のクライアントとのきっかけになるものです。言葉と同じで伝えなければ伝わらない。こんなにかっこ良い人たちをもっと世の中に知って欲しい、自分が役に立つのかもしれないと思い、メタップスに広報として入りました。

これは思い返してみれば、住友不動産時代に上司の兼松さんが私にやってくれたことと同じなんだろうなって感じます。前に出ることに臆病になっていた自分の背中を押してくれた兼松さんがいたからこそ、その後で飛び回れた自分がいたように、メタップスという世に知られるべき人たちの背中を支えられたらと思いました。メタップスの人たちの場合は臆病なわけじゃなく、そういうスタイルだったので、私のおせっかいといえばおせっかいなんですが(笑)この4年間、本当にたくさんのおせっかいをしてきてしまったなと。上場時には着物を着てくださいとか、イベントをやりましょうとか、このおせっかいを快く受け入れてくれたメンバーに今は感謝しています。

これまでの聡子さんのご経験や背景にある思いなどよく分かりました。そこから今回for Startupsへの参画を決められた背景を教えてください。

「たまご」ですかね。 

卵‥‥?

はい、卵です。私には育てなければならない3つの卵があると思っています。まずはfor Startups自身がまだまだ成長可能性を大きく秘めた卵であるということです。

ヒューマンキャピタルという新しい価値貢献にチャレンジしながら、その枠をさらに越えてブランディング支援や顧客紹介、出資等の成長産業支援メニューを拡充しようとしています。成長企業からすると優秀な人材を確保することほど優先事項の高い経営課題はありません。伸びている企業のCEOほど、採用に関するOKRには当たり前のように入っています。スタートアップにとって優先順位の高い経営課題にダイレクトにソリューションを提供できるヒューマンキャピタル領域において、for Startupsに並べる企業はそうそう出てこないかと思います。そういう意味でこの会社の立ち位置はとても良い所にあると思います。

一方で、経営陣・メンバー含め個のパワーはあるのに、それを最大限発揮させる体制がまだ整っていないのも事実です。また、マーケットにおける情報を潤沢に持っているにも関わらず、転職候補者にだけ伝えられていて、マーケットに対してその情報から読み取れる視点や考えを発信する力がまだまだ弱いと思っています。この辺りは私がこれまで経験してきたことからも入社後に貢献ができると。

なるほど。残り2つの卵も気になります。

二つ目は、クライアントという卵です。これまで事業会社にいたが故に、他社のサポートができないという歯がゆさを感じていました。スタートアップ産業を見渡すと、自社のみならずたくさんの成長可能性を秘めたスタートアップがあります。自社の成長にコミットしながらも、クライアントであるスタートアップにも翼を授けられる仕事ということであれば、こんなに素敵なことはないと思っています。住友不動産でスタートアップに関わってきた時から、その波動に痺れてきた身としてはとてもワクワクするチャレンジです。

では、最後の卵とは?

日本です。日本という大きな卵を今一度大きく育て、翼を与えることで羽ばたかせたいという想いです。先進国と言われていたのももう昔の話。日本は今衰退の一歩を進み始めてしまっているかもしれないと感じています。そこに対して一番影響力高く広く貢献できると思ったのが、for Startupsというポジションです。

まだまだ未熟ではありますが、for Startupsという企業と共に成長し、スタートアップが主役である成長産業を大きくし、日本という国をより発展させ、未来を創る。このストーリーにワクワクしました。独立の話も多くいただきましたが、結論私は自分が主体的にチームを作ることよりも、誰かが目指しているものをサポートする方が向いていると思っています。

まさに卵を孵化させ、翼を与え、育てていくように。同時にチームという力を信じていて、誰とどのタイミングで組むべきかによって世の中に対して大きなインパクトを生み出せるかどうか、レバレッジがかけられると思っています。今このタイミングにおいて、for Startupsで自分の時間を投資することが、世の中に価値を還元する最善の選択だと信じています。

素敵なお話の数々、ありがとうございました!ご活躍、楽しみにしております。

インターン対談:自分をさらけ出しながら、日々学び続けられるこの場所が好き。僕らがfor Startupsにいる理由。

就職活動の定番とさえいえる、企業でのインターンシップ。しかし、数ある企業の中から、自分の興味関心や成長できる環境などを探し当てるのは、そう容易なことではありません。

ただ、自らの軸やこだわりを持ちインターンシップ先を選定すれば、インターンシップを充実したものにできるのではないでしょうか。そこで今回は、for Startupsで長期インターンとして活躍する、影山・橋爪・渡邉の3名に集まってもらい座談会を実施。

彼らがfor Startupsを選び、最初から今まで変わらずイキイキと働ける理由とは?インターン同士の和やかな雰囲気の中で話してくれました!

「とにかく裁量の大きな環境を探していた」

-- 今日はよろしくお願いします! さて、今回はインターンのみなさんの日々のお仕事の話をいろいろと伺えたらと思っています。盛り上がりを見せているスタートアップ領域ですが、学生時代にインターン先として選ぶことは大きなチャレンジだったのではないかと思います。そもそも、みなさんは入社前からスタートアップに興味があったのでしょうか?

影山千莉(かげやま・せんり)
上智大学 総合グローバル学部所属。幼い頃からクラシックバレエに取り組み、全国大会で2位を獲得したことも。知り合いの紹介で1年半前からインターン生として働く。

影山:わたしがインターンを始めた頃は、Uber、Airbnb、メルカリなどが広く知られ始めたタイミングで。「スタートアップ」という言葉は、なんとなく聞いたことがある、くらいでした。「スタートアップってベンチャーとなにが違うのだろう?」みたいな。漠然とでしたが、勢いのあるスタートアップに興味を持って、インターンを始めたんです。

橋爪健汰(はしづめ・けんた)
明治大学 総合数理学部 先端メディアサイエンス学科所属。学外では、スターバックスのアルバイトに打ち込み、接客コンテストでの受賞経験を持つ。現在、インターン歴8ヶ月。

橋爪:わかる! 僕も、ベンチャーとスタートアップの違いはよくわかっていないレベルでした。以前、別の企業のサマーインターンを経験したときに、より成長したいと思って、長期インターンを探し始めました。当時、僕は「成長は、自ら決断し、実行することで培われるもの」と思っていたので、とにかく裁量の大きな環境で働いてみたかったんですよね。そこで見つけたのが、for Startupsでした。

渡邉慶(わたなべ・けい)
法政大学 キャリアデザイン学部 キャリアデザイン学科所属。個人で学生組織に特化した組織のコンサルティング事業を立ち上げる傍らで、for Startupsのインターンを開始。現在、インターン歴4ヶ月。

渡邉:僕は、スタートアップの存在そのものは知っていました。就活が終わってからfor Startupsのインターンを始めているので、ある程度大企業からスタートアップまでを知った状態でfor Startupsに出会いました。インターンに応募した理由は、のちのち起業する際に活きる経験を積みたいと思ったから。僕自身、学生時代から個人で事業を立ち上げていたので、いつかは起業して会社を背負う存在になると思っていて。大学卒業後は大企業への入社予定があるので、卒業までの今の時期、スタートアップの環境下で起業についての知見を溜めたいと考えました。

影山:そう思うと、渡邉さんはすごく強い意思を持っているよね……! 正直なところ、わたしはインターンの採用面接のときに、事業内容もスタートアップに関する言葉もあんまり理解できていなくて(笑)。ただ「すごく興味がある!働いてみたい!」と感じて入社を決めたんですよね。

-- スタートアップに興味があることはもちろんですが、それよりも「何を得たいのか」が明確になっていたんですね。for Startupsのインターンの仕事って、どんな種類があるんですか?

渡邉:仕事内容は全部で4種類に分かれます。まず、一番大きなものはfor Startupsが運営するスタートアップの情報プラットフォーム「STARTUP DB」の運営。企業のデータベースの更新が主な業務です。社員と協力しながら、スタートアップの公開情報をリサーチし、データベースに反映しています。

STARTUP DB https://startup-db.com/

2点目が「STARTUP DB」内のコンテンツ制作。これから業界に飛び込もうと考えている方に向けて、独自でスタートアップに関する情報をリサーチし、記事としてお届けしています。スタートアップのIPO(上場)、資金調達など、さまざまなテーマを決め、記事を執筆するんです。

ベンチャーキャピタルのビジネスモデルから学ぶ、スタートアップの分析視点

そして、3点目がデジタルマーケティング。SNS運用を中心に「STARTUP DB」がより愛されるための施策を考え、実行しています。

最後が、HR。通常のHR部署とは別で、インターンのみで構成されたセクションです。インターンの採用を行なったり、インターンの組織活性化を担っています。

影山:「STARTUP DB」の運営はインターン全員で行っていて、残りの3つの仕事を興味や強みに合わせて選択し、配属されています。わたしは、HRの担当なので、インターンの面接や採用記事の執筆をしたり、組織活性化のためにアンケートを行なったりしています。

橋爪:HRセクションは、影山さんが「作りたい!」と声を挙げてできた部署だったよね?

影山:そうだね。昔よりもインターンが増えている今の段階で、採用やメンバー同士のつながりをもっと良くしたいと思って提案したら「じゃあ、やってごらん」と社員の方が言ってくださって。初期はひとりで担当していたのですごく大変でしたが、今は3人で仕事を回しているので、やりたいことができるようになってきた感覚があります。

橋爪:僕は、渡邉さんと一緒にコンテンツを制作したり、デジタルマーケティングにも携わっています。以前のインターンの方がマーケティングセクションを立ち上げてくれたので、それを受け継ぐ形で「STARTUP DB」のコアなコミュニティ形成を目指しています。具体的には、SNS運用を行い「STARTUP DB」を愛してくださるファンの方を広めるための施策を担当しています。

仕事は正直、地道。でも、自らの力で結果を出せる環境がある


-- インターンの発案で部署ができるってすごいですよね。あと、仕事内容も幅広いなと。実際に働き始めてみて、意外だったことや驚いたこととか、ありました?

橋爪:IT業界でよくある話なのかもしれませんが、仕事内容が想像以上に地味でした(笑)。メディア運営って、言葉だけならキラキラしているし格好良いんですが、実際はすごく地道です。

渡邉:すごくわかる(笑)。僕自身も華やかな仕事のイメージを持っていたけれど、面接時に「たぶん、想像よりも地味だよ」と念押しされました。ただ、僕は地道な仕事だから嫌とか、華やかな仕事だから良いみたいな固定観念がほとんどなくて。むしろ、知らないことを知れる喜びや、学生生活にも活きる資料の作り方なんかも学べていたので、一つひとつがすべて新鮮でした。

橋爪:それ、すごいね……! 影山さんはどうだった?

影山:わたしは地道な作業が好きだし、大の得意だったからすごく楽しかったかなあ。最近、「STARTUP DB」に掲載した企業数が1万社を突破したのですが、それに伴い多くの方に活用いただけていて、コツコツ続けたことが価値を生んでいることを知ることができるのがとにかく嬉しいです。意味のない作業は苦手だけど、今の仕事は日本のスタートアップ市場に価値を生み出せていると実感しています。自分自身も多くの企業を知ることにつながっているから、すごく楽しいです。

渡邉:コンテンツ制作の仕事でも、プロの編集者に自分の記事を添削していただけるので、学びしかないです。しっかりフィードバックもいただけていて、自分の手でコンテンツを作っていると実感できます。

橋爪:本当にそうだよね。とくに、以前僕が執筆した記事が、メディア全体でPV数の1位を獲得したときは、すごくすごく嬉しかった……。いろいろな指摘や提案をいただいて、ひとつの記事に成長させていく過程も含めて、やりがいが大きいなと感じます。

https://media.startup-db.com/research/google-ma-japan

影山:あと、for Startupsでは、定期的に起業家やVCの方を招いて、社内勉強会を開催しているんです。勉強会にはインターンも参加できるんです。学生が起業家や投資家の話を聞く機会なんてほとんど無いので、刺激を受けることばかりです!

-- エピソードが全然尽きない(笑)。それに、3人とも緊張がほぐれてきましたね。インターンの雰囲気ってどんな感じなんですか?

渡邉:言葉で表現すると難しいけれど「尖っているのに、先端は丸い人」が多い気がします。みんな、自分の中に確固たる信念があるから意思は固いけれど、他人に対して攻撃的な人っていないです。

橋爪:たしかにそうかも。目的意識や知的好奇心が強い人が多いよね。さっきも話に出たように、地味な作業に対して「どうしてやるのか」がわかれば頑張れるタイプが揃っているのかなと。インターン同士でも、情報共有の頻度が高いですしね。「こんな資金調達方法、すごくない?」とか言っています(笑)。

影山:インターンの雰囲気かあ。良いところたくさんありますよ!

橋爪・渡邉:おお?

影山:ピュア、ポジティブ、愚痴や悪口がない、穏やか、地に足が付いている……

-- すごい。影山さんは一番長く働いている分、良いところを見つける瞬間が多いのかもしれないですね。反対に、嫌だなあって思うところはありますか?

橋爪:……あります! インターンで飲みに行ったりごはんに行ったりしたいのに、みんなすぐ帰っちゃうんですよ(笑)。シフト制で働いているので、早上がりのメンバーがそそくさと……。

渡邉:人によっては自宅が遠いことがあるので、なかなか夜までとなると大変なんですよね。埼玉県の方から来ているインターンもいるから、みんなでグループになってワイワイ、みたいな瞬間は少ないかも。仕事中は密にコミュニケーションも取るし仲も良いけれど、さっぱりした性格なのかもしれないです。

影山:ちなみに、昔も今も、その雰囲気だけは全然変わっていないです(笑)。

for Startupsにいるから、自分の信念が見つかった

-- for Startupsでのインターンを経験して、就活時に役立ったことや自分の中に生まれた変化ってありましたか?

影山:ありますね。とくに、就活時、企業の事業内容を深くまで理解できるようになっていました。正直、インターンを始める前は「コンサルって格好良い」くらいのイメージしか持てていなかったんです。今では、事業内容を通してその企業はどんな世界観を作ろうとしているのかと理解できるし、企業の性格も掴めるようになりました。

渡邉:僕は就活が終わってからの入社でしたが、社会人として世に出る前に「自らボールを見つけて、抱えて、投げきる」ことがどれだけ難しく、大切なことなのかを理解できて良かったと感じています。やりきることは、いずれ起業したい僕にとっては、すごく有益な経験だと思うんです。

橋爪:僕、数年前、父親の会社が倒産した姿を間近で見ていたんです。資金が無くなってしまったので、アルバイトに明け暮れて学費を稼ぐような毎日でした。学校ひとつ満足に通わせてくれない両親をすごく恨んだし、恵まれない環境に腹立たしい思いを抱いたこともあります。でも、そのとき出会ったアルバイト先の常連さんに「文句ばかり言わず、やりたいことに夢中になりなさい」と言っていただいたことがきっかけで、心から貢献したいと思える仕事を探そうと思えたんですよね。

渡邉・影山:すごく良い話……。

橋爪:その後、for Startupsでインターンを始めたのですが、自らの哲学や意思を持つ起業家の方にたくさんお会いできて。「STARTUP DB」のメディアの取材にも何度か同行させていただいているのですが、本当に成功する起業家の方は、当時の僕のように不平不満なんて絶対言わない。だから、僕も信念を持ち、語ることで本当に働きたい企業を見つけて就活ができました。

-- 仕事を通して、知識やノウハウだけではなく、自分がどうあるべきなのかと学べているんですね。それでは最後に教えてください。たくさんの企業がある中で、みなさんがfor Startupsに居続ける理由はなんですか?

影山:インターンも社員も含めて、とにかくメンバーが好きだから。自分のありのままをさらけ出せるし、学びも多い。ストレスフリーな環境だから、続ける選択肢しか見つかりません。

渡邉:僕も似ているかも。このチームが好きなんです。世間知らずで恥ずかしい話ですが、for Startupsでインターンするまでは、自分は優秀だと思ってきたし、仕事もできる方だと思っていて。ところが、入ってみたらインターンのみんなを尊敬することばかりで。社員も「for Startups」の名の通り、全員が本気でスタートアップのことを考え抜いていますし。いつか僕もこんなチームが作りたいと心から感じているので、卒業までの間、学べることを学びきりたいです。

橋爪:for Startupsで、まだ学べるなにかがあるような気がするから続けています。 日々働いていると、いつも新しい発見があって、知らないことに出会うんです。その上、誰も答えを教えてくれないから、自分で探して正解を見つけるしかない。そんな謎解きのような環境下でまだまだ探検したいと思うから、僕がfor Startupsにいます。

-- すごく充実したお話の数々、ありがとうございました!

Startups First~ビジョン共感で集まった仲間たち。抜群のチームワークを誇るエンジニアチームについてCTOが語る。

「彼ら自体がコンテンツ」と評するほど多彩なメンバーが集まるfor Startupsのエンジニアチーム。既存産業から成長産業へ、スタートアップのエコシステムに一人でも多くの人に入ってもらい、発展させることを目指し、心を一つにして開発に取り組んでいる。同じ志を持つ新たな仲間を求め、CTOの戸村憲史がチームの様子や自らの思いを語った。

戸村 憲史 執行役員 CTO 兼 テックラボ本部長
2007年に大手SIerに入社。SEとして上流から下流まで一通りを経験し、クラウドサービスの開発から運用までを1人で担当。2013年iettyの立ち上げに参画。CTOとしてiettyの開発全ての責任者として従事。2016年11月より当社にジョイン、2018年4月にCTOに就任後、テックラボ本部を統括。

スタートアップの中心地サンフランシスコを超えるほどのスタートアップのエコシステム構築へ

今、私たちが取り組んでいる開発プロジェクトは、大きくは2つ。1つは、既にローンチしている『STARTUP DB』で、これは、国内の成長産業とスタートアップに関する幅広い情報を集約・整理し、検索可能にしたデータベースです。2019年7月からは、世界最大級のベンチャー企業データベース『Crunchbase』とのデータ連携も始まりました。

今までは日本語で、日本人をメインに展開してきましたが、私たちが望むのは、むしろ海外で日本のサービスが伸びること。海外VCからの資金調達や海外への販路拡大につながることを目指し、連携しました。

そしてもう1つが、現段階では「生産性を高めるための社内ツール」ということになります。ただし、スタートアップのエコシステムに一人でも多くの人に入ってもらうための仕組みとして、将来的にはもっと発展させていく構想があります。

社内だけに閉じている必要はなく、私たちが支援している企業、転職を考えている候補者の方など、スタートアップをめぐるあらゆる人に活用してもらうことを視野に入れています。『STARTUP DB』ともつながり、人、企業、情報が集まるプラットフォームになります。これらが循環し、スタートアップのエコシステム全体の効率化と最適化、発展を実現するイメージです。

私たちは、人、企業、VC、エコシステムビルダーとつながりがあるため、私たちならではの展開と闘い方ができるのではないかと思います。そして最終的には、スタートアップの中心地であるサンフランシスコにも勝てるほどの、巨大なスタートアップのエコシステムができるといい。

これまでシリコンバレーが歴史的に見ても世界的なスタートアップが生まれた中心地でしたが、現在、サンフランシスコは、住んでいる人のほとんどがスタートアップで働いている人…というほどの集積で、エンジニアの人数も尋常じゃない規模になっています。

日本もそれくらいになればおもしろいし、そうなっていかないといけない。私たちが、スタートアップ業界全体を巻き込んで一緒に作り、盛り上げていこうと考えています。

エンジニアドリブンでもプロダクトドリブンでもない、ビジョンドリブンのチーム!

これだけ大きな構想を持ち、開発を進めているのですが、現在、エンジニアチームは正社員とパートナーを合わせてもまだ少なく、やりたいことに対してまったく足りません。増やさないといけないのですが、あえて無理をしてまで増やしていないという面もあります。

というのも、私たちはビジョンドリブンのチーム。エンジニアドリブンでもプロダクトドリブンでもありません。ビジョンを達成するために、どのようなものを作らないといけないか。そのためにはどのようなエンジニアリングで取り組まないといけないか…という形で落としていくので、「技術力を上げたい」とか、「世界で勝てるプロダクトを作りたい」といった志向の方は、少し違うのです。そういう志向の人はfor Startupsに入ったとしても、伸び伸びと働けず、楽しくないでしょう。だから慎重に見極める必要があり、結果として採用に至っていないのです。

もちろん、技術的な挑戦がないわけではありません。ビジョン達成のためには、技術を駆使して解決しなければいけない課題は多く、また、あまたのスタートアップと向き合う上で、新しい技術を知らなければいけないので、当然のこととして様々な技術を取り入れています。裏側ではマイクロサービス化も進めています。ただし、そこに一番の喜びを感じる人だと合わないのです。優先順位はビジョン。極論すれば、ビジョンを達成するために「何なら営業でもやりますよ」というくらいの気持ちの人のほうが、マッチするのではないかと思います。

これまでも、多くの素晴らしいエンジニアの方とお会いできてはいるのですが、あくまでもfor Startupsの優先順位はビジョンが一番、次に人柄、その次が技術力と考えています。

ビジョン共感が最優先。全員で攻め全員で守るトータルフットボールのようなチーム。多彩なメンバーと抜群のチームワーク。高速でPDCAを回し続けるチームでありたい

私たちは、言われたモノを作るのではなく、ビジョンがあり、それに対してエンジニアやデザイナー、企画の人も混ざってみんなで考えていくという形で物事を進めています。時には、エンジニアがヒアリングをしに、起業家やスタートアップと日々コミュニケーションをとっているヒューマンキャピタリストのメンバーにも同行します。それを厭わない、むしろやりたい人がいい。全員で攻め、全員で守る。私たちのチームは、1974年W杯でオランダ代表が採用したトータルフットボールのイメージでしょうか。

実際、今、チームにいるメンバーは、まさにトータルフットボールのようなマインドの人たち。「自分の守備範囲はここだけ」と決めている人はいません。問題があれば解決に動き、近くの人の進捗が遅れていたら、優先順位を考えて、自分のパートは後回しにして「手伝いますよ」と当たり前のように声をかけます。

仕事が終われば、仲良く飲みに行く。そんなチームですね。とはいえ仕事の場では、プロフェッショナルに徹し、もし私が間違ったことを発信すれば、「それは間違っていると思います」と指摘されますし、決して慣れ合っている関係性ではありません。みんな人柄が良く、助け合い、一方でプロフェッショナルに徹する。これから仲間が増えても、このような組織でありたいと思っています。

「理想の組織」を問われれば、この状態をキープし、スケールすることと答えます。もちろん完璧ではありません。足りないものも多いですが、それに対してキャッチアップしよう、日々、落ちているボールをしっかり取りに行こうと努力する感覚を大事にしています。開発に取り組みながら、「これは何のためにやるのか」とそもそも論に立ち返ることも多いですね。重要なことだと思います。

「人数が増えたら、チームの平均値が下がった」という事態は、往々にして起きるのですが、できる限りそのようなことがないよう、素早い判断をしながらPDCAを高速で回していくことを続けたい。今のスピード感、いろいろやる感、ボールを拾う感は、これから人数が増えても無くさないようにしたいです。

今いるメンバーは本当に個性的で、スキルも経験も高い人たちです。社員エンジニアは、大手SIerでブロックチェーンのR&Dに取り組んでいたエンジニア、ARゲームのプロトタイプをほぼゼロから作ったエンジニアなど。パートナーメンバーも、ITメガベンチャーの元開発部長や、for Startupsの傍ら、起業して自ら会社を経営している人など多彩です。

しかも彼らは採用にもコミットしてくれて、一緒に会社を、チームを盛り上げようとしてくれています。不思議な組織だなと、自分でも思ってしまうほど(笑)。for Startupsにおいては、社員だから、パートナーだから…というのは、まったく関係ありません。

常に超えるべき課題がある。120%の力で臨み続ける環境がおもしろい。

エンジニアのキャリアでは、しばしば技術力を鍛えることが重視されます。それも正しいですが、一方で私は進化論のように、最終的に生き残るのは何かのスキルに強い人ではなく、環境に対応できる人ではないかと思います。

目の前の仕事に対して、常に120%で臨んで、しっかり解決することを繰り返してきた人が強いと。他方、やりたくない仕事を80%でやっていると、全体的にスキルが落ちるのではないでしょうか。筋トレと同じだと思います。逆にいうと、常に120%の力を出せる環境に身を置くことが重要で、いろいろなパターンがありますが、事業や業界全体が伸びていて、120%の力を出さないと追いつかないような環境もその一つです。

for Startupsの場合は、ビジョン共感のチームで、「このビジョンを叶えたい」、「日本をより良くしたい」、「日本を世界で勝たせたい」といった思いに対して、やるべきことを日々、自ら考えることで、120%の力を出しているのではないかと思います。

得意な守備範囲以外もやらなければいけないかもしれません。常に勉強が必要で、それも120%になる要素ですね。求めることが多いので、結果的に「採用が大変だ」という話に戻ってしまいます(笑)。でも、自分としては、120%の力で向き合うことに仕事のおもしろみを感じています。

私は入社して3年経ちますが、代表の志水の言っていることは、当時からほとんど変わっていません。当時は、実情とかけ離れた「構想」でしたが、着実に達成し、今は実情が追いついてきました。

『STARTUP DB』が、アメリカの『Crunchbase』と提携して、日本のスタートアップを海外に知ってもらえるようになったこともその一つです。日本ベンチャーキャピタル協会にも加入し、よりスタートアップのエコシステムの真ん中に近づいています。少しずつ、目指している方向に近づいていることは、for Startupsのみんなが感じていることでしょう。

多分、志水の言うこと、for Startupsの目指すものは、これからさらに大きくなっていくでしょう。それをまた越えなければいけない。永遠に120%の力を発揮し続ける環境であり、これは間違いなくおもしろいと思います。

「日本は、このまま行ったらつまらなくなるよね」と感じている人自体は、たくさんいると思います。大半の人は「だから、こうしよう」とは考えていないのですが、for Startupsと出会うことで、「なるほど、そういう考え方があったのか」と刺激を受けてくれる人もいます。

機会があれば志水や、私を含めたエンジニアチームのメンバーと接してほしいと思います。結果として、仲間にはならなくても、スタートアップのエコシステムに入って、ユニコーンを目指す側になる人もいます。それはそれで大いに歓迎すべきことです。

今後、イベントなども多く開催します。何かのタイミングでfor Startupsと触れてもらい、スタートアップのエコシステムの輪がどんどん大きくなっていくといいと思っています。興味を持ってくれた方は、ぜひ、一度来てください。

エンジニア対談:パラレルに働く我々がfor Startupsを選んだ理由

for Startupsには社員、契約社員、業務委託と、多様な働き方のエンジニアがいる。立場はあくまでもフラットで、雇用形態は単なる属性の一つに過ぎない。「for Startups」のビジョンの下、多様な経験と知識、技術を持つエンジニアが集い、掛け算の価値を発揮して、新しいサービスをつくりだす。その空気、環境に魅了され、パラレルに働く場の一つとしてfor Startupsを選んだ契約社員・業務委託の3人が、for Startupsの魅力と楽しさを語り尽くした。

竹内 茂(契約社員)写真右
法政大学を卒業後、ヤフーに4年半、GMO Techに4年在籍し、Webエンジニアとしてキャリアを積む。GMO Techでは開発部長を務めた。その後、幅広く経験を積むためにフリーランスに。for Startupsには2015年から参画。社歴は長く、『STARTUP DB』を前身となるプロダクトから中心となって開発、また、社内向けツールの開発を担ってきた。

松原 昌幹(契約社員)写真左
一級建築士。神戸大学大学院とフィンランドのタンペレ工科大学で建築学を学び、卒業後は組織設計事務所にて3年間、設計業務に従事。その後、Webマーケティングのスタートアップへ。設計事務所時代から建築×ITのブログを運営。これをベースに2019年1月に起業。現在はfor Startupsと自身の会社のほか、東京大学で学術支援専門職員としても活動するパラレルワーカー。

嘉手苅 整介(業務委託)写真中央
大阪市立大学で統計学を学び、新卒で大手SIerに就職。その後、不動産系ITベンチャーの株式会社iettyを経てフリーランスに。for Startups CTOの戸村がietty時代の上司だった縁で、for Startupsへ。現在は、物流系スタートアップに参画メンバーとして注力する傍ら、週一でfor Startupsの開発業務を手伝っている。

日本の発展に資するサービスへの期待 ~ for Startupsにジョインした理由

-- for Startupsに参画したきっかけや理由を教えてください。

竹内:きっかけは、GMO Tech時代の同僚がfor Startupsにいたことです。2015年のことですが、当時、for StartupsにはWebエンジニアが一人もいなくて、私がちょうどフリーランスだったので、「やってくれないか」と頼まれました。「フルでなくてもいい」ということだったので、契約社員でジョインしました。

ただ、直接的には「人がいないから」という理由ですが、当初から、ホームページの運用やサーバー、ドメインなどを見るだけでなく、サービスをつくるという話を聞いていました。それでやってみたいと思ったのです。ゼロイチでサービスづくりに関われる点は魅力で、実際に、企画段階から入り、開発したサービス、『cotobe』を立ち上げることができました。今は、発展的に終了しましたが、それを引き継いだ『STARTUP DB』も引き続き担当しています。最初から関わっているので思い入れも強く、『STARTUP DB』のサービス品質をさらに良くし、いろいろな人に見てもらうことにモチベーションを感じて、今に至っています。

松原:僕は、元は建築をやっていて、その後、Webエンジニアに転職したのですが、当時、本業の傍らで建築系とITを絡めたブログを書いていました。だんだん、ブログ経由の問い合わせや仕事の依頼などが増えてきて、正社員という働き方が難しくなったことから、フリーランスになりました。その時に、SESなども含めて働き方を探すなかで、for Startupsにも相談に来て、for Startupsでも正社員ではなく、契約社員での働き方も提案していただけたことが、ここに来たきっかけです。

魅力に感じた点は、自分たちのサービスというよりは、日本の発展に資するサービスをつくりたいという発想や、あえてターゲットを絞っている点などです。例えば、現在の主軸であるタレントエージェンシー事業も、対象を広げたほうがパイは多そうなのに、スタートアップだけに特化するのがおもしろい。今後、新しいサービスをつくるときも、何か変わったことができるのではという期待感がありました。

嘉手苅:私は、前職のiettyで戸村(for Startups CTO)と一緒に働いていました。戸村が先に辞めたのですが、いろいろとお世話にもなり、もう一度一緒に働きたいと思っていました。そうしたら、フリーランスで働いているときに戸村から誘われ、for Startupsと関わるようになりました。今はfor Startupsと、もう1社ベンチャー会社のメンバーとして働いています。それこそfor Startupsが支援するような会社です。そちらも忙しいのですが、何でfor Startupsにいるかというと、単純に楽しいから。for Startupsの人が好きだからです。今いるメンバーも好きだし、辞めた人とも緩やかにつながっているし、「人」が一番の理由かなと思います。

多様な知識、技術、人とのつながり~パラレルで働く魅力

-- for Startupsのほかにどのような仕事をしていますか。パラレルで働く魅力なども教えてください。

松原:一つは、学術支援技術専門職員という肩書きで、大学の研究室の職員をやっています。これは建築系で、もう一つは、1月に立ち上げた自分の会社を経営しています。建築とWebエンジニアの経験を活かして、設計業務に関するITコンサルティングをやっています。

違う分野で仕事をしていると、いろいろな知識、いろいろな人とのつながりが得られます。例えば、for Startupsで得た経験を別の仕事に活かし、もう一方の仕事で出会った人とfor Startupsの接点を作るなど相乗効果があって、それはなかなか、普通の働き方では実現できないのではないかと思っています。特にfor Startupsでは、色々なスタートアップ企業の情報が毎日入ってくるので、とても刺激を受けています。

竹内:松原は、カテゴリーが異なるいろいろなことを並行してやっているので、すごいと思います。私はWebエンジニア一本ですから。ただ、Webエンジニアというカテゴリーでも、使っている言語やフレームワークは会社によって違います。いろいろな会社を見てみたい。いろいろな技術を習得したい。そう思って、フリーランスを選びました。実際に、今は複数のクライアントで、複数の技術に携われて非常に充実しています。

嘉手苅:私が並行してやっているスタートアップは、物流関連のIT企業で、簡単にいうと『Airbnb』のような倉庫スペースのシェアリングサービスです。大企業が持っている倉庫の空きスペースを効率的に活用するサービスを展開しています。先日、まとまった資金調達をしたところで、これからアクセルを踏んでいくフェーズにあります。

スタートアップで働くのは楽しい~ビジョンへの共感がベースに

-- パラレルな働き方の一つとしてfor Startupsを選ぶにあたり、ビジョンも重要視しましたか?

松原:そうですね。やはり、ビジョンへの共感はベースになっていますね。僕の場合は、ちょっとした日本への嘆きもあったので。僕はよくプロダクトマネージャーのイベントに行くのですが、あるイベントで著名な企業の方が、例えば「イスラエルで投資をするなら、この会社がおもしろいよ」といった壮大な話をするのです。それが、世界に比べて日本の遅れみたいなものを感じていて、いつもモヤモヤしていました。確かに、日本のスタートアップは、海外のスタートアップに比べるとインパクトは小さいです。企業ランキングの上位に、スタートアップが並ぶ海外に対して、日本は昔ながらの企業ばかり。日本のスタートアップに盛り上がってほしいという思いは、僕も持っていて、そのお手伝いができるなら、それはまさに僕のやりたいことだと思いました。

竹内:私の場合は、代表の志水から直接ビジョンを聞けたことに感銘を受けたかな。というのも、フリーランスになる前はヤフー、GMO Techで、いわゆる大手で働いていたので、代表がどのような思いを持って働いているのか、あるいは、社員に対して、どのような思いを持って働いてほしいと考えているのか、一切、聞いたことがないし、意識したこともなかったのです。でもfor Startupsでは、来てすぐのタイミングで志水が1時間、一対一でビジョンとミッションをみっちり説明してくれました。代表が一メンバーに説明してくれたことに共感して、それに応えるだけのコミットをしようと思いました。

嘉手苅:私は元々スタートアップが好きで、だからビジョンには、自然と共感しています。ietty、今やっている物流系ITベンチャーに、for Startupsも含めれば、3社のスタートアップ経験がありますが、やはり「スタートアップで働くのは、すごく楽しいぞ」という思いがあります。もっとスタートアップで働く人を増やして、楽しく仕事ができる人が増えるといいなと、ずっと思っています。

技術への挑戦、著名起業家の話 ~ for Startupsで得られる多様な経験

-- それぞれの思いを持ってここにいることがわかりました。では、for Startupsで得られるものは何でしょうか。

竹内:技術的な面では、自発的にチャレンジして、知識や技術を吸収できること。ベンチャーなので、言語やフレームワークに「これを使いなさい」という決まりはありません。合理的な理由があってこの技術を使うべきだと、説明できるなら、新しいことにどんどんチャレンジできます。会社としても、数々のスタートアップを支援している以上、いろいろな技術やフレームワークがあることへの理解があり、試すことにも抵抗がない。それは、エンジニアには魅力的だと思います。

松原:普通のエンジニアが知らない経営や投資の知識も得られます。そんなことを勉強できるのも、for Startupsならではだと思います。あとは、for Startups自体もスタートアップで、会社としていろいろと整備をしているところなので、「なるほど、こうやって会社はできていくのか」ということが実地に学べます。それは、自分の会社や大学での仕事に直接的に活かすことができ、得られるものとして、とても大きいです。

嘉手苅:二つあって、一つは経験です。プロジェクトのマネジメントをやりたければ、手を挙げればできるし、新しい技術も、言えばできる。そのあたりの柔軟さはかなりあると思うので、自分のやりたいことを実現し、経験を積める環境だと思います。

もう一つは、すごい人たちの話を聞けること。先日も、DeNAの南場智子会長が来て話をしてくれました。これは、かなり特殊な経験ではないでしょうか。for Startupsにいるから得られた機会で、これは大きなメリットだと思います。

目標は自分自身とサービスの成長 ~for Startupsの経験を活かす

-- 今後のご自身の目標と、そこにfor Startupsの経験がどう活かされるかを教えてください。

竹内:正直に言うと、長期的な目標はあまり考えていません。私は今までも、これからもWebエンジニアとして生きていくので、技術への挑戦は継続してやっていくつもりです。少し前は、エンジニアには「35歳定年説」もありました。私はもう35歳を過ぎていますが、まだまだ現役のままでやっていたいです。そのなかで、for Startupsは、挑戦への抵抗がなく、また、松原も嘉手苅もそうですが、スキルの高い人が集まっているので、ここにいることが自分にとってプラスになると考えています。みんなでプロダクトをつくる過程で、まだまだ成長したいですし、このような環境にいられることを嬉しく思っています。

松原:僕もあまり、目標はないかな。常々思っているのは、触媒でありたいということ。僕がどこかに入ることで刺激になったり、新しいことが起こったりする存在になれたらいいと考えています。for Startupsでも、僕が入ることでプロジェクトが進んだり、僕が誰かを連れてくることで、何か新しい出来事が生まれたり、そうなれたらいいですね。for Startupsでの経験は、僕という人間の幅を広げてくれるし、また、for Startupsという場所があることで、僕が学んだことを伝える機会も広がっていると思います。

嘉手苅:私はやはり、Webエンジニアである以上、自分自身のサービスが実際に使われることが、いちばんの醍醐味だと思っています。iettyでもそうだったし、ここでも、『STARTUP DB』で、その楽しい経験をしたいです。なので『STARTUP DB』を、もっと世間に認知されるサービスに育てることが今の目標です。もう一つの物流系ITベンチャーでも、実際に倉庫スペースを提供し、ユーザーに喜んでもらえるサービスすることが目標です。そちらでは、for Startupsの経験が、そのまま全部活きると思います。

真面目・責任感・チームワーク・お酒が好きな人(笑)~一緒に働きたい人

-- 今、エンジニアチームでは新しい仲間を募集しています。どんな人が向いていると思いますか。

嘉手苅:真面目で責任感があって、チームワークを大切にする人で、お酒が好きな人(笑)。

竹内:その通り。間違いないです(笑)。

嘉手苅:今のメンバーがみんな、そんな感じですよね。自律できる人が多いので、責任感を持ってどんどん進めていける人が合うと思います。「みんなで何かをやろう」という空気のチームなので、個人プレーに走るようなタイプは、ちょっと合わないかと…。

松原:付け加えるなら柔軟性のある人。結構、素直に意見を言い合う関係なので、自分の意見を貫き通そうとする人よりは、人の話を聞きながら、話を進めていける人が向いていると思います。お酒は、「飲める」というより、お酒の「場が好きな人」ですね。飲めなくても楽しめるなら大丈夫。

竹内:真面目な話をすると、堅実にサービスに取り組める人が合うのかなと思います。というのも、転職の動機の一つに、「こんなにすごいことをやっている。自分も携わりたい」という感動があると思うのです。プロダクトが技術的にすごい、見せ方がうまい、という点に惹かれる人は一定数いますよね。ただ、そのような観点では、『STARTUP DB』は、見栄えはしないかもしれません。でも実は、裏側では技術的に様々な工夫をしています。派手ではないけど堅実なサービスで、そこに真摯に取り組める人がいいと思います。サービスやプロダクトの華やかな魅力を優先する人は、ちょっと違うかもしれません。

良質なファシリティーと伸び伸び働ける雰囲気 ~for Startupsの働く環境

-- 働く環境はどうでしょうか。魅力などを教えてください。

嘉手苅:大人なチームですよね。30代が多いということもあって、落ち着いて、しっかり仕事をしている。オンオフも分けて、すごくやりやすいチームだと思います。仕事中は静かで、終わったら飲みに行く、というイメージですね。

松原:みんな明るいです。いわゆるエンジニアエンジニアした感じの会社とは、雰囲気が違うかもしれません。あとは圧迫されるものがなく、伸び伸びと働ける雰囲気があります。今までの経験では、会社によっては「やらされている感」がありましたが、for Startupsには、一切ありません。みんなで話し合う機会も多く、フラットにやりとりしながら一緒につくりあげている感じがあるので、その影響かもしれません。CTOも、常にみんなを巻き込みながらやろうと意識しているように思います。

竹内:精神的な部分は、そうですね。物理的な話もすると、私は2015年からfor Startupsにいて、当時と比べるとファシリティーは劇的に改善しました。エンジニアの部屋もあり、いい椅子で、本人が希望するPCやモニターを使わせてもらっています。そこはCTOが、会社に理解を求めて、集中して仕事ができる環境を作ってくれているからだと思います。

逆に、そこで残念なのは人数が少ないこと。これだけいい環境があるのだから、本来なら、部屋を全部エンジニアとクリエイティブの人間で埋めるくらいの規模となって、一丸となってサービスをつくっていきたいところです。それは、まだできていないので、やはり採用がいちばんの課題ですね。ビジョンに共感し、この人的・物理的環境に魅力を感じてくれたら、ぜひ、仲間に加わってほしいと思います。

嘉手刈:私たちはたまたま、パラレルに働いている立場ですが、もちろん、社員として全ての時間をコミットしたほうが、サービスをつくり上げる喜び、意識は強いと思います。

竹内:それはそうですね。私は社歴こそ長いですけど、やはり、共有している時間が長い人の方が結びつきは強いと感じます。フルコミットできるなら、それはまた、私たちとは違った素晴らしい経験ができると思います。

くすぶっている時間がもったいない。若い時は短い。やりたいことをやろう!スタートアップの「熱」に引き寄せられて、外資コンサルからfor Startupsへ

就職活動期間3日で、世界的なコンサルティング会社のPwCに入社。しかし10カ月で退社し、for Startupsに飛び込んだ遠藤蓮辛(えんどうれんしん)。学生時代はITベンチャーで熱心にインターンをした。そこで浴びたスタートアップの「熱」が、遠藤をfor Startupsに導いた。初めて面接で訪れた日、「明日からここで働きたい!」と大興奮した遠藤は、今、スタートアップの成長支援に全情熱を傾ける。

日本の成長産業に優秀な人材を集める ― ブレない使命感で奇跡の支援を実現

遠藤蓮辛が候補者に出すスカウトメールは、シンプルだ。「自分がなぜこの会社にいて、貴方に会いたいかを簡潔に、ワンメッセージで書いています。私自身のことは、元はPwCにいて、『日本の成長産業にもっと優秀な人材を集めなければいけない』という課題意識から現職に至る ― とシンプルに」。その一本筋の通った簡潔なメッセージが響き、高い確率で返信が来るという。

遠藤は、決して雄弁に語るタイプではない。だがシンプルなメールと同様に、発する言葉の底にはブレない思いがあり、それが信頼を得るのだろう。そのブレない思いとは「活躍すべき人に、活躍できる場を提供する」というもの。遠藤は言う。

「特にもったいないと思うのが大企業にいる新卒です。すごく優秀な人でも、チームの一員として会議のセッティングをしたり、議事録をとったり・・・・・・外に出る機会も、外の世界を知る機会もないまま過ごしている人」。そんな人を探し出して、メッセージを送る。

注力しているのは、ネットやWebなどIT業界にいる人だけではなく、いわゆる既存の大手企業で医療、製造、不動産などリアルビジネスの領域でキャリアを積んでいる人だ。なぜなら、IT業界の中で人が移動しているだけでは、イノベーションは起きない。根本的に構造を変えるには、既存の産業からスタートアップやベンチャーの世界に導き、人材の層を厚くする必要があると考えるからだ。そして実際、能力や経験を活かして活躍できる人もたくさんいる。

入社して数カ月だが、遠藤はヒューマンキャピタリストとして、既に何人も支援した。挑戦したい気持ちは大いにありながら、条件面の乖離がネックになっていたところを、社内外の関係者を巻き込んで何とかすり合わせた難しい事例や、特殊で専門的なキャリアを持つ人を、「まさにこんな人がほしかった」という会社と結び付けたクリエイティブなマッチング事例もある。スタートアップ企業と求職者の思いがけない出会いの創出のために日々奮闘している。

素晴らしいものをたくさんもらったコンサルの日々。だが、もっとワクワクしたかった

遠藤自身も、PwCからスタートアップであるfor Startupsに転じた先駆者だ。「PwCでは多くの『いいもの』をいただきました。でも、どうしてもモヤモヤ感がありました」。遠藤は言う。グローバル企業で、たくさんの人の経験と英知が詰まった素晴らしい研修を受け、大企業をクライアントとする複数の大きなプロジェクトに参画することもできた。何より優秀な仲間たちに出会えた。入社したことにまったく後悔はないが、早々に違和感を覚えた。

そもそも、就職活動自体がフワッとしていた。「ありがちですが、やりたいことが定まっていなかったので、コンサルなら幅広い業界を見ることができ、社会人の基礎体力がつくと考えたのです。でも、すぐに辞めてしまいました」。辞めた理由は、希望していたHR領域への配属が叶わなかったことと、「コンサルティングという仕事は、自分のやった成果が社会へのインパクトとして見えにくい」と感じたことだ。

大学時代はインターン活動に打ち込んだ。HR系のスタートアップの新規開拓営業、グルメ情報サービスのRetty、マッチングサービスのエウレカで採用の仕事を経験。「どれも、とても楽しかったです。仲間と熱量を持って取り組むスタンスが好きでした。学生時代にそれを知ってしまったから、大企業を窮屈に感じてしまったのでしょう」。起業家、自営の家系で育ったこともあり、自らの手で新しいものや価値を創出する環境を渇望していた。次第に「もっと楽しい、ワクワクする仕事があるのではないか、スタートアップに戻りたい」という気持ちが大きくなり、たまたま覗いていた『Wantedly』で見つけたのがfor Startupsだった。

スタートアップ界隈に戻ってヒューマンキャピタリストに。仕事は難しいから楽しい

for Startupsを知り、遠藤は興奮した。やりたかったHRとスタートアップの掛け算だ。「こんなにやりたいことがマッチしているか会社があるのに、何で知らなかったのだろうと思いました」。選考の過程では、数人のメンバーと会った。それぞれに違う個性を持っていたが、誰からも熱量を感じた。遠藤は面接のたびに気持ちが高揚し、一点の迷いもなく入社を決めた。

ヒューマンキャピタリストの仕事は「本当に楽しいです」と、遠藤は笑顔になる。for Startupsのヒューマンキャピタリストは、やり方やスタイルも人それぞれだ。遠藤は、自らを「多分、懐に入るタイプ」と評す。「圧倒的な熱量で応援したい業界、企業のことを語るタイプの人もいます。私もそうしたい気持ちはありますが、そっちではないなと。私は相手に寄り添って、その方の根本の人間性や価値観を理解したうえで本質的なマッチングと提案をします」。相手の話に慎重に耳を傾け、誠実に、正確に答えを返す。その姿勢から信頼感が生まれ、冒頭で紹介したような支援が実現できたのだろう。

もちろん、うまくいくケースばかりではない。「この仕事は、難しく絶妙な部分もあります。『こうすればうまくいく』というセオリーがあるわけではなく、タイミングや気持ちなどの変数も多いです。でも、だからこそアドレナリンが出ます。難しいから、やりがいがあります」。そして、そのプロセスと結果は世の中のスタートアップの、成長産業の、さらには日本全体のイノベーションにつながっているという実感もある。

くすぶっている時間がもったいない。若い時は短い。やりたいことをやろう

そしてfor Startupsで何より嬉しいのは、同じ思いを持つ仲間がたくさんいることだ。初めて来社したときの興奮と高揚は今も続き、むしろ強まっている。「for Startupsの人は、すごく前向きです。『いやだ』、『無理』という言葉は聞きません。一緒に話していても、『あの会社がいい』、『あの産業を盛り上げたい』と、そんな未来につながる話がほとんど。日本の成長産業、成長企業のすべてを自分ごととして捉えているのだと思います」。

かたや世の中には、飲みながら、つい仕事や周りの人への不満などを口にしてしまう人も少なくない。社会人2年目の遠藤は、まさにそんな不満やくすぶり感も高まってくる年代だ。実際、友人との会話では、そのような空気を感じることもある。そんな人にかけたい言葉は―。

「死にはしないんだから、視野を広くもって動いてみれば?と言いたいです。くすぶっている時間がもったいない。若い時は短いです。時間と価値を天秤にかけて、やりたいことをやったほうがいい。レールに敷かれたキャリアと人生を歩めばいいという時代はとうの昔に終わった。仕事は刺激的で楽しくて当たり前の時代」。

また、for Startups自体も、これからさらに成長していく。今、猛烈な勢いで仲間も増えている。「for Startupsは今までと同じことをやっても10倍、20倍にはなれないと思います。単なる今までの延長ではない、非連続的で急角度の成長を実現する仲間が欲しいです。パワーがあり、前からいるメンバーを脅かすほどの人が来てくれると嬉しいです」。淡々と、しかしきっぱりと遠藤は言う。これから加わる仲間との刺激的な出会いを待っている。

戸惑い、もがいた先に見つけた仕事の手応え。自分の行動で世界を変えられる私たちの働き方、組織の在り方。

新卒でウィルグループに入社した古髙琢斗。入社当時、グループのキックオフで強烈な印象を受けた人物がいた。当時まだウィルグループの事業部として活動していたNET jinzai bank(現在のfor Startups)の志水雄一郎だ。その2年半後、志水のあの時の熱量に導かれるかのように志水のチームにジョインすることになる。だが戸惑いの日々が続いた。「古高は何をしたいの?」と何度も問われ、考え、もがく。しかし、その経験が今の仕事の充実感につながっている・・・・・・そんな古髙が、かつてもがいた日々を振り返る。

「あの独創的な人と一緒に働きたい」。新人時代の衝撃に導かれていく

「父方も母方も、みんな事業をやっていて、周りにサラリーマンがいない環境で育ちました。いずれは自分も起業するのだろうなと思っていました。そのため、社会人になるときは、なるべく早く経営に関わることができる環境で仕事をしようと考え、ウィルグループを選びました」。古髙は当時を振り返る。大学ではプログラミングを学んだが、あえて真逆の営業を選択。最終面接では「(起業のために)2年で辞めます」と宣言し、「いいよ」と受け入れてくれた懐の深さにも好感を抱いた。

入社後の古髙は、本当に辞めるタイミングを探っていた。部門の新人賞を獲るなど、一定の達成感を得ると転職を考え始める。しかし、結果としてその後も会社に留まり、新卒採用担当も経験する。その後、人事からグループ内のある部署へ異動することを提案される。それが、for Startups(当時はNET jinzai bank)だ。この打診は古高の胸に響いた。興味をもっていた志水雄一郎のチームだったからだ。

ウィルグループ入社直後の全社キックオフにNET jinzai bankの責任者として志水も登壇していた。古髙は言う。「独創的な人がいると思いました。当時はウィルグループの上場前。普通であれば上場に向けて足元の業績を着実に固めることが大事でしょう。ところが志水は『僕らが日本を勝たせる!』と、とてつもない熱量で言っていたのです。なぜ、そんな発想になるのか、当時の自分には理解できませんでした。だから、一緒に働いて思想や行動原理を知りたいと思ったのです」。

新人時代に深い印象を残した志水の姿。もちろんNET jinzai bankの事業にも興味があった。異動を打診されたときは、スタートアップ支援が軌道に乗り、日本最大級のスタートアップイベントである「SLUSH ASIA(現:SLUSH TOKYO)」の開催をサポートし、業界で存在感を放ち始めていた頃だった。「これから日本を変えていくビジネスモデルとは、どういうものか。日本と世界の市場を間近で見られることも魅力でした。起業という目標からしても、とてもいい環境だと思いました」。

「古高は何をしたいの?」の問いに戸惑う。やがて色々な糸がつながった

「今、入社して丸3年になります。戸惑いが消えたのは、この1年くらいのことですね」。古髙は言う。入社後しばらくは、戸惑いの連続だったのだ。理由は、for Startupsには明確なビジョンがある一方で、そこへの道筋は一人ひとりに任されていること。

周囲のメンバーは何をやるべきかを理解し、邁進しているように見えた。戸惑っている古髙は、「志水に『古高は何をしたいの?』と、度々聞かれました。それは社会人になってから一番難しい問いだったかもしれません」。

今でこそ笑って振り返るが、当時は都度、立ち止まり、「何のためにやるのか」と考えた。人よりたくさんの時間をかけて。

そんな悶々とした時間を過ごしながらも、「でも仕事は日に日におもしろくなっていきました」と古髙。ヒューマンキャピタリストの仕事は、何に対してもあてはまるような決まりきったソリューションがあるわけではない。自分の介在価値の最大化を目指すことが重要。言わば「売り物は自分自身」とも言える。

「最初は不安でした。でも、少しずつスタートアップを取り巻く様々な事柄、様々な人と自分との紐づきが増えていきます。例えば、この起業家と話せる。このベンチャーキピタルと話せる。このチームの成り立ちを知っている。このイベントがスタートした訳を知っている―など、複数の糸が、1本が10本に、10本が100本に、やがて1000本、1万本にと加速度的に増え、色々なことが有機的につながっていきます。ふと前を見ると、ものすごく世界が広がっている。『何で』と問いかける志水の目に映る風景が、僕もおぼろげに見えてきました」。

働く理由は?大切な人を救える人間になりたいから。プレッシャーに負けず進むのみ

では改めて、古髙は何のために働くのか。「家族、友人など大切な人を救える人間になりたいのだと思います。彼ら、彼女らに何か困ったことが起きたとき、戦える武器をいかに増やせるかを常々考えています。武器とは、お金、人とのつながり、あるいは思想や行動様式かもしれません」と、やや意外な答えが返ってきた。だが実は、これは就活ノートにも書いていたこと。社会人になり、働く環境も仕事内容も変わっていったが、根底にあるものは変わらない。

「個人が幸せなら、その集合体である会社が幸せで、会社が幸せなら社会が、日本全体が幸せになる。それを逆に辿ると、日本が幸せになれば、個人の幸せに戻ってきます。スタートアップを成長させ、日本を勝たせることが、回りまわって僕の周りの大切な人たちにも影響するのです」。

社名と同じ「for Startups」というビジョンから、自分がとるべき行動を理解し、それが就活時から変わらない「働く理由」とリンクする。色々なものが一本の線でつながった今、古髙は自分を信じて進むのみだ。

ちなみに、「成長」という言葉をことさら意識することはないという。「世の中の流れは速く、普通に生きているだけで何らかの変化があるはずです。世の中の変化に順応していれば、結果として成長していることでしょう。しかし、それは『自分はこんなに成長した』と実感するほどのものではないと思います」。しかしが、現代の環境の変化、技術の変化についていくのは容易ではない。学ばなければいけないことだって多い。「必死です。しかもfor Startupsは、世の中を船にたとえるなら舳先の部分、最先端にいます。責任に対してプレッシャーがかかることも時にはありますが、波をかぶりながらも前に進んでいるつもりです。その苦しさを、楽しいと思えるようになっていることが、いわゆる人としての『成長』かもしれません」。

自分の行動で世界を変えることができる。それが私たちの仕事の素晴らしさ

入社以来、ヒューマンキャピタリスト業務に従事してきた。年収数千万円クラスの極めて優秀なビジネスパーソンを何人もスタートアップに参画支援した。その一人は、金融のバックグラウンドがありで、ジョインしたスタートアップで手腕を発揮。とりわけ資金調達で存在感を示し、その会社の飛躍のきっかけを作っている。もはや、その会社にとって欠くことのできないメンバーとなっている。「その方とは今も、時々食事をご一緒します。よく『仕事は滅茶苦茶おもしろい』と言っていて、私自身もとても嬉しいです。この仕事は、関わる全ての人に『ありがとう』と言われる尊い仕事だと思います」。古髙は言う。

ヒューマンキャピタリストの仕事は、スタートアップの会社、転職する個人、起業家、VC、その会社の社員と家族も含め、関わる人全員に喜んでもらえる仕事だ。そして、やれることは無限にある。「売り物は自分」とは、先ほど、古髙から出てきた言葉だ。だからこそ「本を読み、ニュースを見て、人と話し、自分を進化させていくことが結果につながる。つまりは、自分の生き方がやれることの幅や成果に影響を及ぼす仕事だと思います。素晴らしいソリューションで世の中を変えることも素敵だけど、自分自身の行動で世界を変えられる私たちの働き方、チームとしての組織の在り方も本当に素敵だと思います」。

長い戸惑いの末に、この仕事の醍醐味を見つけた古髙。これから仲間になる人たちにも、仕事を楽しんでほしいと呼びかける。「楽しいときが、いちばんパフォーマンス上がります。うまくできるようになりたいと思って、自ら考えて行動して工夫も改善もする私たちと一緒に楽しめそうだと感じてくれたなら、ぜひ仲間になってほしい。私たちに足りないことはまだ山ほどあるでしょう。補完し合いながら、一緒に日本のためになることに時間を使いたいという人がいれば、お会いしたいです」。それが古髙からのメッセージだ。

「限りある時間を心から信じられる仕事に使いたい」大企業、起業、出産、事業クローズ、キャリアのフルコースを経て、いま伝えたいこと。

子どもが生まれて変わったことは、限りある時間を心から信じられる仕事に使いたいと思うようになったこと。そして、20年後・30年後の社会を見据えるようになったこと―。新卒で野村総合研究所に入社し、働きながらグロービスで学び、起業し、出産。今、本当にやりたいこと・やるべきことを考えたとき、選んだ場がfor Startupsだった。ワークもライフもフルコースの経験を積み、自ら道を切り拓いてきた矢野智美に信頼を寄せる候補者(転職希望者)は多い。

経営大学院で聞いた起業家の話に圧倒され、自らも起業の道を選ぶ

「未知のほうに向かってしまう習性があるんです」と、矢野智美は笑う。その習性のおかげで今、for Startupsにいるのだが、ここに至るまでは、一筋縄ではいかない道のりを歩んできた。大学で情報科学を学び、新卒で野村総合研究所へ。バックグラウンドからするとPM(プロジェクトマネジャー)を目指すのが王道だが、お客様と向き合って課題を抽出し、解決策を探ることにおもしろさを見出し、自ら望んで営業へ。営業の現場では、ビジネスを深く理解していなければ戦えない。そこで仕事をしながら、経営やマーケティングを学ぶためにグロービス経営大学院に入学した。振り返ると、これが大きな転機になった。

「大学院のクラスには、色々なバックグラウンドの人がいました。中でも圧倒されたのが自分でビジネスを興した人。起業家の話がビシビシと胸に響き、この人たちの見ている景色を自分も観たいと思ったのです」。とはいえ、すぐに起業する勇気はなかった。ほどなく、両親の故郷である秋田県を訪れる機会があり、景色や産品など、その価値と地方ならではの課題を目にした。そのタイミングで県主催のビジネスプランコンテストが開催されることを知り、腕試しの気持ちもあり応募。秋田県産の果物と日本酒を定期通販するサービスを提案したところ、何と金賞を獲得した。起業が現実となり、提案したビジネスを始めることになった。

「勇気も自信もなかったのですが、自分にとって色々なタイミングが重なり、やろうと決意しました」。矢野は当時の心境を振り返る。会社に残るか起業するか―未知のものへと駆り立てられた。こうして立ち上げた会社は、東京出身の若い女性が地方創生に取り組む姿も注目され、NHKをはじめいくつかのメディアでも取り上げられた。

出産、事業クローズを経て次へ。生涯の仕事としてスタートアップ支援に向き合う

ところが、裏に回れば苦労も多かった。「マネタイズが苦しかったです。通帳の残高はどんどん減る。何か起これば、自分が動かないことには状況は変わらない。生鮮品を扱う難しさも想像以上でした」。矢野は言う。「地域資源を発掘し・磨き・世に送り出す」というビジョンの下、秋田の産品を全国に発信し、人の交流も生むなど一定の成果を上げた事業だった。しかし、自身の出産もあり、続けることが難しい状況になった。「結局、2年半ほど運営してクローズ。その後は、状況次第ですが、地域のPRも兼ねて継承してくれる団体にお渡しできるかもしれないという可能性を残せました。事業の立ち上げを一通り経験でき、苦労もして、最終的には地元にお渡しできたので、良かったと思います」。

クローズの話が進んでいた頃、グロービス時代の同級生である恒田有希子(for Startups取締役)から「for Startupsで一緒にやりませんか?」というメールが届く。「私が迷っているのを見透かしたかのようなタイミングでメールをもらい、彼女に会えば何かヒントをもらえるかなと考えて会いにいきました」。この時点では、for Startupsへの興味はゼロ。「単なる人材紹介の会社」と思ったからだ。実は同じタイミングで、起業した大学時代の同級生からの誘いも受けていた。for Startupsも支援している有望なスタートアップだ。その相談も兼ねて訪ねたところ、このような言葉をもらったという。

「もう一社の方を、恒田は『すごくいい会社だね』と言いました。続けて『でも私たちは、スタートアップ全体を見ている。責任も大きいが、未来の羅針盤を握っているような景色だ』とも。おもしろそうだなと率直に思いました。なぜなら、そのスタートアップに飛び込んだら、数年でまた次のキャリアを考え直すことになるでしょう。でも、スタートアップの支援なら、生涯の仕事として向き合える。子どもが生まれて、20年後、30年後の日本の姿を真剣に考えるようにもなっていました。より大きなインパクトを出せるのは、自分がそのスタートアップに飛び込むことではなく、スタートアップ全体を成長させるために支援することではないかと考えました」。

for Startupsが長く価値を発揮していくために、フルマラソンの気持ちで臨む

最終的な決め手になったのは、「お試しで来てみないか」と誘われて行ったfor Startupsでの「一日、一時間があまりに楽しかったから」。矢野はすぐに心を決めた。「for Startupsでは、みんなが前を向いている。最初に入った大企業では、ゆるゆると働いているご年配の方などもいました。その会社が悪いということではなく、企業はどこもそういうものだと思っていました。ところがfor Startupsでは全員が頑張り、前向きでいるのが当たり前。for Startups自身も設立3年目を迎えるスタートアップ。その空気に触れ『こんなに素晴らしい会社があるんだ』と」。

矢野は驚き、感動した。一方で焦りも覚えた。「ボリュームゾーンは20代。自分の時間とリソースをフルに投入できる人たちです。でも自分には子どもがいて、100%を仕事に向けられない後ろめたさがありました」。だが、それをfor Startupsは受け止め、矢野には違う価値を求めた。

「for Startupsが長く価値を発揮していく上で必要な存在だと思っているから、焦らずに長期的な目線をもって欲しいと。』とも鼓舞してくれました。その言葉は、『働けない』と焦っている時間がもったいないと、私を向き直らせてくれたのです」。例えて言うなら、「ほかの人が100メートルダッシュをしている横で、私はフルマラソンを走っているようなもの」と矢野は言う。

矢野自身も、我が子を含む子どもたちが大人になる20年後、30年後の日本を輝かせたいと考えている。「そのためには、for Startupsは社会にあり続ける機能であるべきです。一過性の流行や、波が引いて下火になるようではいけません」。大企業を知るとともに、ゼロイチもやってきた自らの経験を活かして貢献する決意だ。ダッシュして息切れをしている場合ではない。日本のスタートアップが成長し、日本経済を牽引する存在になっていくために、矢野は長い時間と距離を伴走する存在であり続ける。

有限の時間を価値あることに。全ての働く人に伝えたい

嬉しい出会いもあった。素晴らしいキャリアを持つ候補者と話していたときのこと。いくつかのスタートアップの話、有望な事業の話などをするなかで、その人は「矢野さんは、その会社を良いと思いますか。好きですか」と、矢野の考えを聞く質問をしてきたという。「何回かそのような会話があった後に、その方が『では自分のレジュメは託します。どの会社に見てもらっても構いません。矢野さんが良いと思い、先方も会いたいと言ってくれる会社が出てきたら連絡をください』と言ってくれました」。

その人は案件ではなく、矢野が信頼に足る人物であるかどうかを見ていたのだ。そして矢野に介在価値を見出し、委ねた。「for Startupsは決して人材エージェントではありません。『ヒューマンキャピタリスト』という呼称に誇りを持っています。この方との会話で、これこそがヒューマンキャピタリストだと思いました」。

また、子育て中の矢野にとっては、ワークもライフも同等に尊い。出産後、仕事へのスタンスが変わった。「幼い時期は一瞬です。子どもと一緒に過ごしたい気持ちはあります。けれども、そうもいきません。その貴重な時間を仕事に振り向けているならば、心から信じられる仕事しかしたくないと思うようになりました。1分1秒たりとも、疑問に思う仕事に費やしたくない。for Startupsだから、それが実現できていると思います」。

育児休業中の候補者に会うことも多い。自分の経験を伝えたくて、敢えて声をかけている面もある。「心から良いと思えることをするべきと伝えています。選択肢の一つがスタートアップ。働き方を不安に思う人が多いですが、スタートアップこそ裁量があり、自分でコントロールできます。貴重な時間を、100%有意義に使いたい人にはスタートアップを勧めたいです」。

もちろん「お母さん」だけではない。これは、全ての人に響く言葉だろう。有限の時間を価値あることに―。矢野は、そんなメッセージも発していくつもりだ。

前職は野村総合研究所。超大企業を飛び出したことに後悔は微塵もない

理系の大学院を出て野村総合研究所(NRI)へ。4年余り働いた後、for Startupsに転職した。「NRIの人がなぜfor Startupsに?」と大半の人が思うだろう。この経歴を、当の佐々木峻は「他の人と比べるとおもしろい経験が少なくて」と気さくに笑い、「一点の曇りもなく移って来てよかったと思います」と言う。「安定」を捨てた佐々木は、何を求めてfor Startupsに来たのか。

新卒で迷いなく大企業へ。いい会社だが、明らかに物足りないことに気づく

「スタートアップに行くという発想はゼロでした」と、佐々木は新卒時の就職活動を振り返る。就職活動といっても理系の大学院は研究が忙しく、活動する時間はほとんどない。大手のSI企業を中心にいくつか受け、複数の内定をもらい、そのなかから野村総合研究所(NRI)を選んだ。

「どの会社もやっていることは似ていました。その中でもNRIは利益率が高く、利益率が高いということは、何かしら秀でているものがあるだろうと考えたのです」。ところが、入ってみたらそうでもなかった。いや「そうでもなかった」は言い過ぎだ。安定した需要があり、お客様の期待に応えている企業であることは確かだ。ただし、「世の中への価値発揮」という点では、やや成果が見えにくいのだ。「NRIでは、お客様から具体的に欲しい機能が提示されることが多く、こちらから提案する機会は限られていました。そのため、課題に対して、本当にそれを解決する最善の策をとることができたかというと、疑問が残ることもあったと思います」。佐々木は「あくまでも自分の経験上」と前置きした上で、NRI在籍時を振り返る。

もちろん全ての部署がそのような状況ではない。実際、佐々木自身も、裁量の大きなプロジェクトで存分に力を発揮した経験もあれば、社内のR&D活動に参加し、ウェアラブルデバイス、ブロックチェーン、ディープラーニングといった最先端の技術を使ったサービス開発に取り組んだこともある。一方で、レガシーな技術を使い、レガシーな業界の巨大システムの保守・開発に粛々と取り組む部署が多いのも事実だった。

NRIのような大企業は、きっと多いのだろう。給料は高水準で、雇用も保障され、周りはみんないい人。間違いなく「いい会社」だが、それを物足りないと感じる人もいる。佐々木がそうだった。

給料が下がることよりも下り坂に入ることが怖い。スタートアップへの転職を目指す

具体的に、NRIで転職を考えたタイミングは2回あった。

最初は入社2年目の終わり。1年目の途中からあるプロジェクトにアサインされ、その終了時だった。「炎上プロジェクトを少しでも良い状況にするために、私を含めた新人が数十名単位でアサインされました。とにかく機能を改善しなくてはいけないので、各人が裁量をもって試行錯誤しながら進めました。残業も多く、寝ても覚めても仕事のことばかり考えていましたが、最終的には無事にリリースすることができ、真剣に取り組んだ分だけスキルや知識が身に付き、とても楽しい経験でした」。佐々木は振り返る。濃密な時間を経験し、達成感を得た。だが、言わば非常事態から平常時に戻ったとき、佐々木は、スピード感も裁量も少ない仕事に物足りなさを感じた。

転職先を調べるうちに、スタートアップに関心を持った。だが、このときは転職を断念した。「スキル不足と給与面で思いとどまってしまいました」。佐々木は理由を説明する。「スキルが足りない」とは、そもそもコーディングをする機会が極めて少ない上に、使うのはレガシーな技術が中心だからだ。佐々木は、再び転職を考える日に備えて自主的に勉強を始めた。

そして2回目が、4年目の終わり頃。スタートアップに転職した友人と話す場で、改めて自分の仕事や周囲の環境を見つめ直したときだ。「その友人は視座が高く、転職後にスキルも上がっていました。かたや自分は、あまり成長できていないし、キャリアの下り坂に差しかかりそうだと感じました」。給料が下がることも怖いが、下り坂に入ってしまうことはもっと怖い。「成長できる環境に行かなければ」。佐々木は焦った。

今度こそ本気でスタートアップへの転職を目指し、情報収集の過程でfor Startupsを知った。

モノづくりの力でスタートアップを盛り上げる道へ。主体的に臨む仕事は楽しい

当然、最初はfor Startupsを通じてどこかのスタートアップに移るつもりだった。ところが話してみると、for Startupsに共感した。「外国に目を向けると、スタートアップが国の力を上げています。以前から、日本もスタートアップが盛り上がるといいなと漠然と思っていたところに、for Startupsは、それを実現する会社なのだと知りました。思っていたより壮大なビジョンを持っていて、本気で取り組んでいるメンバーがいました」。

佐々木は今、エンジニアとして、ものづくりの力でスタートアップを盛り上げようとしている。当面の課題は、for Startupsの現在の主力事業であるヒューマンキャピタリストの業務を効率化するツールをブラッシュアップすること。そして並行して進めているのが、新たなサービスの開発だ。スタートアップ向け、ベンチャーキャピタル向け、あるいはスタートアップへの転職を希望する個人向けなど様々な切り口から検討し、プロダクト化を目指してヒアリングや課題の抽出を進めているところだ。

構想は大きいがチームは小さい。NRI時代とは一転し、エンジニアチームはほんの数人の規模。だが、だからこそやれる範囲は広い。「何でもやれるというか、何でもやらないといけません。企画、アプリケーションの設計、コーディングにインフラも。経験の幅はグッと広がりました。できることが増えて楽しいですし、プロダクトを一から企画して作れることにもやりがいを感じています」。佐々木は楽しそうに話す。

思い返すとNRI時代は組織が大きい分、担当する業務は細分化し、大勢の中の一人に過ぎなかった。対してfor Startupsは、一人一人の存在が格段に大きい。「自分が頑張らないと会社がつぶれてしまうと思うようにしています。仕事に対して主体的であればあるほど、成功した時の嬉しさも大きい。そのような日々の喜びの積み重ねで、格段に仕事を楽しいと感じるようになりました」。キャッチアップしなければならないことは多く、土日も勉強の日々。だが、それもまた充実している。

一点の曇りもなくfor Startupsに移って良かったと思う。人生がおもしろくなった

今日と同じような明日が来て、それが、この先何年も続くと容易に想像できた大企業から、毎日、何が起こるかわからないスタートアップへ。一日の密度は濃く、佐々木は目まぐるしい毎日を過ごしている。「一点の曇りもなく、移ってよかったなと思います」。佐々木は言う。

「例えば前職はみんな学歴が高く、似たような人生を送っている人が多かった。僕もその一人です。for Startupsのみんなは学歴もバラバラで、社会人になってからも紆余曲折を経ています。起業経験者もいます。みんなの考えやこれまでの道のりを聞くのは興味深く、自分もおもしろい道を歩んでくればよかっなと思います」と佐々木は笑う。「でも29歳で転職して、そこからおもしろくなったんじゃないかな」とも。

学生時代の友人らと飲むこともある。皆、大企業に進んでおり、スタートアップに転職した佐々木は色々と聞かれるという。「つまらないけど稼ぐために仕方なく仕事していると言う人が多いですが、お金を稼ぐためだけに仕事をしているのは勿体無い。仕事は自分を作る重要な要素なので、人生を楽しく・豊かにするために仕事を選択していくべきだと思います」。と佐々木は言う。人生の豊かさとやりがいを求めて、佐々木は一歩を踏み出した。後に続く人を待つ。

for Startupsは現在、エンジニアを絶賛大募集中。これから仲間になる人に「スキルは高いに越したことはありませんが、それよりも『for Startups』というビジョンに共感し、この実現に貢献するプロダクト、稼げるプロダクトを一から作るという気概のある人に来てほしいです」と呼びかける。スタートアップで人生をおもしろく―。先に一歩を踏み出した佐々木からのメッセージだ。

「何をやるか」よりも「誰とやるか」。自称「平凡な人間」が、場の熱量による自身の変化に驚く。

一転職希望者として訪ねたつもりが、勢いに押されるようにfor Startupsにジョインすることになった佐藤直紀。「平凡な人間です」と自称する一方で、好奇心は人一倍旺盛。この非凡で熱量の高いメンバーと接するうちに、「この人たちと一緒に働きたい」という思いが押さえきれなくなった。その決断はきっと正解だ。多様な個性と接するなかで、自身に起こった変化を楽しんでいる佐藤がいる。

その熱量に巻き込まれたい。気が付けばfor Startupsにジョインすることに

for Startupsから届いたスカウトメールは、佐藤の目を引いた。「文面が尖っていたし、怪しさも感じました」と、今となっては笑って振り返る。何が異質かというと、ヒューマンキャピタリストが自らの経歴とともに、「私たちの話を聞きに来ませんか」と熱く語りかける内容だったからだ。

「他のエージェントが、みんな同じような、案件紹介などごく普通のことを書いているなかで、そのスカウト文は異質でした。話を聞いてみようと思いました」。佐藤はfor Startupsを訪ねた。実際に会うと、ますます異質だった。ヒューマンキャピタリストは、佐藤の経歴を聞くでもなく、日本が置かれている状況や課題と、佐藤の今後のキャリアについて熱く語った。佐藤はただ、その勢いに圧倒された。

「で、次の日の晩にピザパーティー(for Startupsが社外の人を集めて定期的に開催しているイベント)があると誘われたのですが、当日の午後に『今日は選考のつもりだから、たくさん社員を紹介しますね』と言われたのです」。完全に相手のペースに乗せられていた。そして実際に複数のメンバーに会い、驚く。「僕は、その人が特別に熱量のある人なのかと思ったら、会う人みんながそうなのです。こんなに意思を持って働き、自分の仕事と会社に誇りを持って伝えるって、幸せだなと思いました」(ただし入社後は、決して劇的に熱い人ばかりではなく、多様な個性の集まりだと知る)。

PR会社を経て転職。インターネット広告業界を目指すつもりが…

話は少々、遡る。佐藤は、新卒でPR会社に就職した。実は、人材業界に興味を持ち、有名どころから軒並み内定ももらっていた。しかし、社会人経験なく人材ビジネスに携わることに抵抗を感じ、内定を放棄したのだ。ゼロに戻して就職活動を再開。就職支援コンサルタントを通じて何社か紹介を受けたうちの一つが、前職のPR会社だった。選んだのは、経営陣が魅力的だったからだ。

入社して半年間は、PRの仕事ではなく、その会社が開発・運営していたPRの効果測定ソリューションの新規開拓営業の業務に就いた。ターゲットとなる会社をリストアップし、ひたすらテレアポ。佐藤は、他の誰よりもアポイントメントを獲得し、某超大手メーカーへの導入にも成功した。その後、PR業務に。こちらも、メディアと密にコンタクトを取るなど地道な活動が中心だった。

「地道な仕事は、苦ではありません。むしろ得意なほうです」と話す佐藤。その言葉通り、愚直に取り組み、活動量を確保し、成果を出すのが佐藤のスタイルだ。ソリューション営業で成果を出し、PRでもクライアントからの信頼は厚かった。しかし、この環境に佐藤は満足しなかった。「PRは、一般に4Pと言われるマーケティングの要素の中のほんの一つに過ぎません。成果を正確に測ることも難しく、もう一段上のステージで、より俯瞰的な視点を持ってマーケティングに携わりたいと考えました」。転職先として考えたのが、インターネット広告業界だった。

そして転職サイトに登録したところ、for Startupsから連絡をもらったという経緯だ。しかし、面談ではインターネット広告の会社の話をする間もなく、流れは、あっという間にfor Startupsへと向かった。「結局、自分が大事にしているのは、どんな人と働くか、なのでしょうね」と佐藤。「この人たちと働きたい」という自分の直感を信じ、佐藤はfor Startupsに加わった。

大変だが楽しいヒューマンキャピタリストの仕事。奇跡の支援も実現

現在、佐藤は、ヒューマンキャピタリストとして活動中だ。「大変なこともありますが、楽しいです」と言う。「大変」とは、地道な活動が不可欠である点だ。スカウトメールを送って候補者にアプローチし、会って話し、企業に紹介して、日程調整し…。そのサイクルを続ける。超一流のベンチャーキャピタリストや起業家と接し、スタートアップ企業が放つ熱を浴び、多くの刺激を受ける一方で、行動レベルでは、愚直に地道に行動を積み重ねるのみだ。それでも「楽しい」と感じるのは、「この仕事をやっていてよかったと、心底思える支援ができるからです」。

ある優秀な方を企業に引き合わせたところ、その企業が、その方のために新しい事業部を作ってくれたという支援事例もあった。詳細は明かせないが、紹介先は法人向けサービスを手がけている会社だった。紹介した方は、ヘルスケア領域のコンサルティングやサービスの経験者。企業側にヘルスケア事業はなかったが、その領域への意欲はあった。そこに起業意欲も持つ人が現れた。その企業に入れば、個人としてリスクを背負うことなく、新規事業を立ち上げることができる。双方の意向がきれいにマッチした。表に出ている企業情報だけを見ていたら、決して生まれなかったご縁だろう。「そんな支援は、for Startupsにしかできないと思うのです」。佐藤の口調は熱を帯びる。

このようなことができるから、この仕事は楽しい。月並みだが支援した企業と人の双方に喜ばれ、その人が活躍して企業が伸びていく。これに勝るやりがいはない。

いつか自分で会社を興すという道もあるかもしれない。自身の変化を驚き、楽しむ

感動を覚えるようなスタートアップにも出会うことができた。その一つが、スタートアップ界隈で注目を集めているアグリテックベンチャー、株式会社ムスカだ。45年間にわたって品種改良し続けたイエバエを使い、「畜産糞尿を肥料や飼料に100%リサイクルする循環システム」を提供する会社だ。佐藤は言う。「ムスカは『世界の食糧危機の解消を目指す』と言うのです。初めから世界を舞台に戦うつもりなのです。そのような会社を応援し、1社でも多く世界で勝たせることは、まさに僕らのミッションです」。

先日は、運営ボランティアとしてICCサミット(ICCパートナーズ社主催のスタートアップや新規事業担当者が集まるカンファレンス)にも参加。そこでも感動があった。ピッチコンテストで優勝した会社の創業者は、元々ICCの運営サイドにいた人物だった。「創業者はICCの運営に携わるなかで、『いつか自分が参加者側に立ちたい』と思うようになり、そして本当に立ち、優勝したのです。そのような話を聞くと、スタートアップを支援することにももちろんやりがいはありますが、いずれ自分で会社を興すという道もあるかもしれないと、そんな生きがいのようなものを感じるようになりました」。

本当に初期の段階から会社を知り、成長の過程をつぶさに眺め、VCの視点も知ることができるfor Startupsでは、「自分がやったらどうなるだろうか」とも自然に考えるようになる。実際、卒業して起業したメンバーもいる。そんなかつての仲間を見ながら、「平凡」と自称する佐藤もいつしか、「もし僕も、人生を投げ打ってでも挑戦したいと思う課題が出てきたら、起業にも挑戦したいです」と思うようになった。

「何をやるか」よりも、「誰とやるか」で選んだfor Startupsは、多様な人が集い、個性を発揮している会社だった。個性と個性が交わり、外からの様々な情報と刺激を受け、時に思わぬ化学反応を起こすこともある。佐藤もそんな変化を体感し、今、驚きつつも楽しんでいる。この選択は、きっと正解だった。平凡なりに一歩一歩、歩んでいく決意だ。

(※スタートアップ界隈の仲間と週末はランで汗を流す)
スタートアップ界隈のランナーの皆さんぜひご一緒に!!


「残りの20代を駆け抜けていきたい。」チームの力を学び、スタートアップのど真ん中で気づいたこと。

優秀なメンバーがそろうfor Startups。メンバーは皆、成功体験と高い志を持ってジョインするが、すぐに華々しく活躍できる人ばかりではない。近藤尚青(こんどう なお)も最初はなかなかうまくなかった一人である。しかし、「The Team」というバリューをもつfor Startupsのメンバーが見捨てることはなかった。仲間から差し伸べられた手をしっかりつかんで成長を重ねてきた近藤。今はその経験を自身の力に変えて本来の輝きを取り戻している。

前職では売上1位で全社表彰も。さらに成長できる環境を求めてfor Startupsへ

前職のキャリアデザインセンター(CDC)での日々を振り返り、近藤は言う。「順風満帆でした。目標達成して、いいスピードで昇進して。マネージャーを除くクラスで、年間売上全社1位になって表彰もされました」。会社も社員も好きだった。だが、転職を考えたのは「人をマネジメントをするのがイヤだったから」。

ガムシャラに数字を追求する近藤は、メンバーにも同じレベルの行動を求めた。「成果を出さない人は、信頼されないし仕事の幅も広がらないので、後々その人自身が社会人として不幸になるという自分なりの考えもあり、それを周囲にも言っていました」。と近藤は言う。近藤に怯えるメンバーもいたという。

だが、次第に近藤は「自分のほうがおかしいのではないか。会社に合っていないのではないか」と思い始める。というのも、CDCは2013年に一部上場企業になったが、その前と後では、入ってくる社員の気質も会社の労働環境も違ってくる。近藤は一部上場前の内定者組。働き方改革も進むなかで、少しづつ猛烈な自分が少数派になっていくのを感じていた。

実はfor Startupsとは、以前から細くつながっていた。代表の志水雄一郎と会って話したことがあり、その後も、for Startups主催のイベントに顔を出しては、近況報告をしていた。「最初に志水と会った時、キャリア相談に乗ってくれるのかと思ったら、話はGDPとか日本とか ”世界で戦う” とかで、最初は何を言っているのか全然わかりませんでした」。近藤は苦笑交じりに振り返る。

しかし、真剣に転職活動を始め、なかなかピンと来る会社がないなかで思い出したのがfor Startupsだった。改めてfor Startupsのメンバー数人と話をすると、全員がビジョンに共感している会社であることに感銘を受けた。しかも、今の自分の周囲との温度差が転職理由なら、次はビジョンや高い目標に向かって仲間とともにコミットし、そのことで自分自身を成長させることができる場所に行くべきだとも考えていた。

「先にfor Startupsに転職していた藤村さん(ヒューマンキャピタリストの藤村彩乃)がCDCの後輩でずっと誘ってくれていました。ある日何気なく一緒に飲んでいる時、そろそろ転職しようと思うと話をしたら、”ずっと誘ってるじゃないですか!”って言ってくれました(笑)」

その時、「ここだ」と、近藤は思った。

成果を出せない自分に苦しむ。仲間からのフォローを受けて再生へ

「私は残りの20代を駆け抜けたかったんです。市場に対してインパクトがある仕事だと思ったし、一緒に働く人も、候補者の方も、企業も、みんな尊敬できる。この場で挑戦してみようと思いました」。決意をもって入ったfor Startups。しかし思わぬ壁にぶち当たる。入社当初はなかなか成果を出せなかったのだ。自分自身がその場所にいる価値として分かりやすい具体的な成果は、近藤が何よりも大事にしていたものだけに、できない自分が辛かった。

「前職の人とも会うこともよくありましたが、本心では会いたくなかったし、『仕事どう?』と聞かれることが本当に辛かったです」。こんな自分は想像できなかった。今にして思うと、for Startupsのビジョンや「ビジョンに共有するみんな」に感銘を受けたものの、ビジョンに対する気持ちが先行し過ぎて、それを目の前の仕事でどう体現していくのか、最悩んでしまっていた。

近藤が苦しんでいることは、傍から見ても明らかだった。同時に、決して投げやりになることなく、何とか進もうとしていることも。そんな人間を、for Startupsは見捨てない。近藤にメンター役をつけ、半年ほど手取り足取り教えた。スタートアップで、キャリア採用の社員に対して、ここまで成長を待ってくれる環境は、そうはないだろう。

「主体的かつ自律的に行動して、吸収力も早いfor Startupsのメンバーが多い中では、異例とも言える対応だったと思います。私があまりにひどかったからでしょう。毎週ミーティングをして、行動の一つ一つを丁寧に教えてくれて。答えだけをくれるのではなく、私としての意見を求めてくれたり、引き出しを増やしてくれるような指導でした」。

人をマネジメントするのががイヤでCDCを飛び出したはずなのに、メンバーからのサポートを受けないと動き出せなかった自分。近藤には辛い局面だったが、必要なプロセスだった。その苦労が、前職での自分の至らなさも気づかせた。数字だけが物差しだった自分の狭さに気づき、また、自分一人で作っているつもりだった数字も、いかに周りの人の助けがあってこそだったかもわかった。近藤は、生まれ変わろうとしていた。

ICCサミットでの出会い、やっと自分のすべきことが見えた

浮上のきっかけになった出来事が、もう一つある。ICCサミット(ICCパートナーズ社主催のスタートアップや新規事業担当者が集まるカンファレンス)に運営サポートとして参加したことだ。そこで一緒に運営サポートとして参加していた同世代のVC(ベンチャーキャピタリスト)と出会い、会話をしたことが、近藤の意識を変えた。

「それまでは、市場全体を捉えていなかったし、VCの考えも、本質的にはわかっていなかったのだと思います。起業家、VC、自分の3人で、日本を勝たせるために会社を大きくするというミッションが、そこで初めて実感を伴って理解できました。市場に対して「ヒューマンキャピタリスト」として何をすべきか、どう起業家や投資家と向き合うべきか、ということを学ぶことができました。当時の自分にICCサミット参加のための出張経費をかけてでも行かせてくれた会社にも感謝しています」。目の前の霧が晴れた瞬間だった。

「あの辛さを乗り越えた今は楽しいです。こんなにも色々なスタートアップがあり、そのなかで応援したい会社、応援したい起業家などができてきて、手応えとおもしろさを感じるようになりました」。肩入れしている会社もいくつかある。大好きな企業から頼られると、近藤はつい嬉々として、その期待に答えようと努力する。

for Startupsのヒューマンキャピタリストは、スタートアップの成長・進化のために伴走するパートナー。成長産業領域セクターの企業のために必要な人を支援することで、企業に強固なヒューマンキャピタルを築き上げ、事業のグロースを支えていく仕事だ。近藤にとっては、その意識をもって取り組む仕事が新鮮だった。それゆえに最初は慣れなかった、でも「パートナー」であることを自覚した今は、その立ち位置が誇らしい。「前職では、自分の受注のことばかり考えていました。今が正解で、前が間違いということではありませんが、自分は今のこの仕事が本当に好き。起業家を勝たせることに共感し、ピュアな心で仕事ができます」。壁を乗り越えた近藤に、もう迷いはない。真っ直ぐな気持ちで突き進むのみだ。

スタートアップは働きやすい。そんな魅力も、自分らしく伝えていく

個人のキャリアという点で、印象に残っている支援事例もある。育休から復帰したばかりの大手企業勤務の女性を、スタートアップへと導いた。「その方は、育休明けに裏方の仕事に回ったそうです。恐らく会社が、負担が少ないようにと配慮したのでしょう。でも、それではつまらなかった。『せっかく子供を預けているのだから、その時間は生き生きと働きたい』と言って、スタートアップへの転職を希望されました」。典型的な大企業でくすぶっている優秀人材だった。

「大手は福利厚生が手厚いです。きっと女性としてのロールモデルもたくさんいます。でもお子さんがいても『チャレンジをしたい』という気持ちに純粋に感動しました。初めは支援できるか不安でしたが、支援できて、何か新しい流れを作れたような気もしました。実はスタートアップは意外に働きやすい。一人一人にフィットした働き方を認めていることが多いからです。必要な制度だって自分で作ればいい。改めてそんな魅力も、広く伝えていきたいと感じました」。

最初は、視野の広さに戸惑った志水の話も、今ならわかる。日本の競争力を上げ、GDPを上げ、かつての日本の輝きや人々の豊かな生活を取り戻す。そんな大きな思いを持っている人とともに働く幸せを感じている。

普段から世界と日本の位置付けや国の競争力について課題意識がない人には、近藤のように戸惑う人もいるかもしれない。「だから、私らしく気さくに伝えていきたいと思います。『近藤さんと話したら元気になった』などと言ってもらえると嬉しいです。きっとfor Startupsの魅力はちゃんと伝わるはずと信じています」。周りの人から助けられ続けてきたからこそ気づいたことがたくさんある。その恩返しもしたいー。

それが、今の近藤の駆け抜ける原動力だ。

「縁の下の力持ちは、プラスアルファの力を身につけることで、実は存在感を増すのだと思う」- for Startupsの若きエース、その原動力とは

物腰の柔らかい野心家。ヒューマンキャピタリストとして働く「馬場良樹」を一言で表現するなら、そんな言葉がしっくりくる。for Startupsへのジョインからはまだ1年にも満たないものの、スタートアップの市場に対して向き合う姿は、まるで熟練ヒューマンキャピタリストのそれのような安心感すらある。

推進力を持って日々の業務に励む姿を見せる馬場。そんな彼の根底にあるのは、純粋無垢な故にきれいに残った好奇心と、より良い自分でありたいという向上心だった。

誰よりも早く就職活動を始めると意気込んだ。負けず嫌いの行動力が生んだ出会い

馬場が自身のターニングポイントだと振り返るのは大学3年時のできごとだ。皆が一様に就職活動を始めだすころ、馬場はキャリアイベントでもらった「就職活動は早く始めた者が勝つ」という言葉に感化された。

負けず嫌いの馬場は、誰よりも早く就職活動を開始するために、大手企業やスタートアップ問わず、インターンシップのエントリーを行なった。とくに企業規模や業界を絞らなかったのは、インターンシップが就職活動の最初のステップだと思ったからだ。同時期、就活生向け支援団体立ち上げの話が舞い込み、興味を持った馬場は参加を決める。

運営を行うのは京都大学の学生たち。ここでの出会いが、馬場にとってはターニングポイントとなっていた。「レベルの違いに圧倒されたんです」そう語った。大学生という同じ括りで生きる人間なのにも関わらず、自分とは明らかに違う。

具体的にいうなら、「学生ではありながらもビジネスをしていた」のだそうだ。視座の高さ、メンバーそれぞれの個の輝き、すべてが衝撃だった。この出会いをきっかけに、馬場の就職活動は様変わりする。なんとなくインターンシップから企業を探していたものが、「自身が成長できること」と明確な軸を持っての企業探しに変わったのだ。新卒就職先として馬場が選んだのは、レバレジーズだ。

「事業内容に強いこだわりはありませんでした。自分が成長できる環境、つまり、若手のうちから裁量が与えられる環境と考えたとき、レバレジーズがぴったりだと思いました。メンバーの性格もすごく合うなと」

入社して配属されたのは、看護師の人材紹介業。就業先を探す看護師と、就業先である病院とをつなぐ仕事だ。最終的には名古屋支店長としてマネジメントだけでなく、新卒・中途採用にも携わり大きな裁量を与えて頂いた。ただ馬場にとっては自信を持って「楽しい!」と言える仕事では、正直なところなかった。「介在価値がわからなかったんです」と、馬場は言う。

医療の現場では、長期的な雇用を生むためのマッチングではなく直近の人手不足を解決するための人材紹介が求められていたからだ。病院にとっての良い人材と、すぐさま働き手となる看護師。馬場は、自分自身の介在価値に頭を悩ませた。

事業内容と成長とを考えfor Startupsへ

仕事そのものに対する大きなやりがいは感じられなかったが、仲間にも恵まれ事業部を大きくしていくことは楽しく、馬場は転職を考えたことはなかった。自らが選んだ道であり、新卒に裁量を与え成果次第で様々な挑戦をさせてくれる環境には、大きな価値を感じていたからだ。

そんな馬場にとって、転職のきっかけとなったのは、ある一冊の書籍だった。

「メタップスの佐藤航陽さんが書いた『未来に先回りする思考法』という本に影響を受けていて。あるとき、メタップスで事業統括責任者をしていた恒田有希子という人間が、for Startupsに在籍していることを知ったんですよね。たまたま大学の同期がfor Startupsに転職した話を聞いたタイミングでもあったので、恒田とつないでもらいたいなと思ったんです」

これが、馬場とfor Startupsとの出会いだった。

領域はたまたまレバレジーズと重なっていただけで、人材紹介という仕事にこだわっていたわけではない。それでも、恒田の話を聞く中で、for Startupsの魅力に心動かされた。自身が成長できる環境であると感じたこと、メンバーがみんな優秀であること、市場に本気で向き合うビジネスであること。それらのすべてが、馬場の印象に強く残っていた。

「人材紹介に興味があるわけではないんです。ただ、いずれ自分自身も事業を起こしたいと考えているので、人材紹介というメイン事業でありながら、社内社外問わずいろいろな事業を見られることがすごく面白いなと感じたのです。あとは、純粋に楽しそうだ、と話を聞きながら感じたんですよね」

レバレジーズで3年3ヶ月を過ごし、昨年7月からfor Startupsにジョインした。実際に働いてみると、優秀なメンバーに感化されたり、さまざまな組織の課題を知れたり、新しい刺激ばかりを感じた。通常では一企業で働くだけでは知り得ない、あらゆる事業の課題を覗ける経験が馬場にとってはプラスだった。

「for Startups自体もスタートアップとしてさまざまな課題に直面します。それらを見る、感じることでの学びがあります。また、ヒューマンキャピタリストとして支援を行う企業は僕らとまったく異なるポイントで事業が停滞するし、ボトルネックが生まれている。それらの一つひとつが学びなんですよね。それに、僕らが支援に関わっているスタートアップで働くのは、今後日本や世界を変えていくであろう人々なので、将来はさらに楽しみですよね」

そう誇らしげに語る。転職から半年が過ぎ、馬場自身の一番の変化といえば、自分自身の「個」の存在を強く意識するようになったこと。「Be a Talent」と掲げたバリューの通り、企業に所属する一社員ではなく、「馬場良樹」としての価値を高めることを求められるからだ。

「転職時、僕はスタートアップに対する知見はほとんどありませんでした。企業や人を紹介できなかったんです。ヒューマンキャピタリストとしての価値を発揮できない。そう感じたんですよね。それからは、より社会を見て、市場を見て、知識を蓄えて、自分の介在価値を高めた上で働くことを強く意識していると思います」

ヒューマンキャピタリストとして、これまででもっとも印象深かったのは、水力発電会社に勤める方を大手インターネットベンチャーに紹介した際だ。水力発電会社で長い間キャリアを作り上げた人材との対話からは、馬場自身非常に学ぶことばかりだった。

「どんな方であれ、向こうは僕らに価値提供を求めている。だから、相手の経歴に萎縮したり、対等ではないヒューマンキャピタリストになってはいけないと強く実感したんです。必ず価値を提供する。その代わり、フラットな立場であり続ける。その大切さを学びましたね」

「みんなが良ければそれで良い」だけの自分から、主張を持った存在へ

for Startupsで働く中ではメンバーから学ぶことも少なくない。とくに、for Startupsを作り上げてきた初期メンバーは馬場にとっては魅力的な存在だ。同世代のメンバーに関しても、一人ひとりが強みや個性を持っているため、自分自身の価値を考える場面が幾度も訪れる。

企業の歯車のままではなかなか考えることのない、「馬場らしさ」を求められる。それが、for Startupsならではの環境だ。これまでは、みんなが良ければそれで良いと考えてきた。意見も主張もせず、そこにいるだけ。しかし、これからは変わらなければならない。

「for Startupsに入ったことで、僕自身の『個』としての価値ってなんだろう、と考えるようになりました。これまでは自分の意見を言うことなんてなかなかありませんでしたが、今は違います。自分はどうしたい、こうしたい、ああしたい。for Startupsに入社してから、自分自身の意見を言う機会も増えたし、それに対する抵抗感もなくなってきました」

格好良く言うなら「縁の下の力持ち」。言葉を変えるなら、右にならえ、なのかもしれない。波風を立てないよう自分を意見は出すことがなかった。ただ、それは、あくまでも過去のできごとに過ぎない。今の馬場は、もう違う。

「for Startupsに所属するひとりとして、馬場良樹として、支援する企業を勝たせきることは、必ず達成しなければならないミッションです」。強い言葉で語る。そのために馬場自身ができることは、とてもシンプル。「昨日の自分よりも良い状態でいる」ことだ。

「誰かと比較するのではなく、昨日の自分よりは、多少良い自分でいること。それを自分自身の軸として持ち続けることで、事業に対して強くコミットできているような気がします」

今後の夢は、新しいサービスを生み出すこと。「情報の非対称性を埋めるためのサービスを作りたい」そんな思いも持っている。for Startupsの若手エースは、常に好奇心を持ちながら、企業人として、さらには「馬場良樹」個人として、スタートアップや日本を支えていく、強い強い存在になるのだろう。

インタビューを終えてボイスレコーダーを止めるやいなや、馬場が口を開く。

「僕、きちんとお話できていましたかね。ちなみに、もっと良くするにはどうしたら良いでしょうか」

どんなときでも自らを高めることを怠らない。きっと無意識のうちに、高みへ登るために必要な手段を身につけているように感じられた。知らない世界を知りたいという無邪気な好奇心と、周囲にベクトルが向いた貢献心。このふたつが、今日も馬場を動かす原動力だ。

“いい子”の殻を破る。CAからfor Startupsへ。100点を取るのは得意なスーパーバランサーが150点を目指して自らの名前で勝負する。

小学校時代は、陸上で全国大会に出場。中学と高校では陸上部の部長を務め、学業も優秀。都立トップ進学校から慶應義塾大学に進学し、大学では学園祭実行委員を務めるなど充実した学生生活を送った。就職活動は、選べる状況にあるなかでサイバーエージェント(CA)に。強い意志で輝かしい経歴を手に入れてきたが、何かが違うとも感じ続けた町野友梨。その答えを求めて、for Startupsにジョインした。

小中学生時代から前進あるのみ。ふと「何のために働いているのか」と立ち止まる

for Startupsのメンバーから言われた言葉で、町野の心に深く刺さったものがある。それは「ブランドにぶら下がるのではなく、ブランドを創る側になろう」。都立西高校、慶應義塾大学、サイバーエージェントと歩んできた町野。いずれも「優秀」と言われる学校、会社だ。「”ブランドを創ったのはあなたではないよね。ブランドを創る側に立たないと、いつまで経っても『ああ、優秀だね』と言われるだけで終わってしまうよ。”そう言われて、確かにそうだと思いました」。町野は言う。

陸上と学業を両立し、大学では学園祭の実行委員として活躍。いずれも強い意志で、町野自身が切り拓いてきた経歴だ。だがあくまでも、ブランドは先人たちの活躍で創られたもの。「町野友梨」という名前で何かを成し遂げるには、「自らブランドを創る」くらいの発想の切り替えが必要だ。普通に考えると、随分と斜め上からの助言のようだが、それがサラリと出てくるのは、for Startupsにみなぎる気概と本質的に重要なことをきちんと伝える姿勢ゆえだろう。

入社に至った経緯はシンプルだ。サイバーエージェントでは懸命に働き、結果も出した。在籍期間は2年2カ月。新人時代から難易度の高いクライアントを任され、時には精鋭メンバーを集めたチームにも召集された。小中学生の頃から変わらず、期待されれば応えてしまう。だからどんどん仕事を任され、死にものぐるいで働いた。

だが、町野はふと立ち止まった。「何のために働いているのか」と思ったのだ。広告をやりたかったわけではない。一方で社員はいい人ばかり。「強烈に辞めたい」といった負のエネルギーも沸かない。何となくモヤモヤが募ったとき、他社からの評価を知りたくなった。そこでfor Startupsに出会った。

働き方や成功への道筋は多様なはず。そのメッセージを伝えたくてfor Startupsへ

for Startupsへのジョインを決めたのは、遡ると中学生の頃から抱き続けてきた違和感を晴らせそうな気がしたからだ。就職活動のときの違和感は、「こんなに勉強してきたのに、なんで皆一律に、一社員になってしまうのだろう」。皆が皆、リクルートスーツを着て、時期がくれば金融機関などの大企業を目指す。町野は当時、漠然とスタートアップへの興味はあった。だが知識もなく、選択肢もなく、「せっかくの新卒切符で大手に行かないのはバカだ」という風潮に流された。

もう一つは、中学生の頃から抱いていた違和感だ。やや青臭いかもしれないが、人は生まれた環境によって将来の可能性を制限されてしまうことへの理不尽さだ。「賢くて成績も良い人でも家庭の事情で高校も大学も行けない友だちを見てきました」と町野は振り返る。経済的な問題に加えて、ロールモデルがないことで、上の学校に進むという選択肢に気づかない。

この2つの違和感=町野なりの社会課題をどう解決したらいいかと考えたとき、出した一つの答えが「色々な働き方があるべきではないか」というものだった。「みんなが大企業を目指すのではなく、スタートアップから大手、大手からスタートアップと自在に行き来できる流動性があれば良いのではないかと思いました。多様性がなければ、色々な成功例は生まれません。色々な成功例が生まれれば、教育の場も画一的ではなくなるでしょう。スタートアップを成長させ、成功者を生むことで、お金を稼ぐには、いい会社に所属するだけでなく、好きなことややりたいことを突き詰めるなど、色々な道筋があると伝えられると思いました」。そうすれば教育の現場や就職活動で、ファクトを伴って、道は一つではないと示せる。

「その妄想が、志水の『日本から一人でも多くのザッカーバーグを生む』という言葉と重なり、ここしかないと思いました」。町野は言う。自分も、その選択肢を広げる活動に参画すべく、2018年5月、for Startupsにジョインした。

誰かの作った理想像のために頑張るのをやめた。「ありがとう」の一言にやりがい

そんな町野は入社直後、「一番重要なクライアントを持たせてほしい」と直訴した。身に染みついている「評価されたい」気質ゆえだ。それを聞いた執行役員は、「いいね。気合い入ってるね」の一言であっさりOKを出した。

志願して持たせてもらったからには力が入る。これまでの歩みのように、他の人に負けないくらい勉強し、クライアントとリレーションをとり、候補者の気持ちにも細心の注意を払った。初めてのタレントエージェンシー業務は、最初こそ苦戦したが、「ヒューマンキャピタリスト」としての動き方を徹底することで数字も上がってきた。

だが、気持ちには変化があった。数字として現れる評価も嬉しいが、今は、支援した方から「ありがとう」と言われることに、やりがいを感じるという。時には支援につなげられないこともある。それでも、候補者から「考える機会をもらいました。ありがとうございます」と言われれば、それもまた嬉しい。今は「その時」ではないかもしれないが、スタートアップという選択肢を知ってもらえたことで、種を撒くことはできたからだ。遠回りかもしれないが、いつか、その人がまた挑戦を考える日がくるかもしれない。

町野は「働く理由が、『誰かに評価されたい』から、『自分がやりたいからやろう』に変わりました」と言う。「ここでは、『頑張ります』と言うと、『頑張らなくていい。自分のやりたいようにやろう』と言われます。そのかわり『なぜ、やるか』は常に問われています」。だから、誰かのつくった「理想像」であろうと頑張るのではなく、自分の気持ちに一途に突き進むようになった。それは、ずっと誰かの期待に応え続けた町野にとって大きな変化だ。

メンバーからの愛ある辛辣な指摘もありがたい。殻を破って力強い一歩を踏み出す

もう一つ、for Startupsに来て良かったこと。「指摘してくれる人が多い」と町野は言う。「ほめて伸びる人もいるが、私は違います。指摘してもらってマイナスをプラスに変えないと何も伸びません。この会社ほど指摘してくれる人がいる環境は、これまでありませんでした」。愛のある辛辣な指摘は、例えばこんなこと。「お前はテスト野郎だから、自分で自分を壊せと言われました」。苦笑まじりに町野は言う。「ちゃんとやらなくては、と思うあまり自分で殻を作っている。それを壊せと。確かに私は80点・100点を取るのは得意。でも150点を取るのがとても苦手です」。自他ともに認める100点満点のスーパーバランサー。その良さは肯定しつつ、目下、殻を破って150点を目指し中だ。

冒頭の言葉、「ブランドを創る側になれ」に触発された取り組みも始めている。それは、町野の出身高校である都立西高校の卒業生で、スタートアップにいる人や起業している人のコミュニティーをつくることだ。既に一度、集まりを催した。「西高は個性的な人が集まっていましたが、案外普通に就職している人が多い。そのような人が、もし今、つまらないと思っているならスタートアップで活躍してもらおう―という意図で始めました。この試みを成功させて、いずれは西高で登壇したいです」。町野は笑顔で、そんな野望を語る。「西高の生徒に、いい大学を目指すのではなく、自分のやりたいことをやってほしいと伝えたいです」。

スタートアップ界隈で活躍する卒業生が増え、西高=スタートアップといったブランディングを創り出せれば楽しい。まずは自分のできることから、一人で始めたささやかな取り組みだが、案外早いうちに実を結ぶかもしれない。西高でうまくいけば、そのほかの学校にも横展開できる。実際、「告知したら、『日比谷でもやってほしい!』という書き込みもありました」と町野。有望な人材が起業やスタートアップを目指し、多様なキャリア、多様な成功例を出すこと。町野がfor Startupsに来た理由であり、いずれ実現したいことだ。「いい子」の殻を破った町野は、力強い一歩を踏み出している。

「僕らの世代が成長企業に飛び込もう」そのメッセージを伝えるためにfor Startupsへ

「新卒は採用していない」と言われながら、その言葉を押し切ってfor Startupsに入社した人物がいる。森心之介だ。大学時代を保守的な地方都市で過ごし、大半の学生が金融機関や役所を目指す就職活動に違和感を覚えた。東京や大阪と情報格差がある環境にいたからこそ、「もっと考えよう」「僕らの世代が成長企業に飛び込もう」という思いが人一倍強くなったのかもしれない。同世代にそのメッセージを伝えたくて森はfor Startupsを志願した。

「新卒は採用していない」と言われ、苦労覚悟でfor Startupsへ

「右向け右の就職活動」と森は表現する。森は地方国立大学の出身だ。大半の学生が、当然のように大手企業や金融機関、役所を目指す姿を見て、森は違和感を覚えていた。というのも、森はほんの少しだけ外の世界を知っていたからだ。大学2年次に学外のセミナーに参加。その縁で東京の経営者を訪ねて回り、その後、大阪でインターンシップに参加した。スタートアップの空気に触れ、漠然とその魅力を伝えたいと考えるようになった。

どうしたら伝えられるか。人材系の会社なら可能ではないか。そう考えた森は、ウィルグループの説明会に参加した。一般的な人材派遣や人材紹介の説明を聞きながら、「ちょっと違うかな」と思っていたとき、NET jinzai bank(for Startupsの旧社名)の事業紹介があった。申し訳程度に最後の1分で。その駆け足の説明が、森の心を捉えた。「人という側面からスタートアップを支援し、そのスタートアップが世界に出ていくことで、日本の経済力を底上げするという活動に、直感的に魅力を感じたのです」。森は振り返る。

就職は、NET jinzai bankへの配属を希望してウィルグループへ。希望が叶い、2017年4月、森はNET jinzai bank、後のfor Startupsに入社した。

当時のfor Startupsは25名程度。タレントぞろいのメンバーの中で、新卒の森は異質だった。「当時、志水には『新卒は採用していない』と言われました。『不幸になるかもしれないけれどいいの?』とも」。森は苦笑交じりに振り返る。日々、コミュニケーションをとるのは有力起業家、著名な投資家、そしてハイキャリアの候補者たち。彼らの話を聞くのは、本当にワクワクする経験だったが、自分の知識と経験のなさがもどかしく、早く同じ視座に立ちたいと焦る日々だった。特に、対等に話をしなくてはいけない対候補者のコミュニケーションは、うまくいかずに凹むことが多かった。

だが、「for Startups」という大きなビジョンの下では、「自分の凹みなんて大したことはない」と気持ちを切り替えた。スタートアップを支え、同世代にスタートアップの世界を伝えたい。この思いを実現するために、無我夢中だった。

同世代の若者に、”今くすぶっている場合ではない”と伝えたい

最初こそ苦労したが、周りのメンバーにも支えられ、森は、タレントエージェンシー業務(TA業務)で少しずつ実績を上げていった。これまでに数々の支援を実現してきた。なかでも印象に残っているのは、グローバルにスケールしつつあるアプリ会社の事例だ。エンターテインメント系の大企業の広報にいた方を、その会社の広報の立ち上げポジションに支援した。

元の会社は、決して旧態依然とした大企業ではなく、はたから見れば申し分のない会社だった。だがその人物に対して、森は思わず「そこに留まっている場合ではないですよ」と言った。「その方は、いずれ起業したいと思い、既にできあがった会社のルーチン業務ではなく、ゼロイチまたは一から十のフェーズで経験を積みたいという志向を持っていました。今の仕事もやりがいはある。でも、より成長できる環境を求めていたのです」。成長可能性が極めて高いスタートアップで、次々と新しいことに挑戦するなかで得る経験、身につくものはきっと大きいはず。その思いが、思わず強い言葉になった。

「成長する会社にいると、自分の仕事もどんどん大きくなります。優秀な人達と働く経験もできるでしょう。いずれ日本をつくるのは僕らの世代。一人でも多くの人に、成長可能性の高い企業に入り、企業の成長に合わせて自分も成長する形で、キャリア形成してほしいのです」。これは、同世代のすべての人に伝えたい思いだ。

そのような思いを持って支援した数々の人材は、今、それぞれの場で活躍している。上記のアプリ会社に支援した方も「大変だけど、すごく楽しいです」と言い、部下を採用する際に、また森に声をかけてくれたという。自分の活動が確かな実を結んでいると感じる瞬間だ。

for Startupsでの原体験。Slush Tokyo

そんな森が、特別な思いを持って臨んでいるのが『Slush Tokyo』だ。世界最大級のスタートアップ×テクノロジーの祭典で、直近では2019年2月、東京ビッグサイトで開催された。東京での開催は5回目。for Startupsは初回から運営に携わっており、森にとっては今回が3回目にして、初めて主担当として関わるSlushだった。

最初は内定中に、「見に来たら?」と誘われ、実際に見て圧倒された。世界数十カ国から数千人が集結し、まるで音楽フェスのような興奮のなか、起業家や投資家をはじめとする様々な挑戦者が集う。「すごくかっこよくて、これぞイメージしていたスタートアップだと思いました」。

入社して8月、次のSlush(2018年2月開催のSlush Tokyo2018)の企画がスタートすると、森は臆することなく「手伝いたい」と手を挙げた。だが「見に来たら?」と誘ってくれた先輩は、あっさり「ダメ」と断った。理由は、TA業務で十分な成果が出せていないから。森はTA業務で結果を出すべく奮闘しながら、さらに2度頼んだ。いずれも一蹴され、4度目にようやく「じゃあ、打ち合わせに来れば」とOKが出た。奮闘が効いたのか、TA業務もうまく回り始めていた。

2018はサブ担当として参画。そして今年、Slush Tokyo2019では念願の主担当になった。運営主体である学生たちをサポートし、for Startups独自のコンテンツ「Advisory Program」の企画と実行など様々な業務を遂行することに。企画では著名な起業家や投資家、Co - founderとのやりとりや国内外からの参加者の募集など、スタートアップの最前線を体感する経験をした。Slush Tokyo2019のテーマは「”Call for Action”=背中を押す」。まさに森は、その熱量に背中を押され、精力的に動いた。とはいえまだ2年目。世の中の一般的な会社では末端の若手として扱われるのだろう。

「2年目の若手に会社の大きなプロジェクトを任せ、サポートも惜しまないところは、for Startupsの良さだと思います」。森は言う。TA業務の傍ら、相当なパワーと熱意を注いだSlush Tokyo2019は2月22 - 23日、例年以上の熱気を残して、大盛況のうちに幕を閉じた。スタートアップへの期待は確実に高まっており、自分もその一助となっていることを感じた2日間だった。

クラスメートとは異なる道を歩んだ2年間。確かな成長を実感

以上が、社会人になって約2年間の出来事だ。「結構、成長したのではないかと思います」と森。少なくとも、学生時代のクラスメートの大半と異なる道を歩んだことは確かだろう。故郷も友人も好きだ。だが、こうも言う。「会うと、部長がどうこうみたいな愚痴めいた話も聞きます。そういうのは、今の僕の周りにはないな、と」。違う世界の話のように聞きながら、改めてfor Startupsを選んで正解だったと確信する。

Slushのような特別な場だけでなく、日頃から感動に満ちている仕事だ。強烈な社会課題解決意欲を持って起業した人の話や、真剣にスタートアップを応援している投資家の話に心をつかまれる。大変には違いないが、感動や充実感のほうが勝る。「自分もいつか、どうしても解決したい課題に出会い、起業したいです」と、秘かな野望も抱く。

今、自分と同世代にメッセージを伝えるために、若手のコミュニティー作りにも着手している。もちろんみんながみんな、スタートアップに行くべきということではない。「30代、40代で活躍するために、大事な20代をどこで過ごしたらいいか」と考えた時、選択肢は色々ある。その一つがスタートアップということだ。挑戦したい気持ちがあれば、あるいは、今の環境に疑問やモヤモヤ感があれば、「まずは情報収集から始めてほしい」と森は呼びかける。そしてチャンスがあれば、すかさず掴むことだ。

それは森自身も同じ。for Startupsは「やりたい」と言い続け、手を挙げ続ければ、必ずチャンスが巡ってくる会社だ。行動も伴いながら、「Slushをやりたい」と言い続けたように。常にチャンスを掴むべく、森はこれからも言葉にし、手を挙げ続けるつもりだ。挑戦は続く。

もはや愛なんて言葉じゃ足りない。企業理念への共感、のその先

ーーどうしてそこまで、for Startupsを強く強く、愛せるのか。

そんな問いに「どうしてなんでしょうね」と、ゆるやかに笑う26歳の青年の姿がそこにはあった。名前は玉城夢大(たましろ・むだい)。for Startups(当時はウィルグループの一事業部)の新卒社員として入社し、丸3年が経過しようとしている。 

「子どもが初めて愛す人はおかあさん、みたいな話ってよく聞くじゃないですか。そんな感覚なのかもしれません」

生まれも育ちも沖縄県、天真爛漫な人柄の中に見え隠れする。for Startupsや故郷・沖縄への熱く純粋な想いが、入社から3年が経過した今も、玉城の感情を突き動かしている。

ルーツは17歳でのドイツ留学

格好良くいうと、参謀タイプ。それが、玉城らしさだ。昔からリーダーとして先陣を切る人間を、真後ろから全力でサポートすることが生きがいだった。「なにより頼られたい。頼られたとき、その要望に100%応えられる自分でいたいし、だからこそ僕は努力をしているんです」。

人をサポートすることのルーツを紐解くと、高校3年時に経験したドイツ留学が浮き上がる。海外を飛び回る父親と、バッハやベートーヴェンを暮らしのBGMにしていた音楽教師の母親との間に生まれた玉城にとって、外国は遠くて、でもちょっぴり身近な憧れの存在だった。

「僕自身、小さな頃からピアノとエレクトーンを習っていて、いわゆるバロック音楽がいつでもそばにありました。それに、育ちの町だった“北谷(ちゃたん)”は、嘉手納基地と普天間基地に挟まれた場所。外国籍の方がすぐそばにいる環境でした」

海外志向は高まる一方だった。思いが募りに募った高校3年時、県費留学によって、1年間のドイツ留学を経験した。ドイツだったのは、ヨーロッパの中で経済力が強く、親日だったから。「ヨーロッパに住んでいるって言えるのが格好いいかなって思っていました(笑)」そう言いながら、玉城はふふっと笑う。

結果として、ドイツでの生活は、玉城にとって記憶に残るものだった。ひとりぼっちの環境の中で、多くの人に助けてもらうという体験ができたから。玉城の根底には、留学時に知った「人から救われることの喜び」が強く残っている。

「日本を変える」ーーその言葉に胸を打たれた

帰国後、玉城は上京を決意した。留学を経験したことで、より視野を広げる必要性を感じたからだ。成蹊大学文学部国際文化学科に入学し、国際政治を専攻。沖縄県民として、国内外の情勢などを幅広く学び、正しい知識のもとで物事を計れる人でありたいと考えていた。

大学時代に熱中したことといえば、学業の傍らで始めたDJ。ドイツ留学中にクラブで深い人間関係を培っていた経験があったため、視野を広げるためにはもってこいだと考えた。都会のことを何一つ知らない田舎者が、都会の情報を得るためにはさまざまな世代や知識を持つ人とつながりを作る必要があった。

DJは、その後、IT業界やファッション業界に軸足を移す人が多い。玉城とfor Startupsの出会いは、自然と導かれたものだった。たまたま出会ったウィルグループは、玉城にとってはまさに運命を感じさせるものでもあったようだ。

「(for Startupsの親会社である)ウィルグループの説明会で、現メンバーの寺田、土手本、清水が座談会を行なっていたんです。それを聞いたとき、純粋にいいなと。『日本を変えるのは俺たちだ』と語る姿に気概を感じたし、ウェットな雰囲気もすごく魅力的でした」

そしてなにより、当時から志水が掲げていた「成長産業(当時はインターネット産業が全盛)を進化させるために、成長産業領域に優秀な人を支援する」というミッションにも強く共感していた。日本の成長を牽引する企業のそばにはいつもfor Startupsの姿があると感じた。そして、日本の成長の先には、故郷である沖縄の成長もあると考えた。

「他社は考えずに、基本はここ一本で。ただし、当時のfor Startupsはまだ親会社の一事業部でしかなくて。ほかの部署への内定なら蹴ります、と人事に向かって強気なメッセージを発していました」

同期の90名を差し置いて、なんとかfor Startups(当時のNET jinzai bank)の内定を獲得。ヒューマンキャピタリストとしてのキャリアを走り出した。事業部内での社員番号は14番。強気に内定を獲得したものの、当時はまだ組織力が弱かったため、自分の存在価値に少し悩んだ時期もある。

「そもそも、どうして新卒をこの事業部で採用したのだろうか、と生意気なことを考えていました。教育体制もないから、誰も何も教えてくれない。仕事ひとつ取っても、全然効率的じゃない。本当に自分はfor Startupsにいてもいいのだろうかと思ってしまったんです」

自分らしさを求められた今、貢献できるのは「場づくり」だと思う

入社からもうすぐ3年が経過する。学生時代に憧れだったfor Startupsのメンバーと肩を並べて、成長企業の支援に携わる毎日は入社から変わらない。少しだけ変わったのは、ただのサポート役に徹するのではなく、自分自身もスタートアップの市場に出て価値を作るようになったことだ。

「入社したばかりの頃は、バカなふりをしていれば良かった。みんなが教えてくれるから。でも、もうその技は通用しません。メンバーも増えた今、僕自身が行動することで生み出せる価値提供に重きを置いています」

たとえば、生まれつき持った人懐っこさを活かして、若手起業家を集めたコミュニティイベントを社内のメンバーと主催した。20代の起業家を中心に、65名の「スタートアップで命を燃やす方々」を自社オフィスに集めた。

仲間たちと、若手で日本を盛り上げるために必要なことなどを熱く語り尽くした。これからの日本を牽引する人達のコミュニティを作ることで、for Startupsのバリューのひとつである「Startups First」を自ら体現している。

玉城にとっても、for Startupsにとっても、すべての事業の見据える先は日本の成長だ。そのためには、社内だけではなく、社外の仲間たちも巻き込んでムーブメントを生み出さなければならない。そして、その「場」を作ることができるのが、玉城の強みだ。

「これまでのように先輩たちの背中を追っているだけの毎日は、もう終わりです。志水を始めとする経営陣と同じ視座で物事を見るようにならなければ、と感じています。場づくりは僕の得意とするところですが、まだまだ満足するつもりはありません。よりスキルにも磨きをかけて、より良いイベントも企画していきます」

日本の成長に向けて「for Startupsの玉城」ができること

そんな玉城が目指すのは、for Startupsが掲げたビジョンを体現できる人物になること。玉城はその想いを、当たり前のように熱く語り続ける。

「for Startupsのビジョンは愛せるし崇高なものだと思うんです。だから、僕自身の行動も、すべてfor Startupsにつながるものとなる。もちろん、そのビジョンを掲げた志水を勝たせたいと本気で思います。そして、日本を、沖縄を、元気づける人になれたらと。それが僕の今の願いです」

熱を帯びた口調で語り続ける。

どうしてそこまで、for Startupsを強く強く、愛せるのか。

玉城は「どうしてなんでしょうね」と柔らかく微笑む。

「新卒で入社した企業だから、なのだと思います。僕にとっての初めての経営者は志水ですし、彼が掲げるビジョンを共に体現できる人になりたいと感じたんです。for Startupsのメンバーは、みんな優秀で、エモい。良い意味で予想も裏切るし、なにより格好いい。そんな仲間たちと一緒に、日本の成長に向けて走れるなんて、そんな楽しいことないじゃないですか」

玉城夢大というひとりの人間として。人を助けることをよろこびに変えた人間として。for Startupsの掲げたビジョンの体現を、玉城らしい、持ち前の明るさで体現していく心意気だ。

大手証券会社で革命家と呼ばれた女性が、目指す未来と生ける価値とは – “尖り続けないことは死に値する。”

学生時代、ベンチャー企業でインターンを経験した中田莉沙。没頭して働き、ビジネスの仕組みを知るにつれ、企業活動におけるお金の重要性を認識。新卒の就職先は大手証券会社を選んだ。意気揚々と入社するも、そこで感じたのは圧倒的なスピード感の欠如だった。社会に価値を残したいと思う中田にとっては物足りない場所だ。スタートアップへの転職を目指し、for Startupsに出会う。

大手証券会社では「うるさい新人」扱い。20年後の自分を想像して危機感を持つ

「前の会社では、チェ・ゲバラと言われていました」と、中田莉沙が苦笑する。チェ・ゲバラとは、言わずと知れたキューバの革命家。新卒で入ってきた新人が、次々と「こうしたらどうか」と言ってくる。保守的な大手証券会社で、周囲は少々持て余し気味だったのだろう。

中田は学生時代、ママ向けのサービスを展開するコネヒト株式会社とオンライン英会話サービスを展開する株式会社ベストティーチャーでインターンを経験した。インターンの立場ながら企業活動全般に関わり、そこで、企業活動にとってリスクマネーがいかに重要であるかを痛感し、「日本の金融を変えたい」と強く思って大手証券会社を就職先に選んだ。

ところが、入社後は、ベンチャー企業と保守的な大手企業の違いにカルチャーショックを受ける。「まずスピード感が違います。業務効率、ITリテラシーも差がありました。もちろん違いがあることは理解して入社していますが、エクセルで共有して、同じことをホワイドボードにも書き込むような世界には驚きました。」中田は言う。働く中で、色々と改善案を出すも、返ってくる反応はいつも同じ。「それは君がやることではない」。中田の営業成績は良好で、仕事でも十分に成果を出していた。プラスアルファで作業環境の改善を働きかけたものの、反応は今一つだった。「実際、周りを見ると、トップ層が『変えたい』と言ったことですら、変わるのに何年もかかる。今は違和感を持っているけども、このままここにいたら、このスピード感に染まってしまうと思いました。前職をとても良い企業だと思っているし、社会的意義も、人やデータやお金も十分あると思っています。ただ、私がそこで変革の鐘をならし、社会的影響を与えられるのは、数十年間もの時間をかけた後です。そして私は、その数十年かけた末に与えられる影響と比較して、起業するか有力スタートアップにジョインした場合の数年間の方がより世の中に価値を提供できると思いました。」『結局、何もできなかったね』で終わりたくない、と猛烈に危機感も覚えた中田は、転職を決意した。

当初、全く興味のなかったfor Startupsへジョイン。全てのピースがはまった瞬間

転職はスタートアップ企業へと心に決めており、特にシードのスタートアップにジョインすることを求めていた中田は、TwitterやFacebookで興味のある企業の代表にDMを送った。一風変わった転職活動だった。「命をかけたいと思えるような経営者か、本当に心からやりたい事業なのか、軸は2つでした。」と中田。そんな前のめりな思いで始めた転職活動だが、なかなかそのような思いを持てる企業とは出会えなかった。そんな中、元インターン先の代表にもらったアドバイスが、「スタートアップへの転職ならfor Startupsに相談してみたら」というものだった。そして相談に訪れたはずが、いつのまにかにfor Startupsへジョインすることに。「当初、for Startups自体には、まったく興味がありませんでした。むしろ『人材業界だけには行きたくない』と拒否感を持っていたほど」と中田。だが、話を聞いてみると、「人材」の会社ではなく、「成長産業支援のプラットフォームをつくる」という構想にピンと来た。

「元々、証券会社に入ったのは、リスクマネーがスタートアップに流れることで、成長を支援したかったから。for Startupsは、私がやりたかった支援を、『マネー』ではなく『人』でやる。手段が違うだけで目指す方向性は一致していました。ビジョンに共感でき、しかも有力な起業家、VCと双方向で、両者の中心に立って活動できることにも意義を感じました」。

for Startupsは、「世界で勝負できる産業、企業、サービス、⼈を創出し、⽇本の成⻑を⽀えていくこと」というミッションに基づいて、人の支援だけではなく、起業支援、戦略的資金支援、情報プラットフォームの展開など、事業領域を一気に拡大しようとしているなかで、中田の思いやfor Startupsの方向性など、様々なピースがピタリとはまった。

尖り続けないことは死に値する。目指す未来と生ける価値とは

期待を胸にジョインしたfor Startupsは、前職とは正反対の世界だった。前職は、尖っていると周りから疎ましがられた。しかしfor Startupsは「むしろ尖り続けないと埋もれてしまう」。中田は言う。「それが時にきついけれど、今の方が生きやすいです」とも。ここでは誰も「それは君がやることではない」とは言わない。口に出したら自分で責任をもってやりきるのがfor Startups流だ。

現在、中田はエンジニアのキャリア支援に注力している。自ら志願した仕事だ。というのも、「スタートアップがグロースするにはエンジニアの力が不可欠だ」という信念があるからだ。インターン時代、エンジニアイベントの開催や、エンジニアが中心となって会社を盛り立てる様子を見てきた。自社のプロダクトで社会課題を解決し、「未来を創る」経験を、より多くの人に広めたいという思いもある。

エンジニアの転職は、一般的に知人の紹介によるケースが多い。そのような状況がある中、「傲慢な言い方になってしまいますが、友達はあなたをよく知っているけれど、マーケットのことは知りません。でも私たちは、マーケットも、今後の社会に寄与する最新のテクノロジー領域もキャッチアップしていて、どこであなたが輝くかを提案できるところが強みだと思います」と、中田は言う。

直近では、エンジニア支援に関する新規プロジェクトをゼロから立ち上げ、これから益々、企業やセクターが成長し、その人自身の価値を高め、存分に発揮される世界を目指し、中田は活動中だ。自分の信じることに真っ直ぐに――前職では得られなかった手応えを得ている。

他の人が1回しかチャレンジしないなら、私は10回チャレンジする。社会で価値ある自分を目指す

金融機関出身というバックグラウンドを活かし、注力しているもう一つの領域がフィンテックだ。『PayPay』の祭りは記憶に新しいが、各社ともキャッシュレスの決済サービスを起点に、縦横無尽に広がる金融サービスを展開しようとしている。米国や中国のように、本格的な金融×ITのサービスが、日本でも勃興しつつある。そんな業界の動向、海外の事情を研究し、社内に広めるのが中田の役目だ。

for Startupsでは、それぞれのバックグラウンドに基づく得意領域、あるいは関心を持って取り組む「推し」の領域の知見を発信し、共有する活動が盛んだ。年齢も社歴も関係なく、フィンテック領域では中田が先生だ。華々しい経歴を持つメンバーたちが、真っ新な状態で話に耳を傾け、貪欲に吸収する。その謙虚に学ぶ姿に感銘を受け、同時に「自分ももっと学ばねば」と思う。

学ぶ環境も素晴らしい。メンバー同士の知の共有のほか、日々、日本を代表する、または、これから日本を代表する存在となり得る起業家やVCがfor Startupsを訪れ、様々な話を展開していく。「毎日、所謂 ”すごい” 方々がfor Startupsに集まります。本当に刺激的です」。このような日々に、中田は「時間が足りない」と笑う。ただ漫然と話を聞くのではなく、吸収し、それをもとに何かを成したいからだ。

社会に出たとき、中田は世の中を変えたいと思った。その思いは、今もずっと追求し続けている。「どれだけ社会に価値を残し、評価されるか」、「自分の名前でどれだけ市場に求められるか」。中田の目は常に社会へと向いている。そのなかで価値ある人になりたいと願う。そのためには「他人が1回しかチャレンジしないなら、私は10回チャレンジしたい」と勇ましい。大手証券会社で周囲から浮いた「ひたむきさ」は、for Startupsでは好ましい個性と受けとめられた。ぶつかりもがきながら、中田は前へ前へと進んでいく。

選択の基準は「人と違うこと」。納得して楽しく働ける世界を目指す、奇才・弘中寛太の原動力とは。

入社面接の、一次面接では「△」が付いたという弘中寛太。それは規格外の存在だったから。「藤野さんが…」「國光さんが…」「ピョートルさんが…」と次々と出てくる名前は、レオス・キャピタルワークスの藤野英人氏、gumiの國光宏尚氏、元Googleで著書『ニューエリート』でも有名なピョートル氏。強力なコネに頼ったわけではなく、弘中がフワッと懐に飛び込み、著名な彼らと親交を深めてきた。その独特な才能?天性の資質?に周りは驚くばかりだ。

1本の電話から虎ノ門ヒルズで超豪華イベントを開催するまで

※iNTERFASE SHIFT2018は半年で企画し、自身もXRセッションをモデレートした

弘中寛太の話は、どこに着地するか見当がつかない。「6月に清水君(=株式会社ZEALS代表取締役の清水正大氏)から、『かんちゃん、お願いがある』と電話が来たんです。『いいよ、何かわかんないけどやるよ』と答えたら、『かんちゃん、最高やな』と。で、五反田の清水君のオフィスに呼ばれたんです」と弘中。この話が向かう先は、2018年12月13日に虎ノ門ヒルズフォーラムを借り切って実施したイベント、「iNTERFASE SHIFT2018 日本をぶち上げる。」だ。

弘中が、知人2人を清水氏に引き合わせ、大いに盛り上がったことから、この話は始まったらしい。刺激を受けた清水氏が、弘中に電話をしてきた。「清水君が言うんです。『日本をぶちあげるためにイベントを起こさなあかん。で、〇千万円払って虎ノ門ヒルズを押さえたんだよ。誰を呼んだら盛り上がると思う?』と。『え、決めてないの!?』と思ったんですが、僕は真っ先に留目さんを思い浮かべました」。留目さんとは、資生堂のCSOで、自らもベンチャー企業のHIZZLEを経営する留目真伸氏。弘中が留目氏に声をかけ、留目氏が元ソニー会長の出井伸之氏を誘った。弘中はさらに、國光氏をはじめ、様々な領域のベンチャー・スタートアップ界隈の有名人を呼んだ。

イベントは大盛況だった。何よりこの豪華な顔ぶれと、声がけできる弘中のフットワークとネットワークに驚く。弘中のとびきり自由な活動は、今、for Startupsの事業や活動の広がりに直結している。

メルカリ山田進太郎氏の講義に触発されて起業を志し、メディア『Q-SHOCK』をスタート

※”楽しく働く人を応援する”という志で集まったQ-SHOCKメンバー

そもそも、なぜこのようなイベントができたのか。弘中寛太とは何者なのか。弘中がfor Startupsにジョインした経緯も、着地の見当がつかない話から始まる。まずは「(猛烈に働くイメージのある)ベンチャーは全くダメだと思っていた」と弘中。穏やかでない言葉が出るのは、大学院時代に論文の研究テーマとしてブラックな中小企業を見てきたから。

その後、藤野氏の著書を読んだことをきっかけに、高倍率の面接を突破し、レオス・キャピタルワークスでインターン。その経験は「目からうろこでした」と弘中は言う。目にしたのは残業せず、少ない人数で高収益を上げ、何よりビジョンに向かって真っすぐに働く社員たち。前職の会社とは正反対だった。「そこで初めて、ベンチャーが悪いわけではない。経営の問題なんだと気づきました」。学びが多く、充実した日々を過ごした弘中は、この後、藤野氏の勧めで大学院に戻った。

「でも戻っても暇だったので、またインターンしよう」と、次に入ったのが、國光氏が率いるTOKYO VR Startups(現・Tokyo XR Startups)だった。当初は、面接で「インキュベーションって何ですか?」と聞いたほど無知だったが、縁あって入社。無類の新しいもの好きの弘中は、最先端の人や領域が集まる世界に高揚した。「その時点で、スタートアップはカッコいい、楽しそうと、僕のなかに刻み込まれました」。

同じ頃、大学では起業家講座を聴講し、OBの第一線で活躍する起業家や投資家の講義に夢中になっていた。「メルカリの山田進太郎さんの講義は、とりわけ胸に来るものがありました。本気で世界で戦うテックカンパニーを目指す話や、その挑戦の履歴をオープンにするから『次は君たちが挑戦しろ』とも。僕は最前列にいて、勘違い癖があるので(笑)、『ヤベー、これは俺が言われた』と信じ、起業しようと思ったのです」。

弘中は思ったら躊躇しない。ただしお金はない。お金がなくてもできる事業を考え、始めたのが「楽しく働く人を応援するメディア『Q-SHOCK』」だ。

「納得できて楽しいことをして生きていく」。その信念がfor Startupsの活動と共鳴

※ピョートル氏率いるプロノイアとはインタビュー後もパートナーとして関係を構築

なぜ「楽しく働く人を応援するメディア」なのかは、書き始めると長いので、ぜひ『Q-SHOCK』の実物を見てほしい。端折って説明すると、世の中には働くのが辛い人がいる一方で、大変な長時間労働をしながら活き活きとしている人もいる。ベンチャーの経営者などだ。この違いは何か。それを弘中なりに探り、拙くても自分の言葉で伝え、多くの人が働き方を見直すきっかけにしてほしいと考えたからだ。今もfor Startupsの仕事と並行して活動し、取材も執筆も弘中自身がこなしている。

『Q-SHOCK』には、豪華な面々にインタビューした記事がズラリと並ぶ。すべて弘中が一から切り拓いた縁だ。ビョートル氏との出会いも、『Q-SHOCK』でのインタビューがきっかけだ。このときはfor Startupsのみんなにも聞いてほしいと考え、for Startupsのオフィスで取材を実施した。取材は、質問が飛び交い白熱。ピョートル氏もfor Startupsを気に入り、これをきっかけに一緒にイベントを手がけるようになった。

そして弘中とfor Startupsとの出会いは、ちょうど『Q-SHOCK』を始めた頃。最初は「タレントエージェンシーって、芸能事務所ですか」とベタな質問をしたほど遠い存在だった。だが、話しているうちに、弘中の芯にある思いとfor Startupsのビジョンや活動が共鳴した。その思いとは「納得できて楽しい世界を創りたい」というもの。for Startupsが、日本からGoogleやFacebookのようなグローバルカンパニーを出そうとしていることを知り、弘中は、GoogleやFacebookはどのような会社なのかと考えた。

「例えばGoogle。昔は大学に行かなければ書物が手に入らなかった。大学に行くには、所得格差を乗り越える必要がありました。でも今はネットで論文検索ができ、本も読めます。専門的なこともすぐに調べられる。Googleは世の中のフラット化に寄与しています。日常生活でも、検索機能やマップがなければ、休みの日に遊ぶ場所も限られます。Googleは選択肢をもたらし、楽しい世界を作っている。つまり納得できて楽しさを提供しているチームなのです。なるほどと思いました。そのようなチームを生み出すことは、僕のやりたいことの一つだと気づきました」。

「ベンチャーなんてクソ」から始まった弘中のストーリーは、ようやくfor Startupsにたどりつく。

昔からみんなと違う道を行ってしまう。人と違う行動が人と違う経験に

※Team ForStaとして「世界最高のチーム」コンテストに出場し準優勝を獲得

入社するとすぐに活躍した。タレントエージェンシー事業では、エンタテインメントの領域でかなりビッグな人物を、VR×エンタテインメントで壮大な構想を描くスタートアップに紹介した。その会社には、構想実現のために手腕、経験、人脈などを兼ね備えた人材が不可欠であり、弘中が紹介した人物はまさに適任だった。さらにベンチャーの草創期から成熟期までの経験も持ち合わせていた。

その素晴らしい人物に出会えたのは一通のメールから。星の数ほど送られてくるスカウトメールの中で、弘中のメールだけが、その人物の心を動かした。「経験豊富な大人こそスタートアップに必要で、実際に多くの人が素晴らしい活躍をしている」という内容を、飾らず訥々と描いた。文面と行間に弘中の人間性がにじみ出ていたのだろう。弘中は、そんなミラクルを起こす人間だ。

「昔からみんなと違う道を自然と行ってしまう。幼稚園の頃からずっとそうです」と弘中は言う。だから、正しくは「ミラクル」ではない。人と違う行動が、必然的に違う結果をもたらすのだ。弘中も自覚している。「特殊な経験をしているのは、特殊な行動をしているからでしょう。人と違う行動をしないと、人と違うインプットは得られません。僕はずっと周りと一緒の行動は不可能でした。これからもそう。もうあきらめています」。その特性は、for Startupsで開花している。蓄積された特殊な経験値を全開にすることで、周りの人を大いに惹きつける。

弘中の活動は止まらない。「今年はもっとチャレンジします」と言う。具体化している計画は、for Startupsで新しいメディア『Evange』をつくることだ。for Startupsが支援してきた数々のCXOに、その経験を語ってもらうインタビューメディアだ。『Q-SHOCK』ももちろん継続する。両メディアのシナジーも起こりそうだ。チャレンジの目的は、やはりこれ。「日本から納得できて楽しい世界をつくる企業が生まれるように支援する。で、納得したタイミングで僕が起業します」。弘中寛太から目が離せない。

「出会いはパズルのピース」、一人一人との出会いが想像し得なかった新たな可能性に導いていく。 for Startups創業メンバーが語る。

2008年、新卒でファーストキャリアとなる会社に入社した杉本容啓。ところが、わずか3カ月で会社は解散。思わぬスタートになったが現場で泥臭い仕事もしながら、常に置かれた場で成果を出すことを目指してきた。その姿勢が、自ら進むべき道を切り拓き、for Startups(当時の社名はNet jinzai bank)の立ち上げに参画することになる。

狭いオフィスで「想い」しかなかった草創期。奇跡のように優秀なメンバーが集まっていく

「最初は、社内カンパニーとして作りましたが、立ち上げ後の一年間は、まったくうまくいきませんでした。試行錯誤の連続で、事業として成立するかもわからず、とにかく前に進もうともがいている状態でした」。杉本が口にするのは、今のfor Startupsからは想像もつかない立ち上げ当初、まだ組織の中の一事業部だった頃の話だ。

代表の志水雄一郎と杉本を含む3名で創業。当時、”日本の発展のために成長産業=インターネット領域に特化したタレントエージェンシーをやる”というおぼろげなイメージはあった。事業をやりながら、会社として具体的に何を目指し、何を成すべきかを模索していた時期だ。「志水が『もうダメかも』と弱音を吐くほどでした」と、杉本は当時の苦境を振り返る。その後、「日本の新産業創出を支援する」という目的を同じくするベンチャーキャピタル(VC)と出会い、連携して取り組むことを決める。そこでようやく「for Startups」というビジョンが明確になり、歯車が回りはじめた。

しかし、ビジョンの実現のためには、圧倒的に人が足りなかった。優秀な仲間を集めるために、杉本は、採用業務にパワーをシフトしていった。草創期の採用は「とにかく『これは!』という人に会い、自分たちの目指していることを一生懸命に語り、『一緒にやりませんか?』と伝えること。何しろまだ誇れるような実績はない、オフィスは狭い。こういう未来を実現したいという想いしかありませんでした」。想いの熱量だけは高かったためか、いつの間にか、奇跡のような優秀なメンバーが集まり始めた。例えば取締役の小原健。急成長期のグリーで、エース級の活躍をしていた人物だ。なぜか出会うことができ、社員10人未満の時期にfor Startupsにジョイン。優秀なメンバーが加わると、それが吸引力になり、さらに優秀なメンバーを引き付ける。奇跡が、いつのまにか再現性のある出会いに変わり、仲間が増えていった。

スタートアップに優秀な人を支援することの大切さとその仕事の社会的な意義を実感。

当初は、タレントエージェンシー事業のヒューマンキャピタリストをメインにやりながらの採用活動だった。ヒューマンキャピタリストとして杉本が支援した事例の一つに、マンションの一室で起業したメディア運営の会社がある。

「創業メンバーの3人が共同生活をしていました。リビングで、みんなで開発し、夜はそれぞれの部屋に寝に散っていくのです」。採用や経営などは二の次で、とにかく開発にまい進している会社だった。「最初は、ホームページから問い合わせをいただきました。資金もあまりないようだったのですが・・・、とにかく会いに行き、この会社を何とかできないかと思って支援した」。杉本は当時を振り返る。その後、VCから資金調達をして、その会社は大きくグロースする。今や高層ビルに本社オフィスを構え、社員数も3桁の規模に達している。その企業の成長に不可欠な組織メンバーの形成を杉本をはじめとする当時のメンバーたちで支えた。そのような事例はいくつもある。

for Startupsも、あまたのスタートアップと同様に、杉本を含む3人でスタートし、同じような軌跡を辿って来た。「仲間が増えることのありがたさは身をもって知っています。仲間が増えることで、今まで想像していた絵は簡単に描けるようになり、時に、想像し得なかった絵を描けるようになる。その一人が生み出す「可能性」と事業に与える「重み」を、僕ら自身が経験して感じている。だから、経営者がチームを作る上で柱となるコア人材の採用にこだわってやってきたのです」。ヒューマンキャピタリストとして、杉本は数々のCxO採用の支援をしてきた。

2017年から杉本は人事業務に専念。数々のスタートアップへの支援事例のように、for Startups自身の成長の起爆剤となる「人」の採用に注力している。「人」の力で、成長への軌跡は急角度で上がっていく。for Startupsがビジョンを実現するための影響力を発揮するためにも、常に新しい仲間を求めていく。

「日本の成長を牽引する強いチーム」を目指しfor Startupsを再構築。採用+組織創りがミッションに

人事専任となり、2018年は33名の新たな仲間を迎え入れた。急ピッチで人数が増えたことで、for Startupsは今、これまでとは違ったフェーズに足を踏み入れている。杉本に、採用だけでなく、会社を創るという大きなミッションが加わった。現在は、組織のフェーズの変化に伴って起こり得る課題を予測しながら、対処方法やあるべき姿を探っているところだ。評価制度やカルチャーをプロジェクトチームを中心に全メンバーと共に見直し、for Startupsという会社そのものの再構築に取り組んでいる。みんなを巻き込みながら、みんなの意思を組み込んで、改めてバリューの策定から始めている。目指す姿は、「日本の成長を牽引する強いチーム」だ。

「僕らは、成功するスタートアップの原理原則はわかっている」。杉本は言う。数々のスタートアップを支援してきて、感じるのは「採用や組織づくりの責任者、あるいは経営者の視座が圧倒的に高い」ということだ。高い視座を持って事業の展開、会社の未来を描き、戦略を立てる。そして、それを実現するのに必要な「人」の重要性を理解している。成功のために決定的に重要な「人」を支援するのがfor Startupsだ。

杉本は続けて語る。「人、モノ、金の経営資源のなかで、僕らは人が大事だと考えて支援しています。for Startupsも人が大事。僕が連れてくる『人』が、この会社を良くも悪くもする。そして、新しくジョインするたった一人がチームに新しい可能性をもたらしてくれる」。「勝つチーム」にするために、絶対に必要な人を迎え入れ、その人がチャレンジできる環境を整える。もちろん、元々いるメンバー全員への目配りも大切。「自分の気遣いで会社のパフォーマンスが違ってくる」。杉本は、自分が担うミッションが、for Startupsの未来を左右するほど重要なものだと自覚している。

素晴らしいチームを作れば、その姿を見て、仲間になりたいと願う人も増えるだろう。マーケットにいる優秀な人がfor Startupsにジョインしたいと思えるほどの圧倒的に魅力的なチームを目指している。

子供たちのために良い未来を残したい。仲間たち、起業家とも思いを一つにして取り組む

最後に、杉本の経歴も紹介する。学生時代はバスケットボールに打ち込み、プロ入りも真剣に考えたという。バスケか就職かで迷い、就職を選ぶ。この経験から、悩んでいる人の相談にのり、チャレンジしたい人を応援する仕事をしたいと考えた。

杉本の仕事のモチベーションは、「子供たちのために良い未来を残したい。」と至ってシンプルだ。杉本は、3歳と0歳の子供を持つ父でもある。「日本で生まれ、日本人のアイデンティティを持って育った。だから日本を応援したい。世界で存在感を発揮する日本でありたい」と杉本は言う。社内は、杉本のように子どもを持つ父・母が多い。メンバーの思いは共通だ。for Startupsが支援するスタートアップの経営者たちもそうだろう。そのような思いを結集し、良き未来を創ることに当事者として関われることが、for Startupsの何よりの魅力だ。

採用担当者としては、この魅力を多くの人に伝えたい。しかし、杉本の目下の悩みは、for Startupsの魅力を届けたい人へ、まだまだ届けることができていないこと。

「お会いして、私たちが何を目指し、どのような起業家やVCとお会いしているのか、仕事を通じて何を社会に価値提供しているのか、また、ここでしか得られない成長の機会、そして、自ら手を挙げて自分の思いを実現する事業に取り組めることなどなどをお話すれば、共感していただける方は非常に多い」。

for Startupsの構想は大きく、これから実現させていくものも無数にある。その辺りはぜひ、直接聞いてほしいという。

一人一人との出会いによってfor Startupsの目指すビジョン、そして世界観の具現化が加速していく様を見てきた杉本は、今日もまた人と会い、想いを熱っぽく語り、未完成のパズルの完成を夢見て走り続けている。

『期待していなかった出会いが、期待以上の出会いに。』コンサルティング、セールス、子会社役員、新規事業開発を経て、世界観に共感し、真っ直ぐに「やりたい」と思える事業と真摯に向きあう。

急拡大期のアドテク業界を駆け抜け、次は成長産業を支援するプラットフォーマーに

アドテクのマーケットが急拡大していた時期に、株式会社マイクロアドで活躍していた多田圭吾。充実していたが、ある日、立ち止まる。草創期の会社で色々な業務に従事し、結果的にジェネラリストになっている自分のキャリアへの疑問と、若干の燃え尽き感を覚えたからだ。次の行き先の選択肢は色々ある。だがピンと来ない。唯一、魅力を感じたのが、成長産業を支援するプラットフォーマーになるという選択肢だった。

コンサルティング、セールス、子会社役員、新規事業開発…様々な役割で活躍した5年間

多田圭吾の前職は、国内トップクラスのアドテクノロジー会社、株式会社マイクロアドだ。フリーぺーパーの営業を経て2012年に参画。「広告を情報に」という当時のビジョンにグッと来た。「技術を使って広告を情報に変えるという世界観に惹かれた」と、多田は当時を振り返る。その頃のマイクロアドは、まだ70人程度の規模。初期のバタバタ感を残しながら、急成長への道をひた走っていた頃だ。多田は、Webメディアへのコンサルティング、DSPツールのセールスのほか、業界ナンバーワンの総合PR会社である株式会社ベクトルとの合弁会社の立ち上げにも従事。合弁会社の役員も務めた。直近では、マイクロアド社が持つ豊富なデータを活用した新規事業の開発にも取り組んできた。コンサルティング、セールス、コーポレート、BizDevに経営も。実に多彩な仕事、役割を務め、マイクロアド社の成長に貢献した。在籍した5年の間に、社員数も70名から300名超へと拡大していた。

傍目には充実した5年間、素晴らしいキャリアに見えるが、多田は言う。「自分はジェネラリストで、スペシャリティがない。30歳になり、今後、どうしていこうかと考えました」。やや燃え尽き感もあった。転職の確たる意志はないままに、いくつかの会社を受けた。だが、どうもピンと来なかった。「2011年から2015年は、インターネット広告業界がMAXに成長していた時期です。業界の勢いに乗って、特別なことは何もしなくても会社が成長するという状況でした。自分も渦中にいて経験したあの刺激、あの高揚感は、どの会社にも感じられません。あれほど情熱を注げるチームや事業内容は、見つけられませんでした」。

成長産業を支援するプラットフォーマーへ。みんなのワクワク感も伝わった

少し時間を巻き戻すと、多田が、転職を視野に、スカウトサイトに登録すると、当然、様々なエージェントからの連絡が殺到した。何しろマイクロアドの成長の一翼を担ってきた人物だ。だが、エージェントに会う気もなかなか起こらなかった。「エージェントって好きじゃないんです」。あっさりと多田は言う。「エージェントにとって、自分は『売り物』だというイメージがあって、『どうせ、お金をいっぱいもらえるところに決めたいんでしょ』と見ていたんです」。

そのなかで、知人の紹介でfor Startupsのヒューマンキャピタリストに会った。for Startupsのメンバーは、多田が抱いていたエージェント像とは全く違かった「こちらにはお構いなく、『この業界がイケている』という話をひたすらするんです。でも、聞いているうちに『確かにおもしろそう』と思えてくる。『よく知ってるな』と感心もしました」と、多田は苦笑交じりに振り返る。そうして何度か話していくうちに、他の会社にはピンと来なかったが、for Startupsについては「おもしろそうっすね」と口を滑らせる。そこから何人かのメンバーと会い、結果、for Startupsにジョインすることになった。

マイクロアドで充実した日々を過ごしたがゆえに、他の事業会社に移るイメージを持てなかった。だが、「成長産業を支援するプラットフォーマー」は、真っ直ぐに「やりたい」と思えるものだった。面接で会うメンバーにも好感を持った。「みんな、いい人でした。成長産業いいよね、スタートアップいいよね、とワクワクする感じが伝わってきました。ほぼ雑談のような面接もありましたね(笑)。色々な背景の人が集まって、それぞれの得意領域で成長を支援するという世界観がいいなと思いました」。

思い思いに語るメンバーの姿は、多田に「ここでやってみようかな」と思わせた。

いわゆる"エージェント"とは一線を画す。スキルセットだけのマッチングはしない。

面接のような、懇親のようなプロセスを経て入社。その個性的なスタイルには、入社後も驚かされた。「良くも悪くも自由です」と多田。入社して少し経つと、もう誰も面倒を見てくれなかったという。「放任されていました。IT業界では中堅なので、大丈夫と思われたのでしょう」と笑う。だが、多田はそのような距離感を好む。むしろ、やりやすかった。放任といっても、周りのみんなは、聞けば答えてくれるし、自分が答えられなければ「この人に聞けばいい」と教えてくれる。多田の方から働きかければ十二分に対応してくれた。多様なメンバーが集まっているだけに、人それぞれ違ったやり方があり、正解はない。見て、聞いて、自分で取捨選択して吸収するのみだ。

「エージェントは好きじゃない」と言った多田だが、今は、多田なりの誠意と矜持を持って、ヒューマンキャピタリストとして活動している。いわゆる「エージェント」と一線を画す点として、多田は、スキルセットだけでは判断しないと決めている。常に、レジュメに書かれている情報を読み、本質をとらえ、業界や業種にとらわれずにその人が活躍できる会社、ポジションを発見しようとしているのだ。

その視点は、ジェネラリストとして、現場から経営まで幅広く経験してきた多田ならではだろう。先頃、インターネット広告大手出身の人を、急成長中のSaaSベンダーに引き合わせ、その場で、オファーが出るという支援も実現した。

個々の力をつなぐ掛け算を生み出す人間に

「『僕だからできること』って、あまりないと思うんです」、「課外活動は得意じゃないので、みんなのようにイベントやコミュニティーには行きません」等々、多田の口からは、しばしば自虐的とも思える発言が飛び出す。だが、言っているほどにネガティブではなく、多田は自分の特性を活かして、しなやかに成果を上げている。

「『自分にしかできないことをやりたい』というよりは、僕は掛け算でビジネスがしたい。営業でも開発でも、僕より得意な人がやればいい。でも、僕は、そのような人たちの間をつなぐ位置にいたいと思います。個々のスキルを掛け合わせることができれば、大きな力が生まれます。そのようなバリューを生み出す人間でありたいです」。多田は、for Startupsでやりたいことを、このように説明する。そして既に実践もしている。

ちなみに起業にも関心があるという。マイクロアド時代、いくつもの新規事業開発に携わった。for Startupsで数々のスタートアップを知り、様々な事業が生まれる姿を目の当たりにするなかで、「自分も何か目に見えるものを作りたい」という思いが湧いて来たのだ。自分自身でやるか、それとも誰かと誰かを引き合わせ、自分自身は縁の下の力持ちに徹するか。どのような形になるかはわからないが、「いつかは」という思いがある。「色んな起業家の皆さんにあって、やっぱり起業は最高のブライトキャリアだ」と多田。for Startupsで、様々な刺激を受ける毎日。冷めた口調の端々に、熱い思いが垣間見える。

スタンフォードd.School卒の元コンサルタントが経営者との『視座』の違いを痛感。『これからの日本をどうするか』という視座をもちながら働くチームへジョインするまでの思考の変遷。

「人材」は大きな経営イシュー。元デジタル領域のコンサルタントが挑む課題解決

西藤健司(にしとうけんじ)の前職は、デジタルの力でビジネスの課題を解決するコンサルタント。主に事業やプロダクトの成功を目指してきたが、もう一段上の「経営」の視点を身に着けたいと考え、for Startupsにジョインした。課題解決という仕事の本質は同じ。前職の経験も活かしながら、様々な成長フェーズにある会社が抱える、「人」という大きな経営イシューに向き合っている。多くの起業家やVCとの出会いにも刺激を受ける毎日だ。

新卒でスタートアップに参画した先駆者。選択を「正解」にするのは自分自身

西藤健司は、新卒でスタートアップに飛び込んだ先駆者でもある。東京工業大学大学院卒。在学中に「デザイン思考」を学ぶ場として、世界的に有名なスタンフォード大学d.schoolに留学した経験を持つ。そんな西藤が、新卒カードを発動したのは、デジタル領域のコンサルティングサービスを手がける株式会社ビービット(以下、beBit)。知る人ぞ知る少数精鋭の会社だ。当時は社員50人程度で、スタートアップと呼んでいいステージだった。大手日系メーカー、世界有数の消費財メーカー、大手広告代理店などの選択肢があったなかで、西藤は迷いながらもbeBitを選んだ。d.schoolで学んだことをそのまま実践でき、まさに、やりたいことができる会社だったからだ。

「選択肢が目の前にあると、どちらかが正解でどちらかは不正解のような気がしてしまいます。でも、本当はどちらも正解なのです。というより、自分で正解にすることができるはずです」。西藤は当時の心境と、今だからこその思いを口にする。

beBitでは、大企業をクライアントに、UX、CXを切り口にした収益向上やロイヤルティ向上、デジタル領域の新規事業創出などに取り組んだ。特にCX × 新規事業/サービス企画立案の取り組みは、西藤が他のメンバーと共に切り開いてきた事業だ。約5年間の在籍中に、会社の規模は50人から100人超に成長し、西藤のポジションも上がっていった。確かな足跡も残せた。

会社とともに成長した西藤は、スタートアップで働く楽しさを、「大企業で働いたことがないので、比較はできませんが」と前置きした上でこう語る。「スタートアップは、社会に価値あることをやらないと、会社が存続できません。だから、思いを持って仕事に取り組め、社会に貢献している実感もあります。動きが速く、無駄な承認プロセスもない。"自分がこの会社を作っているという実感"も持ちやすいと思います」。

for Startupsの3つの魅力。いい市場にいて、いいビジョンがあり、いい人がいる。

駆け足で過ごしたbeBitの5年間。充実感の一方で、コンサルティングを通じて、大企業の経営層や役員レベルとの会話が多くなるうちに、自分に足りないものも感じるようになった。事業やプロダクトの成功を目指す立場にある自分と、会社全体を考える彼ら。そこには「視座」の違いがあった。西藤は、何とかしてこの差を埋めたいと考えた。

「コンサルティングは、一部のスキルはつくけれど、事業運営や会社経営をするのには十分なものではない。自分は目の前の事業の成功を考えるが、経営者は、そのためにどんな人を採用し、育てるかといったところまで考える」と、痛感した西藤。より自分を高めるために、新たなステージで挑戦する必要性を感じた。「経営者の視点を持てる会社」という軸で情報収集を始めたとき、西藤の目を引いたのが、「成長産業を盛り上げる」と謳っていたfor Startupsだった。

いくつかの会社を見て、最終的にfor Startupsに決めた理由は3つ。「いい市場にいて、いいビジョンがあり、いい人がいる」。一方で、「ビジョンの実現に向かう道筋は整っていない」とも。だが、それもまた、西藤にはプラスの要素に思えた。ビジョンと人さえ揃えば、道を拓くことができる。むしろ、道が決まっていない分、自分で何とかできる余地が大きい。新卒の就職時と同様に、この選択を自分で「正解」にすることができると考えたのだ。企業の成長を支え、それが巡って日本を豊かにすることにも、やりがいと意義を感じた。

様々なフェーズの会社に関わるおもしろさ。課題解決という仕事の本質は変わらない

for Startupsにジョインした西藤は、ヒューマンキャピタリストとして活動を開始し、手応えを感じ始めている。そのおもしろさは、「色々な会社の成長のフェーズに寄り添えること」。いわゆる「人材ビジネス」をやっているつもりはまったくない。コンサルタントとして、これまでは、デジタルの力でビジネス上の課題を解決してきた。今は、向き合う課題の質が変わり、課題解決の手段が「人」になった。西藤は、そう捉えている。

「会社を10人から100人にする。100人から500人にする。それぞれのフェーズで、どのような人を採用するかは、スタートアップの経営者にとって、とてつもなく大きな経営イシューです。その課題にパートナーとして一緒に取り組めることが、非常におもしろいです」。

前職で、事業やプロダクトの課題に取り組んでいるときは、主にターゲットである顧客の目線で物事を見ていた。「人」、「組織」という課題に取り組む今は、会社の内側を見ている。視点が変わり、それだけ視野を広げることができた。転職時に抱いた「高い視座を持ちたい」という希望は、確実に実現しつつある。

たくさんの優れた起業家に会えることもおもしろいという。「スケールする会社は、会社のビジョンや価値観がしっかりしています。色々な人が集まるなかで『これは、やってはダメ』という枠を決めるより、『これを目指そう』という軸を決めている会社が強いと感じました。ビジョンに共感する人が一つの集合体になっているからです」。それは、for Startupsにも通じるものがある。

人々の目がスタートアップや成長産業に向かう社会へ。やれることはたくさんある

自らスタートアップに参画し、スタートアップの立場で大企業のビジネスを支援し、そして今度は、成長産業と数々のスタートアップを支援するようになった西藤。自分自身の経験も踏まえ、改めて、人々の目がスタートアップや成長産業に向かう社会を作りたいと決意している。

「ビジネスとしてサステイナブルで、集まる仲間も素晴らしく、ビジョンにも共感できる会社に参画できれば理想的です。でもこれは、自分次第で実現できます。就職活動のとき、『大企業が最良』という価値観を捨て、共感と仕事の内容で選ぶという観点があれば可能なのです」。西藤は、かつての自分がそうだったように、新卒からスタートアップに行くことが定着し、そして転職時にも、スタートアップの選択肢が増えることを目指す。「スタートアップはおもしろく、やりがいがあり、経済合理性もあります」。西藤は力説する。経済面で躊躇する人もいるだろう。だが、「VCなどから投資を受けていればお金もあり、将来の上場も見えている。ストックオプションも望めます」とも。

そのような社会の実現を目指し、スタートアップに対して、for Startupsができる支援は、もっとたくさんあるはず―。そう思い、西藤は今、ヒューマンキャピタリストというfor Startupsのベースの事業に取り組みながら、マーケットを冷静に眺めているところだ。コンサルタントとして培った俯瞰した視点で、for Startupsのやるべきこと、その中で、自分のやるべきことを発見していくだろう。前職での課題解決や新規事業創出の経験も、スタートアップへの支援に、直接的に活かせるに違いない。

入社から今までを振り返り、「周りのみんなは『日本をどうするか』という目線を持って働いています。普通は、目の前の目標に集中し、会社全体を考えているだけでもすごいのに、ここは、色々通り越して『日本』。自分も、より大きな視点でマーケットを捉えるようになってきました」と西藤。刺激を受け、確実に見える風景が変わってきた。求めていたものが、ここにあった。

「結局大切なことって目の前のことに熱くなることですよね?」日々進化を続ける筋トレオタクの原動力とは。

「最初はビジョンに完全には共感できなかった」と語った異色の存在が変化に気づく時。

「for Startups」というビジョンに共感して次々とメンバーが集まるfor Startups株式会社。ところが、「実体験がないから完全には共感できなかった」と、堂々と言う人物がいる。後藤大樹だ。入社後何度も壁にぶつかったが、社内のメンバーと話す中で納得。180度見方が変わり、今ではブレることなく仕事と組織に向き合う。こんな異色の存在も、様々な個性が集うfor Startupsならではだ。

for Startups, Inc. 後藤

全く知らない世界だが、話している人たちのすごさはわかった~for Startupsとの出会い

「転職する気はなく、for Startupsには、話を聞きに行くという感覚で来ました。するとそこには、自分の全く知らない世界の話を本気で話している人たちがいました」。後藤大樹は、for Startupsと出会った日を振り返る。「実体験がないので、『for Startups』というビジョンへの完全な共感はできませんでしたが、壮大なストーリーと本気で何かを目指そうとしている姿はシンプルにすごいと思いました。ここに行けば、自分がレベルアップするかもしれないとふわっとですが、イメージできました」。淡々と入社の経緯を語る後藤は、ビジョンに共感してジョインする人が大半のfor Startupsにおいて、異色な存在と言っていいだろう。

前職は、リンクアンドモチベーショングループのリンクコーポレイトコミュニケーションズ。就職活動時は、特にやりたいことがあったわけではなく、がむしゃらに本気でやれる環境を求めた。大学の4年間を無為に過ごしたことを反省し、意識が高い周囲の学生との間に生じた4年間のギャップを埋めなければいけないと考えたからだ。「当時、日本でいちばん本気を謳っている会社が、リンクアンドモチベーショングループでした」。

やると決めれば、とことんやるのが後藤だ。入社1年目は、「一生懸命、本気で、壁にぶち当たり、怒られ続けながら、ひたすらやりました」。だが、仕事に慣れ、効率的にこなせるようになるにつれ、後藤は、成長に頭打ち感を覚えるようになった。「自分がもっとレベルアップするには、外の世界も見てみなくては」という軽い気持ちで、『Wantedly』にアクセスしたところ、数社から連絡が来た。その一つがfor Startupsだった。

入社3カ月で月間MVP獲得。大活躍の半面、当初は組織への不満も噴出

自分を成長させるために、for Startupsへのジョインを決めた後藤。入社後は早速、高いパフォーマンスを出した。「TODOが先行するタイプ」、「やり続けること、量をこなすことは得意」と自負する後藤は、ふわっとした想いで入社しただけに、余計、「とにかくやらねば」という気持ちが強かった。ヒューマンキャピタリストとして誰よりも行動した結果、入社3カ月で、いきなり月間MVPを獲得した。

後藤のスタイルは、できる人の真似をすること。「それが成長の近道だから」と明快だ。周りができると評価する人が、転職の候補者と会う際には積極的に同席し、いいと思う点を取り入れた。同時に数多くの人材にアプローチし、会い、量を積み上げた。その結果が月間MVPだ。

だが、最初の3カ月間をがむしゃらに行動し、結果も出たところで、ふと我に返り周りを見てみると、for Startupsという会社は、後藤の目には極めて異質な、もっと言えば組織としては中途半端なものとして映った。

リンクアンドモチベーショングループ出身の後藤は、人事・組織・コミュニケーションのプロフェッショナルでもある。「社員50人という規模になると、トップの目が行き届かなくなるので、ミドルマネージャーを強化し、トップと現場をつなぎ、若手の採用を加速させ、組織拡大を加速させる。同時に社内の共通言語化、ルール化をすることで再現性を担保する。これが最も効率がいい。でも、ここは、マネジメントを置かずに本気でフラットな組織を作ろうとしています」。後藤は言う。今でこそ、それもfor Startupsの挑戦の一つだと理解しているが、当時は、ミッション・ビジョン・バリューはあるけれども、その詳細や具体的なことは何一つ言語化されていない、ただの個人事業主の集まりに見え、「ここは一体、何なのだ?!」と思ったのだ。後藤にとっては大いに違和感のある組織であり、何がしたいのか正直わからなかった。

for Startups, Inc.

不満から一転。for Startupsの大きな挑戦であると気づく

「彼が不満に思っているのは、傍目にも明らかでした」。他のメンバーは、今となっては苦笑まじりに振り返る。

正直辞めることも頭を過ぎったが、それだと何も変わらないし、なんとなく悔しい気がして、周りのメンバーの話を聞いて回った。「新しい人、古い人、年齢が上の人、下の人、男性、女性、数字を上げている人、少々苦戦している人にも…」。後藤は、話をするなかで、それぞれに違った悩みや苦労、目標や挑戦など、見えてくる個々の風景があり、それらを包含した上で、あえて言語化やルール化をして固定せず、各自が当事者意識を持てるフラットで柔軟な状態にしているのだとわかった。「ルール、制度を作れば効率的ですが、出来上がった組織に後から入った人は、レールをたどるだけ。工場のロボットのようになってしまいます。『Be a Talent』は、会社から社員に向けたメッセージ。まさにこの通りで、ここは一人一人のタレントがビジョンでつながって、for Startupsというプラットフォームに所属しているのです。一人で成し得ないこともプラットフォームがあるからできるのです」。

後藤は、みんなと話すうちに納得した。「代表の志水は、for Startupsにいるメリットは、社員全員が経営者の視点を持って日々の仕事ができること、当事者意識を持つことができることだと言います。私もそう思います。少ない組織なら自然にできますが、それを100人、200人規模で実現できるなら、こんなにおもしろい挑戦はありません」。

驚き、不満に思った組織の在り方は、これまで、どの組織もなし得なかったことに挑戦している姿だった。

もちろん、そう簡単ではないが、全員が当事者意識を持って考え続け、自律的に行動すれば、前に進むはず。

「結局大切なことって、目の前のことに熱くなることですよね?for Startupsも一人ひとりがもっと熱く、もっと熱中すれば、誰も想像もできない進化を遂げるはず。」

――納得した後藤は、その挑戦を見届けたいと思うようになった。同時に、前職の「常識」にとらわれ、不満を抱いた自分を反省した。180度見方が変わった後藤は、新たな決意で、再び仕事に邁進している。

for Startups, Inc. 後藤

筋トレが好き。努力が必ず実るから。決してブレない尖った個性

後藤の関心は、for Startupsだけでなく、支援するスタートアップ企業の組織にも向かう。それは、前職で経験がある後藤が、最も価値を発揮できる部分でもあるだろう。「人を紹介するときに、組織についてもヒアリングし、今後こんな問題が起きる・こんな組織にしたらいい、といった話もするようにしています。とはいえ、まだまだできていないことばかりですが」。

だが、できていないことだらけであることを、後藤は前向きに捉えている。それだけ成長の余地があるということだから。「社会人4年目にもなって、壁にぶつかり続けられることは貴重です。仕事に慣れてしまうと、そもそも壁を避けるようになります。それでは成長しない。レールがないfor Startupsで、壁にぶつかって気づき、実体験として身につける。それが将来の自分の価値になるのだと思います」。入社時に望んだ自分自身の成長。後藤は、その確かな手応えを感じている。

ちなみに好きなものは筋トレ。一日たりとも欠かさない。好きな理由は「いちばん努力が実るものだから」。努力の積み重ねが必ず成果になり、成功体験に昇華する。「成功体験が自信をつくり、自信さえあれば何でも成し遂げられる」。後藤の信条だ。「仕事も勉強もスポーツも、時には失敗します。でも筋トレは絶対に裏切らない。痛みを伴う分、成長の実感もあります」と、筋トレへの深い思いを語る。「人生も同じ。やればやっただけチャンスが巡ってくるはず」とも。

不平不満が吹っ切れた今、そのブレない精神で、再び誰よりも行動しそれを実績に結び付けている。「ビジョンはよくわからなかった」と言った変わり種も、今やシニアキャピタリストに昇格。for Startupsというプラットフォームに所属する、特に尖った一タレントだ。

『想いが仕事になる”ライフワーク”を実現する』帰国子女ママ。日本からグローバルに活躍する企業をもっと輩出したい。そのために超一流の黒子になる。

シスコ~デロイト~楽天。輝かしいキャリアの彼女がfor Startupsにジョインした理由

シスコシステムズに新卒入社し、その後デロイトトーマツコンサルティング、楽天を経て、for Startupsにジョインした清水美保。美しいキャリアの彼女だが、「これからは企業の名前で仕事できる時代じゃない。今までのキャリアは、もちろんそれぞれ素晴らしい会社でしたが、これからを生きるには不十分です。これからは“個”として何が出来るかが重要なので。私には足りないものだらけです。」と話す。
なぜfor Startupsにジョインしたのか。それは、降るように来るスカウトメールの中からfor Startupsに出会い、かねてから抱いていた課題の答えがここにあると確信したからだ。

高額な留学費用を投じて海外の学問を学ぶことへの違和感。もっと日本を強くしたい

for Startupsへのジョインを決めたのは、代表の志水雄一郎が口にする「もっと外貨を稼げるようにならなくては」、「もっと成長産業・成長企業を強くする」といった言葉の数々だ。日本の現状への危機感とそれに対して具体的に行動している点が清水の心に響いた。清水自身も、「日本は内需だけでは立ち行かなくなる」という危機感を持っていたからだ。

その危機感の原点は学生時代にある。欧米の本場のホテルコンシュルジュの仕事に憧れ、ホスピタリティマネジメントを学ぶべく、清水は高校卒業後、アメリカの大学に進学した。わざわざ国外に出たのは、当時、日本でホスピタリティマネジメントを学べる大学がなかったからだ。信念を持って進学したものの「海外の学問を、高い留学費用を払って学ぶ、つまり輸入しなければならないことへの違和感と、両親に苦労をかけたことに対する申し訳なさでいっぱいでした」。清水は当時の心境を振り返る。「この経験から、将来は、もっと日本の良いモノやサービスを海外の人に買ってもらえるようにしたいと考えるようになりました」。

for Startups, Inc. 清水みほ

大学に入学してからしばらくは言葉で苦労した。一番前の席に座り勉強するも語学の壁は高い。授業後に図書館でテープレコーダーを聞いてディクテーションをする日々。教授から「君は英語ができないからテストで良い点が取れなかったね」と言われ、悔しくて泣きながら帰ったこともあった。それでもグローバルホテルチェーンでのインターンシップに積極的に参加し、現場での経験も積み、マーケティングや経済学など経営学全般を学んだ。真摯に努力した結果、卒業時には優秀賞を獲得するまでになっていた。

インターン経験の中で現場の課題解決には会社のマネジメントサイドの現場理解と実行力が必須であると感じ、卒業後はマネジメントサイドへのキャリアを目指すことに。当時欠けていた知識はITかファイナンスであると考え、その領域での就職活動を中心にした。結果、シスコシステムズ合同会社に入社することに。

常に高みを目指し、for Startupsに出会った

for Startups, Inc.

シスコシステムズでは、日本の代理店をサポートするパートナー営業の業務に従事した。仕事は充実していたが、次第に「シスコという世界ブランドに守られている自分」に疑問を感じ、個の自分として力をつけるにはどうしたらいいかと考えるようになる。そこで清水の出した答えは、知識をつけ、実践の場も得られるコンサルティング会社への転職だった。

デロイトトーマツコンサルティングでは海外拠点設立、新規事業立案など様々なプロジェクトを経験した。ただ、コンサルティングは外部からの支援になり、自分の手で事業の売上を上げてないため、事業を成長させる力をつけたいという想いがあった。時代の流れもありデジタルマーケティングに携わる部署で採用された楽天へ。あるプロジェクトではCVRを大幅にアップさせた実績で楽天賞も獲得。

そんな清水がfor Startupsと出会ったのは、ちょっとした行動が積み重なった結果だ。「当時、決して転職をしたかったわけではありませんでした。仕事はおもしろく、働きやすい会社で上司の理解もある。強いて言えばほんの一点だけ、自分のやっていることが歯車の一つだとは感じていました。楽天という大きな会社を通じて、間接的には社会貢献しているけれど、直接影響をもたらしているわけではないと思っていました」。そんな中ビズリーチから有料プランの無料特典を受け取る機会があった。何かの縁かもしれないと思い、アカウントを開設し、これまでの経歴を登録した。すかさず連絡をしてきたのが、for Startupsの志水だった。

スカウトメールは目を通しきれないほど来た。少しでもタイミングが遅ければ、その膨大なメールの中に、志水からのメッセージも埋もれていたかもしれない。だが志水は、そのタイミングを逃さなかった。

志水との初めての会話には「なぜ成長産業を支援するか」、その課題意識と魅力が詰まっていて、内容は共感することばかりだった。話が終わる頃には、for Startupsへのジョインを真剣に考えていた。

ずっと誰かの成功や目的達成をアシストする仕事を追求してきた。その思いが結実

清水の抱いていた日本への危機感、課題感と、志水の目指す課題解決がマッチしたのは冒頭の通り。「日本を何とかしなければいけないという課題に、for Startupsは創業以来、事業として取り組んでいました。一方で自分は、課題に感じているだけで何も行動していないと思いました」。清水は、面談時を振り返る。自分も行動しなければ―。そんな思いが沸き上がった。まったく考えていなかった転職。だが、for Startupsとの出会いが、清水の背中を押した。

入社後の清水はTA(タレントエージェンンシー)とBizDev(事業開発)に取り組む。TAは当然未経験だが「勉強してできるようになることなら何でもやる」と清水。グローバルでエンジニアが足りないと言われるこの時代に、日本のSES・SI企業ではエンジニアを無駄使いしていることが多いという課題も直視し、エンジニアのキャリア支援のために、とプログラミングも積極的に勉強している。

傍目には、TAの仕事は「ヘッドハンター」と映るかもしれないが、清水の目に映る風景は違う。「目の前にあるスタートアップを支援したい、目の前の優秀な候補者の方に良いキャリアを築いてもらいたい。そのための手段が優秀な人材に良い企業を紹介すること。自分は、日本からグローバルな会社を輩出するための一ファンクションだと思っています」。かつてホテルコンシュルジュに憧れたのは、誰かの成功や目的達成をアシストする仕事がしたかったから。言わば超一流の黒子だ。これまでのキャリアの根底にもその思いがあったが、より直接的で、そして「日本の価値」を世界に発信したいという課題感に最もマッチする仕事が、TAをはじめとするfor Startupsが取り組んでいる数々の事業だ。

「常にマーケティングやテクノロジーについて勉強してきたという自負はありますが、for Startupsで学ぶことは、その比ではありません。ベンチャーキャピタルやスタートアップが見ている世界は、スピードと情報量が桁違い。その世界をここで私たちは見ることができます」。これまでとは違った、大きな手応えも感じる毎日だ。

ワークライフバランスという言葉は使わない。なぜならワークとライフが融合しているから

そんな清水は、小さな子どもを育てる母でもある。所定の勤務時間は10時~19時だが、清水は8時~17時と2時間前倒しだ。保育園への迎えがあるからだ。その分、朝は仕事タイム。とはいえ計画通りに行かないのが子育てだ。「子どもが大泣きしてしまって出られなくなることもあります」と清水。調整できる限りは家でのリモートワークに切り替えたり、イベントやセミナーに子供を連れて行ったりする。そんな柔軟な働き方ができる点も魅力だ。パフォーマンスが伴えば、働き方も含めてプロセスは各自に任せるのが、for Startupsのカルチャーだ。

for Startups, Inc. 清水みほ

周囲のメンバーからの刺激も多く、自然と学びへの意欲が湧く。朝の時間に加え、夜や週末も学びや仕事に向き合う。「以前はワークライフバランスという言葉を使っていましたが、ここに来て、それはワークとライフを分ける人が使う言葉だと気づきました。今は、ワークとライフの境目が融合しました」。ずっと抱いていた課題と仕事が結びついた今、プライベートの学びが仕事に活き、仕事の経験が人間的成長につながっている。

パワーの7割をTA、3割を自主的な取り組みに充てるfor Startupsの「7対3」の考え方。清水は、デジタルマーケティングの経験を活かし、過去に会った人材に再コンタクトを取り、新たな機会創出に結びつけるストックマネジメントに取り組みたいと考えている。刻々と変わるスタートアップのマーケット。企業と個人のタイミングが合わずに支援できなかったケースも多い。「私たちのバリューは、常にスピーディに変わるニーズをキャッチし、企業-個人双方にとってマッチしたご紹介をすること」と語る。そのために過去にご連絡を取った優秀な方に、その時に急成長している、非公開の案件が出てきた、などの情報をデータベース上でマッチさせて、双方に対して機会損失を減らす取り組みをしたい。そんな構想も次々と浮かぶ。アイデアの実現を妨げるものは何もない。やりたいこととやるべきことが一致し、清水はかつてない高揚感を持って仕事に邁進する毎日だ。

デザインの力で日本の成長産業を世界で勝たせるために。for Startupsに加わった異才。

2018年3月19日、新生for Startupsが誕生した。社名変更、オフィス移転を機に、全面的なリブランディングを図ったのだ。このプロジェクトを中心となって率いたのが石橋宗親だ。日本にCI(Corporate Identity)の概念を広めた戦略デザインコンサルタント会社などで経験を積み、以降も数々のデザインやクリエイティブのプロジェクトを手がけてきた人物だ。その豊富な経験を活かし、デザインの力で日本の成長産業を世界で勝たせるべく、石橋はfor Startupsにジョインした。

for Startups, Inc. Design Guideline Image

バイネームで仕事をしてきた特異な経歴。多様なプロジェクトに参画

「大学生時代にピーター・ドラッカーやダニエル・ピンクなどの書籍を読んで感化されてきた私は『どこどこに所属する誰々』ではなく、『石橋宗親』として仕事をするスタイルで、様々なプロジェクトに関わらせていただきました。デザイン、ブランド、クリエイティブという軸は一貫していましたが、お手伝いしていた企業の名刺を複数持ち、午前・午後・夜で役職も役割も変わる日々もありました」。石橋は、for Startupsにジョインする以前、プロフェッショナルとして領域横断的に活動していた頃を振り返る。

石橋ポートフォリオイメージ

プロジェクトは多岐にわたる。国内のアートトリエンナーレ、大手ファッション通販モール初の日本最大級のオフラインイベント、大規模なファッションウィークなどでクリエイティブやプロダクションを手がけたほか、誰もが知る世界的エンタテインメント企業のプレゼンテーションや、スタートアップ企業のクリエイティブ全般、さらに日本を代表する企業へのブランドに関する研修トレーニングにも関わった。

これらは、「石橋宗親」が手がけてきたことのほんの一部だ。石橋は、歩んできた道のりについて「様々な仕事をしてきましたが、一貫しているのは、企業、事業、製品・サービスのビジョンやブランドの過去現在未来を考慮した上で、物語を紡ぎ、目的に応じた表現や体験を設計していくことです。特に意識していることは、その体験によって”良質な記憶”が蓄積されていくことです」と語る。

勉強会などにも積極的に参加し、幅広い知識、技術と人的ネットワークを構築してきた。この前向きな姿勢と数々の実績に、「石橋宗親」に相談をもちかける人は多かった。知り合えばすぐに相談に発展することも多く、そのような人の縁で、次々と新たな仕事に挑戦してきた。

学生時代から紡ぎ続けた人の輪。出会いから始まるプロジェクトの数々

石橋の原点は幼少時代にある。母親は文化服装学院出身で、モノづくりに関して何でもできる創意工夫に溢れた人物だった。好奇心や探究心は母からの影響を強く受けていた。高校の頃からインテリアデザインや建築に興味を持ち始める。

"Dear Guggenheim", NYC 2009 ©Munechika Ishibashi

"Dear Guggenheim", NYC 2009 ©Munechika Ishibashi

しかし、大学は明治大学政治経済学部経済学科へ。建築系でも美術系の大学でもない道に進んだ。入学直後は友人と遊ぶことやアルバイトに日々を費やす平凡な学生だった。転機は大学3年次に訪れる。経営学ゼミに入り、組織論やブランド論に特に関心をもって取り組んだ。人間一人一人の個性や才能は素晴らしいのにも関わらず、企業の組織体に入ってしまうとそれらが失われてしまう当時の日本の組織文化に対する問題意識があった。

同時期に、森ビルが開催しているビジネスパーソン向けの講座、アーク都市塾(現・アカデミーヒルズ)に奨学生として参加する。イノベーションや社会のグランドデザインに興味をもち、大きな刺激を受けた。ここで、運命的な出会いもあった。1960年代から経営者に理解されるデザイン理論の確立とデザイン手法の開発をテーマに研究と実践を重ね、NTT、ブリヂストンなど約100社のCI・ブランド&事業戦略デザインなどを手掛けているCI・戦略デザインの第一人者、PAOS代表の中西元男氏との出会いだ。

※今も自宅に保管されているデザインの貴重本の数々

※今も自宅に保管されているデザインの貴重本の数々

中西氏が講師を務めていた「ブランド戦略マネジメント」のクラスが縁で出会った。中西氏から刺激を受けた石橋は、友人と共にデザイン志向の学生集団を立ち上げる。常に当たり前を疑い、本質から議論し、発想するこの集団は、後にデザイン、ファッション、ITの各分野で活躍することになる優秀な若者たちが集まっていた。この頃は友人同士でデザインの社会的意義やアイデアをよく議論し、お互いに刺激触発し合う濃い時間を過ごした。石橋はそこでデザインを教えていた。当時のコミュニティについては、「中小機構の研究報告書の中で太田睦くん(現giftee創業者)も語ってくれています」と石橋は言う。

※中小機構調査研究報告書 第3巻 第4号(通号10号)『IT ベンチャー企業の現在形』, 2011.3

※中小機構調査研究報告書 第3巻 第4号(通号10号)『IT ベンチャー企業の現在形』, 2011.3

石橋の大学生活は、こうして複数のコミュニティに身を置くことで実り豊かなものとなった。「この頃から複数の場所で活動することを意識するようになりました。別の場所で得た経験が他の場所で役立つこともありますし、お互いを結んで新しいものを生み出すこともできます。また、個々の領域を見ているからこそ浮かび上がる視座を大事にしています。なぜなら物事は一つの側面から見ても、正しい理解につながらないからです」と石橋は語る。

大学卒業後は、中西氏が率いる戦略デザインコンサルティング会社、PAOSへ(会社名は株式会社中西元男事務所)。アシスタントプランナーとしてキャリアをスタートした。「お茶の淹れ方・差し出し方から経営者との会食における気配りなど、デザインをする上でも重要となる心構え、人の気持ちを想像すること、先の先まで見通すことの大切さを学ばせていただきました」と石橋。PAOSを辞した後は、フリーランスに転じた。といっても、時にはどこかの組織に属することもあり、フリーランス活動も並行しながら、仕事を進めていた。

より大きく社会を動かしていく仕事へ

そんな石橋が、for Startupsに関わるようになったのはなぜか。様々な仕事をしていた頃、次第に友人たちが起業し始め、スタートアップ・ベンチャーの分野で活躍するようになっていた。石橋もより変化の早い新しい環境での挑戦を求めていた。「たくさんのプロジェクトを経験しましたが、次第に、『型』はどれもさほど変わらず、毎回、企画やコンテンツが変わるだけだと感じるようになっていました。そう強く感じていたのは、プロダクション業界にいた頃です。業界全体の変化の遅さも気にかかっていました」と石橋。

そんなとき、とあるWEBベンチャー企業から声がかかる。プロダクトの一人目のデザイナーを務めてほしいという誘いだった。その話に応じてジョインした石橋は、プロダクトの事業責任者と二人三脚のような形で、少しずつUX/UI改善の体制づくりを進めていった。開発チームのほとんどが海外出身のエンジニアで、CS(Customer Success)チームも立ちあげたばかりの状況だったが、若く気心の知れたチームメンバーと共に、ユーザーと距離の近い環境で仕事をしながらチームで成果を出していく手応えもあった。

しかし、大学生時代から経営とデザインの相互関係を考え、また、より大きく社会を動かしていくことに関与していきたいと考えていた石橋は、30代後半の舞台として次の挑戦の場を考えるようになる。その頃に相談していたfor Startupsのヒューマンキャピタリストが提案した候補の一つに、for Startups自体への参画があった。for Startupsもリブランディングとさらなる飛躍を目指し、まさに石橋のような存在を求めていた。双方の思いが一致した。

デザインを、ヒト・モノ・カネ・情報に続く5つ目の経営資源に

入社後すぐに石橋は、NET jinzai bankから、for Startupsへのリブランディングを手がけた。石橋が自ら作った、CGなども盛り込んだプロモーション動画は、社内でも驚きをもって受け入れられた。オフィスのクリエイティブディレクションも手がけ、早速、そのプロフェッショナルなスキルと知見を発揮している石橋だが、一方で、ヒューマンキャピタリストとしても活動している。学生時代の活動を、その後の人脈と仕事の広がりにつなげたように、石橋は元々、人の縁をつなぐことに長けている。

©Tomooki Kengaku / ©for Startups, Inc.

©Tomooki Kengaku / ©for Startups, Inc.

石橋には格別の想いがある。「私はこれまでお世話になった皆さまのおかげで様々な経験をさせていただきましたが、失敗も後悔もたくさん経験しています。デザイナーやクリエーターがぶつかる問題や悩みは、ほとんど経験してきた方だと思いますので、その部分でもこれから活躍されるデザイナーやクリエイティブ職の方々に対してお手伝いできることがあると思っています」。

それに加えて「日本の成長産業を世界で勝たせるために、日本のデザイナーの視座を広げるだけでなく、起業家・経営者に対してデザイナーの価値認識を啓蒙し、デザインが、ヒト・モノ・カネ・情報に続く5つ目の経営資源、5つ目の経営価値として認識されるようにしたい」という思いがある。ヒューマンキャピタリストは、それを直接的に実現できる仕事の一つだ。

支援した事例の一つは、いわゆるオープンポジションのものだ。企業は、特に人間中心設計専門家と呼ばれるHCD(Human Centered Design)分野のプロフェッショナル人材を募集していなかった。だが石橋は、その企業の事業展開や今後IoTや次世代モビリティの普及において、さらに複雑化する人々の体験とサービスの関係性を整理し、理論・実践・検証を繰り返しながら人々のUX(User Experience)を最適化していくには、優れたデザイナーの存在が不可欠と考えていた。接していたデザイナーの中に、まさにそれに見合う豊富な経験と視座、そして熱意を持ち合わせる人物がいた。その人物を、企業に対して「紹介」するというよりもむしろ「提案」し、企業側もその重要性を理解。ご縁がつながった。

今、国もようやく「デザイン経営」を謳い、デザインがブランド構築やイノベーションの実現において重要な経営手段であると位置づけ、様々な取り組みを開始しようとしている。石橋が、学生時代から学び、問題意識として持ち続けてきたことに、時代が重なり合ってきた。

※経済産業省・特許庁, 産業競争⼒とデザインを考える研究会「『デザイン経営』宣言」, 2018.5.23

※経済産業省・特許庁, 産業競争⼒とデザインを考える研究会「『デザイン経営』宣言」, 2018.5.23

for Startupsは、次代の社会創造に関わっていくことができる稀有な環境

石橋は、日本から世界で戦える企業を1社でも多く生み出すために、成長産業を支援しているfor Startups自体をデザインの力で進化させていくことで、その影響力を社会に広めていこうと考えている。また、時代を進化させる役割として重要となるデザイナーの地位向上にも取り組んでいく。その活動は社外にも及び、石橋は、もともと会員だった人間中心設計推進機構(HCD-Net)の広報社会化委員に参画し、今年からブランディングのプロジェクトを担当する。また、2018年12月に予定されている業界の壁を超えた日本最大級のデザインカンファレンス「Designship」のディレクションチームにも参加している。

19世紀のパリでは、街角のカフェに、当時、時代の最先端をいく印象派の画家や音楽家、詩人、哲学者など集い、才能と才能がぶつかりあうことで新しいものが生まれた。石橋は、そのような時代の機運が集中する熱狂的な場を今の日本に作りたいと考えている。「for Starupsは、そのような場の一つに成り得ると思います。個性も才能も兼ね備えたメンバーが次々と集い、何年も先を見据えて事業を起こす起業家やベンチャーキャピタリストらとの対話や議論を重ねながら、次代の社会創造に関わっていくことができる稀有な環境になっています」と石橋は語る。

「私は、デザイナーにとって重要なことは、何がつくれるかということよりもむしろ、世界や社会に対する認識や未来に対する価値観や倫理観なども含めた『視座』をいかに持つかが重要であると考えています。なぜなら、その視座によっては、同じ才能や技術がある人でも、生み出すものも、生み出し方も、異なってくるからです。for Startupsには、”for Startups”という揺るがないビジョンのもとに、もともと視座の高いメンバーが集っていますが、常に視座を高めていくためにも本を読んだり、様々な学びの機会に主体的に参加してチームに共有したりと、お互いに高め合う環境がとても良いと思っています。また、私たちはこれからの社会の様々な分野に関わっていくからこそ、リベラルアーツを意識しながら学び、研鑽し、多様なものの見方・理解をしていきたいと考えています」。

石橋は、これからも1つの場所に留まるのではなく、デザインという切り口で新しいものを生み出したり、新しい場を創り出したりしていくのだろう。その活動は、巡ってfor Startupsとあまたのスタートアップ企業にも価値をもたらすことになるだろう。とんでもない異才が、またfor Startupsに加わった。

"untitled", SEDONA 2008 ©Munechika Ishibashi

"untitled", SEDONA 2008 ©Munechika Ishibashi

生活、そして社会を本質的にアップデートさせていく。次代を見越して日本のものづくりに対する価値の再定義に挑む。

世界で戦えるリアルテック企業を生み出したい。事業創造に直結する夢のある仕事

NET jinzai bankからfor Startupsへ。社名変更は、インターネットセクターだけでなく、あらゆる産業における有望スタートアップを支援していくという会社の姿勢の表れでもある。その変化を受けて、「自分の出番だ」とばかりに新たにジョインしたメンバーがいる。ものづくりに魅入られ、世界で戦えるリアルテック企業を一社でも多く支援したいという熱い思いを持つ神宮司茂だ。航空宇宙、医療、ロボティクス。神宮司の前に、魅力的なマーケットが広がっている。

神宮司茂のインタビュー

民間企業が人工衛星を打ち上げる時代へ。まるで「下町ロケット」の世界

「支援している企業の一つに、人工衛星の設計開発と、人工衛星から得られるデータ提供を手がけるベンチャー企業があります。かつては、人工衛星や宇宙開発は国しかできないもので、民間の出る幕はないと思われていました。でも超小型衛星の技術を磨き、民間でも打ち上げられるようになったのです。100グラム軽くなると打ち上げ費用が1億円安くなるそうです。その会社は、独自性の高い素晴らしい技術を持ち、世界を見渡しても高いコスト競争力を有しています」と、目を輝かせて話すのは神宮司茂だ。

「まるで『下町ロケット』です。都内の一角にオフィスを構え、研究、製作している横で商談も。ものづくりの現場を間近で見られるワクワク感がありますね」。一見普通のオフィスビルに見えても、やっていることは最先端だ。人工衛星から得られる画像データの用途も多様だ。地図はもちろんのこと、損害保険や小売など様々な業界が可能性を見出している。言わば宝の山だ。この会社に限らず、多くのリアルテックのスタートアップにとって、その素晴らしい技術や貴重なデータを最新のビジネスに展開し、広めていくことができるコンサルタントやテクニカルエバンジェリストが加われば、成長の強力なエンジンとなる。

「昔のように、いいものを作れば売れる時代ではありません。お金をかけてCMを打てばいいという話でもない。ピッチコンテストへの登壇や、インフルエンサーとしてSNSなどで拡散するなど、技術やプロダクトを広め、潜在的なニーズも含めて、それを必要とする人につなげることが重要です」。そのようなことに長けた人材が必要だと、スタートアップ企業に提案し、成長への道筋を作る。for Startupsで、神宮司が情熱を持って取り組んでいるのは、そのような活動だ。価値ある技術を持つ素晴らしい企業の数々を、自らの手で世の中へ、世界へと打ち出していく決意だ。

自らスタートアップに身を置き、素晴らしさを実感。その経験を広めたい

神宮司は、元々、弁理士を目指していた。日本企業の競争力の源泉である知的財産の世界に魅力を感じたためだ。卒業後、1回だけの挑戦と決め、残念な結果に終わったものの、知的財産に関わる仕事をするという夢は捨てなかった。そして、入社したのがアスタミューゼ株式会社だ。知的情報データベースや技術活用コンサルティングを手がける、知的財産領域のベンチャー企業だ。入社当初は、マンションの一室にオフィスを構え、社員も10人ほど。絵に描いたようなスタートアップだった。神宮司にとっては、学んできたことを活かし、新しい技術やビジネスが生まれる支援ができる魅力的な仕事だった。2008年に入社し、約10年間在籍した。

「その間にオフィスは3回移転、そのたびにフロアは広くなり、社員は、退社する時には60人近くまで増えていました」。スタートアップが成長していくプロセスを、中にいるメンバーとして経験。「得難い経験で、やりがいも大きかった」と神宮司は言う。だが、神宮司にとって、最もやりがいを感じながら楽しく働けたフェーズは、30人規模の頃だった。「その頃の組織は、いい意味でカオス。言ってみれば全員野球です。ポジションがきっちり分かれているわけではなく、臨機応変に、あらゆるポジションを守るような世界でした。幅広く、何でもできる環境で、成長実感を持てました」。

神宮司は、もう一度、その経験をしたいと思った。また、自ら身を置き、素晴らしい経験ができた「スタートアップ」への特別な思いもあった。「スタートアップで得られる価値をより多くの人に知ってもらいたい」、「多くの人にスタートアップで活躍してほしい」その思いを、ストレートに実現できるのが、for Startupsだった。

神宮司 茂のインタビュー

最適な人材を投入することで、世界で戦える会社に変革も。夢あふれる仕事

for Startupsを、「最初は人材紹介の会社だと思いました」と、神宮司は正直に打ち明ける。だが、すぐに違うとわかった。「いわゆる紹介業と違うのは、事業創造に直結していること。今、私がやっているのは、形だけを見ると求職者の支援です。でも、立ち上げたばかりで、自分たちにどのような人材が必要なのかもわからない会社に、『このような考え方、動き方ができる人が加われば、事業が大きく伸びるのでは』と提案し、実際にそのような人をご紹介する仕事なのです」。良き技術があるのに、それを広める手段のない会社に、最適な人材を投入することで、世界に名を轟かせる会社にも変革し得る。for Startupsでの仕事をそのように理解し、神宮司の夢は膨らんだ。

前職の経験から、神宮司は、多くのユニークな技術を持つ会社を知っていた。加えてfor Startupsでは、投資家目線の情報も得ることができる。神宮司は早速、これはと思ったスタートアップにアプローチし、入社早々、その会社に最適な人材を紹介できた。それは、AIを活用して、CTやMRIといった医療画像を診断するソリューションを展開する会社だった。医師が人力でやっていた画像診断を、AIの活用で精度高く実施する。効率化とヒューマンエラーの回避という点で、医療機関のニーズをしっかりとつかんでいることに加え、画像が集まるという点もポイントだ。「このような高度な個人情報は、普通は、集めようにも集められません。でも、これはビジネススキームの一環で収集、蓄積できるのです」と、神宮司は解説する。医療画像のビッグデータ×AIは、必ずやイノベーティブな医療サービスの創出につながるだろう。

このやりがい、将来性、社会的意義の三拍子そろったスタートアップに紹介したのは、医療機器の営業経験を持つ人材だ。より時代にマッチしたものを提案できる仕事にシフトしたいという意向を持っていた。医療知識、経験、前向きな意欲を持ち合わせた人物で、引き合わせた途端に、両者は意気投合した。パズルのピースがピタリとはまるような素晴らしい支援ができた事例だ。

神宮司茂のインタビュー

NET jinzai bankからfor Startupsへ。今後はリアルテックにも注力。そのキーマンになる

既存産業から成長産業への人材の移動―。これは、日本の産業界全体の課題とも言えるだろう。実際に、世界で戦えるリアルテックの領域では、意外な既存技術を活かせるケースもある。IoTやロボティクスの領域で、組み込みエンジニアが脚光を浴びていることは、よく知られているが、こんなケースもある。「印刷機械のメーカーで機械設計を担当していた方が、自動運転のロボットを作る会社に移ったケースを知っています。既存の技術は、意外なところで親和性があるのです。私も、企業からお話を聞いて、なるほどと思うことが多いです」と、神宮司は言う。

多様な領域の技術知識を持つ神宮司でさえ、こうだ。仕事に邁進するなかで、知識がせまく深くなりがちなエンジニアにとっては、自分の技術が、他業界でどう活きるのかを知ることは難しいだろう。オープン技術を使うインターネットやWebの業界と異なり、製造業は、知的財産の塊である技術を秘匿することが多い。自然と、社外の人との交流や情報交換の機会は乏しく、最新の技術動向へのアンテナも鈍くなりがちだろう。

「機械系のエンジニアの方は、個人の特性ではなく、業界の特質上、閉じてしま人が多いです。そのような人に、いかに新しい世界への扉を開けてもらうかが課題です」と神宮司。彼らを表舞台に引っ張り出し、世界で戦える成長産業への移動を促す。そして日本のものづくり、および、既存のものづくりから進化した新しい産業を発展させる―それが、神宮司の強い思いだ。そのための一歩として、今、オンラインでの情報発信のほか、コワーキングスペースなどエンジニアが集まりそうな場所に出向いてリサーチするなど、オンオフ両面で活動中だ。いずれはfor Startupsで、ハードウェア系のエンジニアを集めるイベントやアイデアソンの実施、官民を巻き込んだものづくり支援の活動も実施していきたいとする。

Web・オンラインサービスが巷に溢れている時代だからこそ、あえて日本らしいものづくりに回帰することが必要だと神宮司は考える。インターネットやWEBサービスが進化しても、人がそれを体験するには、フィジカルな要素が必要だ。スマホ・タブレット・PC以外にも、生活者の行動にもっと溶け込むようなインターフェースやデバイス、IoT製品があっても良い。優秀な方々がリアルなものづくりに回帰することが、結果的に、生活、そして社会を本質的にアップデートさせていく。for Startupsにとっても新たな挑戦とも言えるリアルテック支援を通じて、日本のものづくりに対する価値の再定義をしていくことが、次代を見据えて日々精力的に活動する神宮司の目標だ。

世の中にとって必要な価値を創り出す。成長産業領域に特化した情報プラットフォーム『STARTUP DB』のプロダクトオーナーとして新たな挑戦。

寺田裕也は、新卒で株式会社ウィルグループ(以下、ウィルグループ)に入社した。だが、人材ビジネスに興味はなかった。当時、ルイ・ヴィトンを擁するコングロマリット、LVMHのような企業体を目指すと謳っていたウィルグループ。

そこに価値創造の可能性を感じて入社したのだ。その後、縁あってfor Startupsへ。社会人スタート時の思いは今も変わらない。寺田にとって、for Startupsは人材の会社ではない。新しい価値を創造する会社である。

人材ビジネスに興味なし。新しい価値が生まれる場を求めてウィルグループへ

ルイ・ヴィトン、ブルガリなど数々のラグジュアリーブランドを傘下に持つ世界的なコングロマリット、LVMH(モエ ヘネシー・ルイ ヴィトン)グループのような企業体を目指す――2010年、寺田裕也が就職活動をしていた当時、こんな大それたビジョンを掲げていたのが、ウィルグループだった。世の中に新たな価値が生まれる場にいたい。新たな価値を創る側になりたい。そう考えていた寺田は、このビジョンに共感し、新卒でウィルグループに入社した。グループの中核企業は人材派遣の株式会社セントメディア(以下、セントメディア)だが、人材ビジネスへの興味はゼロ。あくまでも新しい価値を創造できる可能性があると感じて入社を決めた。

しかし、もちろん、入社後に従事するのは人材ビジネスだった。セントメディアに配属され、人材ビジネスのど真ん中とも言える大手企業への提案営業と、派遣スタッフのコーディネート業務を担当した。時には、コールセンターの請負プロジェクトの一員として、自ら電話をとるスタッフになったことも。大手クレジットカード会社のコールセンター案件を受注したり、事業部の売上拡大に貢献するなど実績は残したが、入社から3年半余りで、次第に、次の挑戦の場を求める気持ちが強くなった。

転職も視野に、元々興味を持っていたネット関係の業界や企業を調べ始めたとき、同じウィルグループのfor Startups(当時はNET jinzai bank)への異動の打診が来た。「これはチャンスだ」と寺田は思った。価値創造の実感が持てなかった当時。業務に邁進し、実績を出しながらも、自分で事業を作りたい、新しい価値を生み出したいという思いが消えることはなかった。「当時のNET jinzai bankは、これから事業を作るフェーズにありました。ネット業界に興味もあり、注目していたので、これはおもしろそうだと思ったのです」。2014年7月、寺田は迷わず、当時はまだ10名もいなかったNET jinzai bankへの参画を決めた。

とあるベンチャー企業の海外事業誕生を間接的に支援。介在価値を発揮できた感動

それから3年余り。ヒューマンキャピタリストとして活動してきた寺田だが、「人材ビジネス」ではなく、「新しい価値を創造するビジネス」に携わっているという思いは、参画当時も今も変わらずに持ち続けている。そんな寺田にとって、忘れられない支援事例がある。とあるベンチャー企業A社に対して、海外事業進出を担う事業責任者を紹介した事例だ。

「候補者の方は南米のある国に住んでいて、現地の日系企業で、カントリーマネージャーとして活躍していました。ただし会社都合で日本へ戻ることになり、彼は、そのまま現地で働きたいという希望を持っていたことから、転職を考えていました」(寺田)。当時、現地の案件はない。だが、たまたま寺田の脳裏に、少し前に読んだ、A社の社長が南米の国を訪問したエピソードを紹介していた記事が浮かんだ。「何かつながりがあるかもしれない」と、寺田はほぼ直感に頼り、営業担当とともにA社に提案に行った。実はこのとき、A社は水面下で複数の海外展開の構想を持っていた。A社の密かなニーズに、その候補者は適任の人物だったのだ。

「とはいえ、海外で事業を立ち上げる話なので、素晴らしい人でも、すぐに採用というわけにはいきません。その方とA社がともに現地で事業検討を行い、事業可能性があると判断して採用に至りました」(寺田)。数カ月後、A社から海外事業スタートのプレスリリースが出た。「あれは感動しましたね」と、寺田は振り返る。「あのとき、僕が候補者の方を提案しなければ実現できなかった事業だったと思います。自分の介在価値を実感でき、まさに新しい価値が生まれる瞬間に立ち会えたと思いました」。これこそが、寺田のやりたかったことだった。

持ち前の行動力と好奇心で活躍。スタートアップの価値と世界観をもっと発信したい

だが、決して最初から順風満帆だったわけではない。今でこそfor Startupsは、起業家や投資家が支援を求めて訪ねてくる存在になったが、寺田の参画当時は、まだまだ支援実績を積み上げるのに懸命なフェーズだった。社内で教えあうような余力もない。「支援先の会社はWEBサービスもあればゲームもあり、BtoCもBtoBもありました。社内にノウハウも溜まっていないので、業界や職種を絞ることなくひたすら情報収集し、様々な企業を訪ね、社外イベントでネットワーキングをするなど、全方位的に活動していました」。

セントメディア時代に培った営業力と行動力に加え、持ち前の好奇心で愚直に活動と知識を積み上げ、少しずつ支援実績を増やしていった。これらの行動が実を結び、月間支援実績の社内ギネスを記録したことも。寺田は、着実に歩みを進めていった。

転職意向度がない方や、スタートアップに興味のなかった方に、成長産業、スタートアップのマーケットの話や日本の国際競争力、未来像の話をし、気持ちを動かすことも多い。「成長産業、スタートアップのマーケットについて、まだまだ知らない方は多いです。スタートアップにジョインすることの価値や魅力、世界観をもっと伝えていかなくてはいけないと思います」。寺田は、決意を新たにする。

日々進化する、成長産業領域に特化した情報プラットフォーム『STARTUP DB』!新たな価値と機会を創造するメディアへ

STARTUP DB

新しい価値、情報の発信手段として寺田が注力しているのが、2018年/5月/31日にローンチした『STARTUP DB』(https://startup-db.com/)だ。『STARTUP DB』は、国内成長産業領域におけるスタートアップ・ベンチャー企業のデータベースと、起業家・投資家の方々のインタビューコンテンツや業界・企業分析などのSTARTUP DB編集部による独自リサーチコンテンツを統合した情報プラットフォームだ。

投資家や起企業家が集まるfor for Startupsだけに、彼らからのメッセージなど、『STARTUP DB』でしか読めないコンテンツを打ち出していくこともできるだろう。既にスタートアップに何らかの関心を持って、情報収集をしに来る層だけではなく、『STARTUP DB』が扉となり、この世界を知らない潜在層も取り込める内容にしていく。

ローンチ当日は、日本経済新聞、ヤフーニュース、THE BRIDGE、CNET Japanなどでも次々と取り上げられた。翌日も、日経産業新聞や週刊アスキーで紹介される。、ソーシャルメディア上でも数多くシェアされて、大きな話題となった。

「ネット業界の人だけでなく、スタートアップ各社は、コンサルや金融、商社など既存産業にいる優秀層も求めています。彼らがこの世界を知り、意思決定の材料にもなり得る情報を、色々な角度から精度高く発信していきたいです」。寺田は言う。多くの人にとって、チャレンジするきっかけとなるような情報を発信するつもりであり、それはfor Startupsだからこそできることでもある。昔も今も、変わらずに願い続けてきた新しい価値の創造。寺田は今、それを本格的に実現できる環境にあり、実現できる手段も得た。ますます行動量を増やし、この手で世界を変えていく決意だ。

大手志向から新卒でスタートアップへ。原体験から語る『人の可能性を最大化させる成長産業の魅力』

120%以上の努力ができる環境を目指して転々。for Startups, Incで見つけた天職

大学4年次、村上修一はあえて内定を蹴って就活留年の道を選んだ。内定先の大手企業で働く社員が魅力的に見えなかったからだ。進学も就職活動も順風満帆に来て、初めて立ち止まった。二度目の就職活動ではスタートアップベンチャーを目指し、株式会社クラウドワークスへ。同社では精力的に働いた。しかし、次第にもっと自分にとってチャレンジできる環境はないだろうかと考えるようになる。その答えを探すために訪ねたのがfor Startups, Inc.だった。村上は、そこで天職を見つけた。

何にでもチャレンジできる貴重な20代。順風満帆から一転。最適な場所を探し続けた

知人がfor Startups, Inc.を介して転職した縁で、村上は同社を訪ねた。「ここで、ヒューマンキャピタリストに『20代という何にでもチャレンジできる貴重な時間を過ごすのに相応しい、急成長、急拡大している環境は他にたくさんある』と言われました。その言葉にとても納得がいったのです」。最初の就職活動をした大学4年次から、形を変えながら持ち続けていたモヤモヤ感が解消した瞬間だった。村上は、自分を最もストレッチさせられる環境を、ずっと求め続けていたのだ。

両親が口にする「一流の大学から一流の会社へ」という価値観の下、系属の高校から早稲田大学に進み、大学4年次の就職活動でもレガシーな大企業から内定を得ていた。だが、何かピンと来ないまま就活留年。この時、学費を稼ぐためにスタートアップ企業でアルバイトをし、そこで初めて仕事の楽しさを知る。テレアポ、事務、提案営業、イベントと裁量を持って一人で何役もこなし、一つ一つ習得していく体験に喜びを覚えたのだ。

スタートアップ、ベンチャーというキーワードで二度目の就職活動に臨み、縁あって入社したのがクラウドソーシングのプラットフォームを展開する株式会社クラウドワークスだった。

創業社長の描く世界観や事業展開にも共感。ようやく納得づくの就職ができ2年間無我夢中で走り続けた。

…しかし、村上の心は再び揺れる。新規事業の担当に抜擢され、社外のCXOクラスのプロフェッショナル人材に多く会う機会を得て、最前線で活躍する彼らの人生に触れたことにより、新たな知的好奇心が湧いてきたのだ。「世の中には自分の知らない世界がたくさんある」と知ってしまったからだ。

最初の一カ月は感動の連続。著名な起業家や投資家と会い感銘を受ける日々

転職を希望する一候補者として訪れたfor Startups, Inc.で、冒頭の言葉を得た村上。ようやく視界が開けたような感覚を覚えた。for Startups, Inc.に出会った時の高揚した気分を、村上は忘れない。刻々と変わり、スピーディーで、躍動感と将来性にあふれたスタートアップの世界。そこに身を置くことの価値。魅力的な話と共に、その場でいくつかの会社を打診された。しかし、村上が最も心を動かされたのは「いっそのこと、for Startups, Inc.に来たらどうですか」との言葉だった。翌日、すぐに10人ほどのメンバーと会い、意気投合。迷うことなく参画を決めた。

入社してからも、高揚感は続いた。「最初の一カ月は感動しまくりでした」と、村上は笑う。for Startups, Inc.には有名なアントレプレナー、ベンチャーキャピタリスト、これから伸びるスタートアップの創業者が来ては、様々な話をしていく。目の前に、今までとはまったく違う風景が広がっていた。「著名なベンチャーキャピタルの方と飲みも行きました。25歳の僕が。普通はそんなことできないですよね」と村上。彼らの素晴らしい人格にも触れ、自分もスタートアップの世界で力を尽くそうと決意した。

迷いを経て進むべき方向を見つけた村上は、「天職だと思います」と言う。今は、かつての自分のようなモヤモヤした思いを持つ人達に、この世界を知らせようと、ヒューマンキャピタリスト業務に邁進する。既に支援実績も上げている。先日は、大手商社の投資部門で活躍していた女性を、ほぼ成功が確実視されている金融事業のスタートアップに支援した。その彼女は、投資業務を通じて、実際にスタートアップの世界を見聞きしていた。それと比べ、今いる環境は成長スピードが遅く、このままでいいのかと悩んでいた。村上より遥かにビジネス経験豊富な人材だが、村上は、臆することなくスタートアップの素晴らしさやそこで実現できることを、自分自身が覚えた感動と共に伝え、彼女の背中を押した。「いい支援ができました」と、村上は手応えを感じた。

若い人材をスタートアップへ。人と企業の双方の可能性を引き出す支援を目指す

それは、まさに理想とする支援事例だった。村上は日頃、学生時代の友人と会うことも多い。「定型化された仕事に面白みがないと不満を抱えている人もいますし、定時までの時間が長いと嘆く人もいます」。村上は言う。そんな嘆きを聞くたびに、「こっちの世界に来いよ」と言いたい気持ちでいっぱいになるという。for Startups, Inc.が目指すのは、優秀な人材を成長産業に再配置し、世界で戦える強いチームを作ること。そのビジョンに深く共感しているだけに、くすぶっている若き人材がいることを、本当にもったいなく感じるのだ。

「人間、努力すれば何でもできる」が、村上の信条だ。マンモスの大手企業に潜り込みさえすれば、無難に日々を過ごして給料をもらうことも可能だろう。でも、「それでいいのか」という思いが、村上にはある。大手とは対照的に、「スタートアップには100%、いや120%、150%と努力すればするほど、目に見えた結果が返ってくる環境がある」と村上。一人一人がストレッチすることで日本を元気にし、日本の競争優位性を上げたい。これがfor Startups, Inc.のビジョンと重なる村上の思いだ。

商社の女性の事例のように、村上は、成長産業に優秀な人材を、特に若手を投入したい考えだ。伸びしろのある若手の加入は、企業成長の原動力となる。また、人材の側も、若ければ、スタートアップで得た濃密な経験を、再び新たな挑戦の場へと還元する機会もあるだろう。旅立った若手と古巣の会社がタッグを組み、さらなるビジネスが生まれるかもしれない。若いうちからスタートアップへという機運を醸成することで、企業と人の様々な可能性を引き出したい。それが、村上の実現したいことだ。一つでも多くの支援事例を作ることで、そのようなエコシステムのサイクルを作りあげていく考えだ。

for Startups, Inc.をテクノロジーの会社へ。膨らむ夢。120%以上の努力できっと叶う

そのような思いを持つ村上にとって、for Startups, Inc.の立ち位置は理想的だ。自分自身がスタートアップに参画しても、貢献できるのは、その1社だけだ。for Startups, Inc.なら一歩離れ、人という側面から支援することで、間接的により多くのスタートアップに影響を及ぼすことができる。また、「for Startups」というビジョンのもと、村上はその他の支援方法の可能性についても様々なアイデアを考えている。例えば、支援先のスタートアップにメンバーとして参加し、自らの経験を活かして、スタート時の垂直立ち上げに貢献するような動き方もいずれは可能だろう。 for Startups, Inc.は、実におもしろく、絶妙な立ち位置と言えるだろう。

また、入社したばかりの新鮮な目で見渡すと、社内にもやりたいことや改善したいことはある。例えば、ITの会社であるクラウドワークスにいた村上には、IT化したら効率的になると感じられるプロセスやポイントも多い。「前職の経験から、テクノロジーの力で売上を伸ばせると理解しています。人が増えても足し算でしか売上は増えませんが、テクノロジーなら掛け算で増えます。まだプロダクトレベルで具体化しているわけではありませんが、エンジニアチームの充実と、テクノロジー企業へのシフトに貢献していきたいです」。村上のもう一つの夢だ。

for Startups, Inc.は、このような意見を言うことに社歴も、社会人経験も、年齢も関係ない。また技術力と企画力、推進力を兼ね備える優秀な人材が多数いて、良きアイデアはどんどん実現できる。この柔軟さと互いを尊敬しあう気風も魅力だ。信条は努力。「コツコツと積み上げる人、最後の最後まで目標達成のための努力ができる人が、最もパフォーマンスを発揮できるのではないでしょうか」と村上。自分もそうありたいし、これから入る人にも、そうあってほしい。120%以上の努力と成長を実現できる仲間の参画を待っている。

文系大学院からビジネスの世界へ。情報革命のど真ん中で知的好奇心を満たし、「最適解」を探し続ける。

真面目で不器用。人一倍時間をかけ、人一倍候補者のことを思うスタイルで活躍中!

華々しいキャリアを誇るタレントぞろいのfor Startups,Inc.で、人一倍真面目で不器用というキャラクターで渋い光を放つ人物がいる。院卒でウィルグループに入社し、後にジョインした岡本麻以だ。好奇心旺盛で書籍を読み漁り、世の中の情勢やスタートアップの最前線の情報をどん欲に吸収した結果、いつの間にか安定してパフォーマンスを上げる人材に。この刺激的な領域で、当事者として関われることに大きなやりがいを感じている。

for Startups,Inc.だからこそ得られる情報と視点。これほどおもしろい仕事はない

「これほど知的好奇心が満たされる仕事、環境はない」と、岡本麻以は目を輝かせる。大学院でスポーツビジネスを学び、院卒でウィルグループに入った変わり種だ。その後、人事異動で、立ち上げ間もないタイミングでfor Startups,Inc.(当時の社名はNET jinzai bank)にやってきた。ビジネス、経営、組織などに関する様々な本を読み漁り、研究し尽くす姿勢は大学院仕込み。ビジネス寄りの人材が多い社内で、キラリと光る岡本の個性だ。投資家や起業家から聞くビジネスの最前線と未来の姿、刻々と変わっていく世界など、for Startups,Inc.だからこそ得られる情報も多い。彼らと、そして候補者と対峙するためには膨大なインプットが欠かせない。岡本は、嬉々としてそれに取り組む。

「最近、読んだ本に、20世紀の終わりに起こった計画経済から市場経済への移行の話が書かれていました。それは今、情報を巡って起こっていることと同じだと感じました。大企業が情報を集約していた時代から、ブロックチェーン技術の台頭で情報が分散化する。計画経済から市場経済への移行時に議論されたサービスや組織のあり方の変革が、また起こるのではないか…。などと考え始めると興味が尽きません」。岡本は興奮気味に話す。

それは、for Startups,Inc.という俯瞰した立ち位置にいるから思い至ることでもある。事業会社にいたら、なかなか知る機会のない世の中の大きな流れを知り、知るだけでなく、新しい事業やチーム、企業を人材という側面から支援することで、その流れに当事者として関与することができる。「それが本当におもしろい」。岡本は言う。

for Startups, Inc.(フォースタ)

大学スポーツの市場化を研究していた大学時代。ビジネスを知るために就職

岡本がウィルグループを選んだのは、グループにスポーツ関連の人材ビジネスの会社があったからだ。スポーツビジネスを学んだ大学院時代。特にアメリカ留学中に知ったカレッジスポーツの世界に感銘を受けた。一大マーケットとなっているアメリカの大学スポーツ。いつか、日本でも大学スポーツの市場化を実現したいと考えた岡本は、まずはビジネスを経験しようと考え、企業への就職を決意した。そこで出会ったのが株式会社ウィルグループだ。

入社後の配属は、人材派遣のセントメディアだった。入社1年目で、通常のフィービジネスの派遣事業とは違うビジネスモデルでの大口案件の獲得をミッションとする部署に異動となり、見事に単月5000万円の案件獲得に成功。半期のMVPを獲得するなど活躍した。一定の達成感を得て、社内外を含めて次の挑戦の場を考え始めた矢先に、当時のNET jinzai bankから誘いの声がかかった。インターネット領域のビジネスには疎かった岡本だが、志水をはじめとするメンバーと話し、「日本の未来を創る上でおもしろいことをやっている会社」と感じ、ジョインすることに。

だが、自他ともに認める不器用なタイプ。決して、華々しくロケットスタートを切れるタイプではない。最初はもがいた。当時から、様々なタレントを持った人材が集まるfor Startups,Inc.で、岡本は「コツコツと積み上げるしかない」と腹をくくった。土地勘のないインターネット領域で、どこから手をつけたらいいかもわからない。「ならば社内の人に聞くのが早いと思いました。時間を割いて勉強会を開いてもらったり、お客様訪問に同行したりと、時間投資に徹しました。あの頃は朝から晩まで、人一倍働いていたと思います」と、岡本は振り返る。

for Startups, Inc.(フォースタ)

不器用だから人一倍努力する。圧倒的な情報量と選球眼、先見性を目指す

その努力は、確実に岡本の力になった。不器用は変わらず、今もフル稼働。メインの仕事はヒューマンキャピタリスト業務だが、他のメンバーと自分を比べ、「社内で唯一 、毎月、コツコツと実績を積み上げるタイプではないかと思います」と、岡本は自身を評する。社内には、得意の業界や領域を絞ってアプローチするタイプもいれば、候補者の心をつかむことに長け、スピーディーに新たな活躍の場へと導くタイプもいる。

岡本は誰とも違う。領域を絞らず、幅広くアンテナを張る。その理由はこうだ。「インターネット業界は短いサイクルで流行り廃りがあり、個人の人生のサイクルとギャップが生じます。今、流行っているものに飛びついて、その会社を勧めたとしても、それがその人にとっていい会社とは限りません。世間的にどんなにいい会社でも、そこでその人が活躍できるかどうかは別問題です。私が未来を見通せるような広く深い知識を身に着けることで、候補者にとっての最適解を見つけたいのです」。岡本は、圧倒的な量の情報を得ると同時に、情報の選球眼と先見性を持つことを目指す。それが自分の介在価値だと考えるからだ。

「思い返すと、最初は引き出しがの中身が空っぽの状態でした」。岡本は苦い思いで振り返る。そこから2年余り。引き出しは満杯だ。しかし次々と新産業、新潮流が生まれるインターネット業界だけに、次々と空の引き出しが現れ、そこにまた詰め込む。「その積み重ねで、今では『この人には、こんな会社がいいだろう』という軸ができ、自信を持って勧められるようになりました」。その結果が、安定のパフォーマンスだ。

毎日のフル稼働は、岡本にとっては知的好奇心を満たす楽しいプロセスだ。人一倍時間をかけるが、その成果を目の前の人に、どこかの会社に、ひいては世の中に還元できる。こんなにやりがいのある仕事はない。

for Startups, Inc.(フォースタ)

個人の価値の最大化が企業、そして日本の価値最大化へ。素晴らしい仲間と共に

「候補者にとっての最適解を見つけたい」と、岡本は言う。通常、次の社会を創るような今後世界で勝てる企業を人の側面から支援するビジネスを行っていれば、企業側の都合ばかり考えがちであるが、for Startups, Inc.のメンバーは、人の人生に影響を与える仕事を行っていることに自覚を持ち、やりがいや経済合理性、そしてその人自身の可能性をしっかりと理解することに務めている。岡本は、人一倍、人に寄り添う姿勢が強い。個人の価値を最大化することが、企業の、日本の価値の最大化につながると信じているからだ。for Startups,Inc.が掲げるビジョンへ、目指す頂への思いは、他のメンバーと何ら変わりはない。for Startups,Inc.という会社への思いも人一倍だ。「これほどブレないビジョンを掲げ続け、それを実行に落とし込める組織は他に類をみないと思うのです」と、岡本。

色々なバックグラウンドを持った仲間も魅力的だ。オフィス内の情報交換も活発でお互いの知識も経験も惜しみなく提供する。「なぜだろう、と考えてみると、いい人がそろっているということは大前提なのですが、そもそも一人で情報をもっているよりも、みんなで共有した方が、より大きいインパクトを世の中に提供できるとみんながわかっているからだと思うのです」。岡本は言う。for Startups,Inc.の掲げる壮大なビジョン。道のりは遠く、一人で行くより、力を合わせたほうが早くに近づけるとわかっているからだ。その姿勢は清々しい。だから一人一人が成長し、支援実績も増え、会社全体が成長するという好循環になっているのだろう。その一員として、for Startups,Inc.には珍しい「不器用キャラ」として、岡本は個性を存分に発揮しながら、挑戦を続けていく。

日本の人事部?国力最大化?既存転職エージェントの限界を感じ、for Startupsへ。日本の未来を見据え、転職エージェントの枠を超えた挑戦とは

タレントぞろいのfor Startups, Inc.で異色の存在感を放つ男。投資家と起業家の出会い創出に挑戦中

for Startups, Inc.では少数派の人材業界出身。食品メーカーのルート営業からスタートし、起業まで経験をしたそのキャリアは、極めて泥臭い。異色の存在である佐藤宗徳(さとう むねとく)がジョインしたのは、より多くの刺激と自己成長をすると共に、既存のエージェントの問題点を自覚したからだ。気軽に足を踏み入れたfor Startups, Inc.は、想像以上の刺激に満ち、入社から4年が経過しようとしている今、佐藤の展望は大きく広がっている。

感性と経験で仕事をしていたエージェント時代。自分に足りないものを痛感

「人材紹介に携わって14年程の時が経過をしました。社会に何かしらのインパクトを残したい。その為に、自分に足りないものを得るためにfor Startups, Inc.(当時のNET jinzai bank)に参画しました」。佐藤宗徳は、for Startups, Inc.のメンバーでは少数派の人材業界出身者だ。for Startups, Inc.に入る前の10年間の中で、多くの失敗をしました。「適正な市場感・業界情報・経営者との対話によって得た企業の魅力と、可能性を理解出来なかった為による適正なアドバイスが出来ていなかった」と、佐藤は苦い思いを噛みしめながら説明する。

人事担当とだけ会い、案件をもらい、紹介して決まれば終わり。かつての佐藤だけでなく、世の中のエージェントの多くがそうだろう。「会社の存在意義、ビジョン、社長の人柄や経営者としての資質・格、投資家の評価。for Startups, Inc.では当たり前に知っていることを、以前は何も知らずに、自分の感性と経験でやってしまっていた」。佐藤は失敗の理由を振り返る。

タレントぞろいのfor Startups, Inc.だが、佐藤のキャリアは極めて泥くさい。その点でも異色の存在だ。社会人のスタートは食品会社のルート営業。もっと自分が出来ることの強みを発揮したいと転職を決意し、大手人材サービス会社のハイキャリア層の人材紹介へ飛び込む事を決意するも全くと言って良い程に通用しなかった。そこで得た経験と、自らの欠点を克服し、起業を決意し、7年間戦い続けた。徐々に自分に足りないものを自覚するようになった。必要な知識、人脈、とりわけベンチャーキャピタルや起業家とのネットワークを築く事である。正しい情報をしっかりと理解して、価値ある転職支援をしたい。佐藤はそう思い、その願いが叶う環境に身を置こうと決意した。

佐藤宗徳 forStartups, Inc.

まだ一チームだったfor Startups, Inc.。だが求めていたものはすべてここにあった

自らの価値を知る為に、あらゆる紹介会社に足を運んでみた。各社魅力はあったのだが、人生を掛けて戦いたい環境が見つからなかった。その中で志水と出会い、共に戦う事を決意した。心から尊敬出来る経営者であり、自己成長も出来ると確信した。

当時、for Startups, Inc.はセントメディアの一部門で、セントメディアの持株会社であるウィルグループも、上場前夜だった。「企業ブランドは全く関係がない。一人の男性に心から惚れたんです」。今となっては笑いながら振り返る佐藤。

当時も今も、for Startups, Inc.の存在意義は「for Startups!」だ。なぜ、それを目指すのかを説明する志水の話は筋が通り、佐藤の腹に落ちた。ブレない軸に加えて、ベンチャーキャピタルとのリレーションやそこに連なる数々のスタートアップ、起業家といった佐藤が求めていたものも、for Startups, Inc.にはあった。まだ会社ですらなく、「志水率いる一チーム」だったfor Startups, Inc.で、佐藤は生き生きと働き始めた。

佐藤宗徳 forStartups, Inc.

幸運な出会いを実現。大企業のエースを社員数名のスタートアップへ

志水が、初対面の佐藤に「本当にやりたいこと」を語り掛けたように、佐藤も今、候補者に接する時に同じような感覚で仕事をする。「転職をする事が目的ではなく、その方の価値・可能性を理解し、より輝く事が大事なんです」。相手の心の中にあるやりたいことを引き出し、佐藤の側からは世の中のトレンド、業界動向、個別の会社や経営者、投資家の評価などの持てる情報を余すことなく伝え、タイミングと縁がピタリと重なるベストな出会いを探る。昨年ご支援した候補者数名の方が、COOに就任された。成長産業に飛び込んだ事で、驚く程のスピード感で成長を遂げている候補者様と共に、もっともっと自己成長をしていく。輝ける場を提供し続けている。

forstartups感謝祭のメンバーと

for Startups, Inc.で得た高い視座。投資家と起業家の出会い創出による創業支援に挑戦中

for Startups, Inc.にジョインして4年が過ぎた今、佐藤が取り組んでいるのは、投資家と起業家の出会いの創出と、成長産業に参画する面白さを世に伝えることだ。入社時に望んだ通り、ここで数多くのベンチャーキャピタリスト、起業家に会い、勝ち筋の会社が勝つ理由を知った。ヒューマンキャピタリストとして、それらの情報を広め、多くの人の挑戦を後押ししてきた。だが、もっと裾野を広げたい。起業家が投資家と気軽にコミュニケーションをとることで、起業のハードルを低くし、さらにそこに有能な人材がジョインすることで、成長の確度を上げる。その実現のために現在、ベンチャーキャピタルと起業家と新たな施策をし、コンテンツを世の中に拡散していくことを計画中だ。for Startups, Inc.での4年間で、佐藤の描く展望は大きく広がった。

佐藤にとってfor Startups, Inc.は、決してエージェントではない。人材業界出身の佐藤は少数派で、大多数の仲間は、自ら事業会社で事業を作り、けん引してきた経験を持つ。その豊富な経験で、自らがスタートアップに乗り込みテコ入れすることもできれば、スタートアップを産むための有益な仕組みづくりもできる。ビジョンに沿えば何をしてもいいfor Startups, Inc.で、極めて高い戦闘能力を駆使して、ヒューマンキャピタリスト以外の事業にも精力的に取り組む仲間ばかりだ。もっともっと自己成長をしたい!社会的価値を発揮したい!そして何よりも成長産業を支援したい。もう一歩も二歩も踏み込んだ挑戦を実践する仲間に囲まれ、佐藤も今、挑戦中だ。

『おもしろき こともなき世を おもしろく』幕末志士の如く奔走。LEON系オヤジが構築を目指す、現代版文明開化の礎。

『感動』で明るい未来を。「おもしろきこともなき世をおもしろく」と詠んだ高杉晋作のように

前職GMOではマネージャとして事業部を牽引し、現職for Startupsでもシニアヒューマンキャピタリストとして高いパフォーマンスを発揮している泉。行動力の源泉は『感動を生む事』だ。かつては提案で顧客を感動させ、今は日本の未来を作る国内スタートアップの素晴らしさを伝えることで、一人でも多くのビジネスパーソンに感動を届けようとしている。「現在、国内の就労人口は6,000万人もいるのに、インターネットテクノロジー業界の就労人口は20万人程度しかいません。新たな情報で感動した人が前向きに一歩踏み出せば、日本はもっとおもしろくなるし、日本の国力低下に歯止めを掛けられる。」そう信じて泉は走り続けている。

自らを雑草と称するたくましさ。独学でWebマーケティングを学びインターネットの世界へ

「for Startups社の中で、僕がいちばん雑草感あるんじゃないですかね(笑)」。と泉は言う。

大学はこの業界には珍しい体育学部出身。サッカー選手として膝を悪くした経験からフィジカルトレーナーの道に進み、Jリーグのセレッソ大阪や名古屋グランパスエイトでトレーナー経験を積み、学生ながら愛知国体チームの帯同トレーナーとして成年・少年の部を担当した経験を持つ。

とはいえ当時は就職超氷河期。スポーツ業界も冷え切っており、それ一本で飯を食うのは相当厳しい状況だった。知り合いの紹介でアウトソーシングの会社に入社し、現場を丸ごと請け負う部署で法人営業のイロハを学ぶ。営業、といってもスーツを着るのは週二日程度でその他は半ばガテン系の仕事。物流倉庫やイベント設営の現場で頭にタオルを巻き、腰から工具をぶら下げながら50名~100名程度の部隊を率いて業務を遂行した。

その後、転職した金融業ではセールスとして一定の成果を出していた頃、経営戦略の一環としてインターネット事業構想が上がり、泉がその立ち上げの責任者を担うことになった。

まずはウェブサイト制作の代理店事業からスタートし、1年で10名を雇用できる程の事業部となった。だが、程なくウェブサイトを作るだけでは意味がないことに気付かされる。

「ある時、お客様から『泉さんの勧めでサイトは作ったけど、全然お客さんが来ないよ』と相談を受けたのです。そこから独学で学んで、Webマーケティング事業を始めました」。

当時はまだ、Webマーケティングの黎明期。図らずもこの領域に、初期のうちから飛び込むことになった。より本格的に学び、実践するためにGMO TECH株式会社(前GMO SEOテクノロジー)に転職。今につながるキャリアを歩み始める。2010年のことだ。

泉インタビュー

トップコンサルタントとして活躍。一方でテクノロジーにおける日本の課題にも直面

GMOグループ入社後すぐに実績を作り、わずか半年で全グループアワードにノミネートされ、それ以後もトップコンサルタントとして活躍。泉が心がけていたのは、クライアントの要望を俯瞰した目で捉え、期待以上の提案をすることだ。「要望に対して100%で返せば、クライアントは満足する。でも120%以上だと満足が感動に変わるのです。その瞬間が好きでした」。感動した担当者は、その体験を社内に広めてくれる。とあるナショナルクライアントでは期間限定プロモーションの担当から、最後には各事業部を横断した全社マーケティングプロジェクトを請け負うようになるなど、泉は倍々で売上を伸ばしていった。

「世界で使われているインターネットプラットフォーム事業で、made in Japanが殆どない。日米インターネットの歴史格差は20年ほどの開きがありますが、技術革新のスピードからすればそろそろmade in Japanが生まれてもいいはず、、と疑問に思っていました」。

GMOへのジョインから約4年が過ぎようとしていたその頃、とあるメディアのなかで「インターネットテクノロジーで日本を勝たせたい」と語っている人物がいた。Net jinzai bank(現for Startups社)代表の志水雄一郎である。

以前IT企業関係コミュニティで、泉は日本の人材業界トップクラスのインテリジェンスで有名人だった志水の存在を耳にしたことがあった。「ちょっと変わった人がいて、スピンアウトして新しい会社を作ろうとしている」…そんな噂話だ。頭の片隅にあった志水と、自分が課題に思っていたことが一直線につながった。泉はすぐに志水に会いに行き、今までにない衝撃を受けた。そして、その思いや人柄に惹かれ、迷いなくジョインすることを決めた。

より多くの人に新しい世界を見るきっかけを。そして本質的な価値をマーケットへ提供していく

勿論人材紹介業の経験はない。「でも、何とかなるかなと思いました(笑)」。プライベートで開催しているネット業界関係コミュニティでは、そこで初めて会った人同士が、数カ月後には一緒に新しいプロジェクトに取り組んでいる…というようなことが珍しくない。「for Startupsでやることは、人と人の“結節点”を紡ぎだすことと同じだと思っています」。

これまでは自ら事業を推進する側だったが、今後は最適な支援をする側になる。そう考え、「何とかなる」と思ったのだ。苦悩した時期も乗り越え、現在泉はシニアキャピタリストとして活躍している。

「アスレティックトレーナーを目指していた事も重なりますが、支援サイドが自分の性に合っていると思った」。

事実、支援サイドへと立ち位置を変えたとき、以前はいかにテクノロジー産業の一面しか見ていなかったかも痛感した。また、NET jinzai bank(現for Startups)ジョイン時は10名も居なかったが、今では50名に届く勢いで成長してきている。

泉は言う。「ビジョンドリブンで素敵なメンバーが続々ジョインしてくれています。しかもみんなピュアでハイパフォーマーばかり。このカルチャーは簡単に真似できないものがある。」

定量を追いかけながら、定性としてビジョンを後付けする組織運営が大半な中、for Startupsの考えはその逆を行く。

「定量から追いかけると、やがて人や組織は疲弊するし視野も狭くなりがち。でも弊社は世のモノサシの中で、マーケットに本質的な価値を提供し続ければ自然と定量が達成されるカルチャーがある。そして、全メンバーが体現しようと日々活動している。だから強い。」

また、組織が若い分、仕事終わりに社内で飲みに行くメンバーも多い。時には夜遅く付き合う時もあるが、「20代30代メンバーに紛れても、なんとか付き合い切る」。

世界に目を開けば世の中はもっとおもしろくなる。幕末にも似た時代が到来

『Wake up!』は、インターネット・IoT領域の最前線の動向を、プレーヤーであるベンチャーキャピタルや気鋭のスタートアップ企業が自ら発信するイベントだ。直近では、スポーツ×テクノロジー(Sports Tech)をテーマに、スポーツ領域でARやウェアラブル、IoTなどのビジネスを展開するスタートアップ6社の経営陣が集結した。リアル産業×テクノロジーのX-techは、新ビジネス創出のトレンドだ。金融、不動産、小売などの非IT産業に身を置いている人も、知見を活かして新たなステージに挑戦できるチャンスが到来している。泉は、この熱気をより多くの人に伝えようとしている。

「スタートアップ各社が目指す世界観を、あらゆる人に届けたいです。『Wake up!』も回を重ね、非ITの領域の人も少しずつ来てくれるようになりました。彼らがテクノロジーの世界に初めて触れると、そこに感動が生まれます。その瞬間を目の当たりにするのが好きなのです」。かつて営業で、感動を生み出すことに心血を注いだように、今、泉はまた新たな領域で感動の伝道師になっている。

泉のルーツは山口県(生まれ育ちは大阪)。幕末に高杉晋作を生んだ地だ。歴史上の人物の中で特に好きなのも高杉晋作。彼の辞世の句、「おもしろき こともなき世を おもしろく」は、まさに今の泉の心境でもある。みんながもっと色々な世界と、そこで起きていることを知り感動して一歩踏み出せば、 世の中はもっとおもしろくなるはず。

泉は言う。「面白くない世の中を〝面白い!〟と思えるかどうかは自分の心の置き所次第ですよね。でもそれじゃつまらない。本当に世の中を面白くしないと。」

高杉晋作ら幕末の志士が日本を〝文明開化〟へぐっと進めたように、泉もこの手で、世界に羽ばたく日本の新産業の後押しをすべく、これらの活動をしている。 実際、ここ数年で支援したいくつかの会社は順調に成長している。

周年記念のイベントに呼ばれる等、 年々勢いを増す姿を目にするとき、自分の活動が実を結んでいることを実感するのだ。 世の中のあらゆる人に“感動”を届けながら、泉は今日も走り続ける。

グローバルの競争環境を知る町野が挑む『日本の競争力革命』

競争意識が高く刺激を受ける環境を求めてfor Startupsへ。日本全体に高い競争意識を生み出したい

「何で僕が1位なのだろう?」。前職の会社で、町野史宜は疑問に思った。人材×ITで急成長中の優秀な若手が集まる会社だったが、当時町野は物足りなさを感じていた。ならば他の人材系企業のトップコンサルタントと接し、自分の立ち位置を知ろうと活動を始めた。、その中で出会ったのがfor Startupsだ。優秀かつ圧倒的に努力する仲間たちに目を見張った。

オーストラリアでキャリアを得るために努力する人の姿に感服。心に刻んで帰国

町野は、新卒で入った通信関連企業を辞めた後、オーストラリアに行った。当時リーマンショックの煽りで日本経済が混乱している中、自分よりも年次の高い方がどんどん辞めていくのを見て、そのまま勤めることに違和感を感じたからだ。その後「とりあえず海外を見てみたい」という軽い気持ちからだったが、滞在しているうちに大学院に行くチャンスを得た。1年間、人文社会学を学び、充実した日々を過ごしながら、日本との違いも実感する日々だった。「大学院では僕が一番年下でした。みんな、社会に出た後に、キャリアを得るために学びに来るのです。年齢関係なく、切磋琢磨する環境に身を置き、日本もそうなるといいと思いました」。町野は振り返る。キャリアを得るために尽くした努力が自分の武器となり、ステップアップしていける社会。その経験は、町野の中に強い印象を残した。

大学院修了後、帰国して再就職先に選んだのは、前職のレバレジーズ株式会社だ。人材×ITを軸にメディアや人材ビジネスなどの事業を展開している当時はまだ小さいベンチャー企業。前職時代の経験から”成長”と”自社の社員も含めた人を大事にする”という軸で転職活動をし、関係者全員の幸福の追求という理念に魅かれて入社を決めた。町野は主にエンジニアの育成やキャリア形成に関わる仕事に従事していた。常に成果を出し続けていたが、ある日ふと引っ掛かりを覚えるようになった。「気が付けば僕が一番、数字を上げていました」。それが町野の「引っ掛かり」だ。当時、任されていた仕事はエンジニアの就・転職の事業部の立て直し。町野が異動した時点では、まだ赤字の部署だった。町野は仲間とともに改善を重ねて数か月で黒転させ、単月でも大きな収益を出すまでに立て直した。その後中途入社してきた優秀な人材も加わり、さらなる拡大の道筋が見えてきた矢先だった。

町野 

外の世界を見ようと一歩踏み出したとき、NJに出会った

ごく普通に数字を出し続けていた町野。「気が付けば僕が一番で、他のメンバーと比べてもダブルスコアの結果を出したこともありました。指導した後輩も、異業種から転職してきて3カ月で、社内ギネスを獲りました。嬉しい気持ちもありましたが、『結果を出してきたし、業務の量も多く、質も高い自負もあるが、まだ上には上がいるはずだ』という思いのほうが大きかったです」。そこで町野は、競合調査と称して他のエージェントを訪ねてみることにした。その過程で会った一人が、for Startups代表の志水雄一郎だった。「初めて志水に会い、彼の掲げるビジョンを聞いた時、自分が志水と同じ年齢になった時に果たしてこれだけ高い視座で働けているだろうかという焦りを感じた」と町野は振り返る。

そしてこのときもう一つ、町野が抱いている思いがあった。オーストラリアで考えた、努力して武器を得た人がステップアップできる社会を、日本でも実現したいというものだ。その思いを具現化する取り組みとして、町野はレバレジーズで、デジタルハリウッドと共同で、エンジニア養成スクール『ジーズアカデミー』の立ち上げ時期に運営支援として携わった。「コンセプトは、『起業したいというほどの覚悟と優秀さを兼ね備えた人たちが集う』という尖ったもの。入学にも特異なテスト実施する厳しい内容にしていましたし、30人のクラスで4人くらい起業したと思います」。町野はそこに競争力の高さを感じた事業としてもレバレジーズの認知度を上げ、収益面でも貢献した。町野は、このような競争意識を生み出す取り組みを日本全体でやりたいと考えていた。それは、強いスタートアップを育てて日本の発展をめざす志水の話とも重なり合うものがあった。

普通にやっていて1位を獲れてしまう、言わば「浮きこぼれ」状態に悩んでいた町野にとって、日本一のヘッドハンターである志水と高い志を持つ仲間がしのぎを削り、日本を勝たせるために活動しているfor Startupsは、共感でき、挑戦するにも相応しい場所に思えた。

町野

2016年8月、町野はfor Startupsにジョインした。今でこそ、スタートアップ企業にCxOから、数々のメンバークラスの転職を支援し、実績を出しているが、最初は苦労した。前職でやってきたこととのギャップが大きかったのだ。裏を返せば、それが他の転職エージェントにはない特異性であり、for Startupsの価値でもある。

「前職ではいかにマーケティングコストをかけずにエンジニアを集め、転職につなげるかがポイントで、高い収益を出していた素晴らしい戦略でした。支援先も人材の受け入れ余地がある大手企業が多く、スキルマッチを判断することが一番重要視されていました。」。その勢いで、町野は10人のエンジニアに会えば3~4人の転職は支援できたこともある。だが、for Startupsは違う。「その方の感性や価値観、ビジョンへの共感など様々な要素が複合して、初めて支援ができます。それも代替の利かないたった一人の人を支援する。それは若手クラスを支援する時も同じです。そのスタートアップ企業をグロースさせるのに欠かせない人材を支援するために、その方に、その会社にいく意義を、納得のいく形で伝えなくてはいけません」。町野は言う。

会社説明の必要もない大手企業。そこに支援できさえすれば、みんなが嬉しい。そんな状況が一変した。町野は、自分とfor Startupsのメンバーとの間で、圧倒的な視座の高さの違いを感じた。乗り越えるために猛烈に努力した。「以前の環境と違い、今は三倍努力しても1位を獲れません。他社ならきっとエースを張っている人が集結して、なおかつ努力するので、並大抵の努力では追いつけませんでした」。町野は振り返る。

だが、苦労はしたが苦しくはなかった。努力する人に囲まれ、刺激を受ける環境こそ町野が望んだものだからだ。「上には上がいる。日本は広いと感じましたし、世界はもっと広いでしょう。for Startupsは努力する人が多く、その空気に今、自分も引き上げられています」。町野の前には、挑戦せずにいられない高いハードルがある。

町野

キャリアを突き抜けさせる方法は一つではないと伝えたい。舞台の一つがスタートアップ

「僕は、コツコツ努力するのは得意なんです」と町野は笑う。これから仲間になる人には、「コツコツやれてプラス想像力ある人が向いているのでは」とも。「この市場とこの方、この企業とこの方は親和性がありそうだと、沢山のインプットを基に想像を巡らせる。日本を勝たせるという発想を前提に市場を想像したり、目の前にいる方の中長期キャリアを想像するとともに、この方がスタートアップで活躍したらこんなサービスが生まれるのではないかと考えたり。妄想でいいのです。こうなると思う、こうなると楽しいでしょ?と候補者の方に話せるくらいの人が向いていると思います」。町野は、そんな前向きな想像を楽しみ、想像から新たな発想を得ている。

そんな町野が今、取り組んでいるのは、イベントやSNSなどを利用したスタートアップのコミュニティー作りだ。イベントでは、自らもモデレータとして登壇する。「皆さん、順当なキャリアでないと上に行けないと思っているのです。でもそうではない。何回転職してCxOになった人もいます。新卒で入った会社をあっという間に辞めたけど、今はCxOという人も。突き抜ける方法は一つではない。色んな道がある。そう伝えたいです」。

健全な競争があり、努力して自らを高めた人が勝てる社会に。大学院時代からの思いはブレない。その舞台がスタートアップであり、そのような支援を積み重ねれば、きっと日本が変わる。町野はそう信じて、今日もコツコツと努力を続ける。

<後編>『ヒューマンキャピタリスト』って何? ~世界基準のマーケット創造を目指して~

前編では『ヒューマンキャピタリスト』の三人が実際にどのような考えのもと、日々どんな活動をしているのかを伺いました。後編の今回は、彼らが今後どのような方向に事業を展開させていくのか、をお話ししてもらいました。

スタートアップに行くことがメジャーとなる世の中を目指し、サービスの横展開と垂直統合へ

今後のネットジンザイバンクの展開として、どのようなことを考えていますか

恒田:私はとにかく今、仮想通貨に興味があって(笑)。企業の成長という観点では、これまでは上場や会社譲渡が資金調達の上での一つの通過点でしたが、ICO(仮想通貨による資金調達)という新しい方法ができて、上場しないという成長の仕方が出てきたのがおもしろい。東証のルールに則らずに新しい世界観で成長していく企業が現れるだろうし、するとそこで働く人にも、これまでの常識にとらわれない報酬のもらい方やモチベーションの持ち方が現れるはずなので、そこに大いに興味があります。この年末年始で、仮想通貨の取扱高が30兆円から90兆円に急拡大しました。世界中のお金を集めても900兆円、世界中の上場企業を集めた時価総額が9000兆円。そこに90兆円の市場が現れたのですから、新しい感覚や価値観が誕生した瞬間を見たと思っています。

そうなると私たちの仕事も大きく変わるでしょう。個人的には、人はお金のために働くわけではなくなると思っていて、では何のために働くのかという答えを、まずfor Startups, Inc.が示さないといけません。その答えを出せない会社は採用できずに、衰退していくのではと思っています。

for Startups, Inc.恒田

清水:個人的な展望としては、成長産業支援プラットフォームとしてのfor Startups, Inc.(旧:NET jinzai bank)が、スタートアップに関わるあらゆるサービスを垂直統合していきたい。人材系のサービスは、やたらと分岐するんです。例えば職種特化や新卒専門、新卒理系専門など、本当に数が多く、ユーザー側としては迷いやすいのではないでしょうか。スタートアップ企業に役立つサービスだけでなく、学生の頃からスタートアップに目が行くような、スタートアップに行くことがメジャーなキャリアとなるようなサービスを、フルラインアップでそろえたいですね。

もう一つは、今、for Startups, Inc.はWeb系、アプリ系の企業の支援が中心ですが、領域をさらに横に広げていくという展開は、三人の共通認識としてあると思います。

六丸:ありますね。

清水:素材、バイオ、創薬、ロボ、電力、航空宇宙とか技術開発系のスタートアップにも資金が流れているなかで、それらのスタートアップのトップオブトップを支援していきたいです。うちにもこのような領域の優秀層にジョインしてもらえるといいですね。for Startups, Inc.がマーケット・オフィサーを作りたいです。

for Startups, Inc. 清水和彦

『ヘッドハンティングをやりたいです』という人はいらない。いずれfor Startups, Inc.から起業家を輩出へ。

for Startups, Inc.でできることとは何でしょう

清水:for Startups, Inc.は、ヒューマンキャピタリスト業務だけでなく、何でもできるんです。いい人を採用すれば、その人がいい事業を作って会社を伸ばしてくれる。だから何をやってもオッケーで、羽ばたきたい人が自由に羽ばたける会社なんです。

恒田:よく勘違いされるのは、”スタートアップ専門の転職エージェント”と思われること。これダサいですよね(笑)。私たちがやりたいのはスタートアップ支援プラットフォームなんです。

清水:そうですね。本当は、for Startups, Inc.は自分が事業をやれるし、事業のトップを張れる。むしろ「ヘッドハンティングをやりたいです」という人はいらない。投資先のスタートアップに行って働くことだってできるし、それは実際にやってもらおうと思っています。既に人事はやっているし、エンジニアやデザイナー、会計士などへも展開中です。アンドリーセン・ホロウィッツやグーグル・ベンチャーズのように、採用支援ではなく、人を投入してアクセラレーションをサポートしていくという構想は、僕も持っています。for Startups, Inc.にはそのような拡張性があるし、ウチの人材、スキームを活用して起業したっていい。

あと、for Startups, Inc.から起業家を輩出するのは一つの夢で、何しろこれだけすごい起業家と投資家に会えるのだから、ビジネスアイデアだって生まれるでしょう。それを社内でやってもいいし、独立するならfor Startups, Inc.の起業支援プログラムを発動させますよ。

for Startups, Inc. 恒田と六丸

清水:for Startups, Inc.は、ヒューマンキャピタリスト業務だけでなく、何でもできるんです。いい人を採用すれば、その人がいい事業を作って会社を伸ばしてくれる。だから何をやってもオッケーで、羽ばたきたい人が自由に羽ばたける会社なんです。

恒田:よく勘違いされるのは、”スタートアップ専門の転職エージェント”と思われること。これダサいですよね(笑)。私たちがやりたいのはスタートアップ支援プラットフォームなんです。

清水:そうですね。本当は、for Startups, Inc.は自分が事業をやれるし、事業のトップを張れる。むしろ「ヘッドハンティングをやりたいです」という人はいらない。投資先のスタートアップに行って働くことだってできるし、それは実際にやってもらおうと思っています。既に人事はやっているし、エンジニアやデザイナー、会計士などへも展開中です。アンドリーセン・ホロウィッツやグーグル・ベンチャーズのように、採用支援ではなく、人を投入してアクセラレーションをサポートしていくという構想は、僕も持っています。for Startups, Inc.にはそのような拡張性があるし、ウチの人材、スキームを活用して起業したっていい。

あと、for Startups, Inc.から起業家を輩出するのは一つの夢で、何しろこれだけすごい起業家と投資家に会えるのだから、ビジネスアイデアだって生まれるでしょう。それを社内でやってもいいし、独立するならfor Startups, Inc.の起業支援プログラムを発動させますよ。

ビジネススクールに行くよりずっといいですね

清水:そう!その通り。ビジネススクールで、大金を払ってでも講座を聞きたい方がゼロ円でウチに話をしに来ますから。何人も何十人も。起業に必要なリソースもすべてある。

最後に、for Startups, Inc.でどんな働き方ができるかを教えてください

恒田:働き方も、仕事の進め方も人それぞれ。for Startupsというビジョンのなかで、自分はどういう課題を見つけてどう解決するのかは本人に委ねられています。私は入社して一年ですが、振り返ると本当にスルッと好きなことをさせてもらってきました。普通はどこの会社も、入社すると、過去の人たちと戦いながら結果を示してのし上がらないといけないじゃないですか。でもここは、自然に私のスタイルを受け止めてくれました。それが多様性の強さだと思います。たとえ私が倒れても、六丸さんがいて、清水さんがいて仲間がいる。そう思うと安心です(笑)。

恒田:六丸さんは家族とのバランスがすごいんです(笑)

清水::いちばん実績を出しているのに、これだけ家族を大事にしている。保育園の送り迎えもして、理想形だと思います。

六丸:最近、お子さんのいる女性も入ってきて、8時-17時で働いています。能力はあるのに時間的制約があって活躍できない人ほど、悩んでいると思うので、そういう人にとっては、もしかしたらfor Startups, Inc.は最大限のパフォーマンスを出せる場になるかもしれませんね。ごく普通に、自然なこととして多様性が認められていることが、働きやすいと思います。

清水:for Startups, Inc.は、多様性が大好きです。

清水:本当にそう。新しい仲間を迎えて、さらに多様な個性が活躍する会社にしたいですね。

<前編>『ヒューマンキャピタリスト』って何? ~世界基準のマーケット創造を目指して~

NET jinzai bankは、スタートアップ企業に優秀な人材を配置することで、成長を最大化させることを目指して活動する会社。いわゆる人材紹介会社やヘッドハンティング会社とは、立ち位置もコンセプトも異にする。ヒューマンキャピタリスト業務を担うNET jinzai bankで活躍する3人のヒューマンキャピタリスト(清水和彦六丸直樹恒田有希子)に、仕事の内容や「キャリアコンサルタント」や「採用コンサルタント」との違いを聞いた。

NET jinzai bankが目指すのは企業やマーケットの成長支援。日本にブレークスルーを起こすクライアントを100%支援する

ヒューマンキャピタリストとはどのような仕事でしょうか

恒田:いわゆる転職エージェントとの違いで言うと、企業視点であるということ。「この会社をブレークスルーさせる人材を供給する」という意味で、ヒューマンキャピタリストなんですよね。候補者の方に対して、転職エージェントはスキル、経験、職種で検索して「あなたが行ける会社はこちらです」と勧めると思いますが、私たちは企業をブレークスルーさせるようなミッションをベースに「それをやってみたくありませんか」と提案します。

六丸:さらに言えば、マーケット視点、でもありますね。「日本のマーケットにブレークスルーを起こすのであれば、どの企業に優秀な人を集めれば良いのか」を常に考えています。日本における成長産業支援をテーマとしてやっているので、産業を生むつもりで活動しています。

六丸

実際、どのような活動をしているのですか

清水:NET jinzai bankはCEO、CFO、CTOといった「CxO」を、スタートアップ企業に多く紹介しています。例えば僕が支援した事例では、かつてのベンチャーで今は巨大IT企業となっている企業を創業期から支えてきた方が、とあるスタートアップ企業の20代の社長に引き合わせたたところ、自分の経験を次世代のスタートアップにつなげたいと言って、参画を決めてくれました。それは本当に嬉しかったし、NET jinzai bankのメンバー全員が喜んでくれましたね。

六丸:必ずしもその一人が入ることで、すぐにその会社や社会にインパクトが出るわけではなく、僕らはその先の、周りのメンバーも含めて組織のグロースを支援することを考えています。企業に伴走していく感じですね。一人をご紹介して終わりではなく、次に続く有力な人材を常に探しています。

恒田: 毎日のようにスタートアップど真ん中の経営陣や投資家と話してますね。私たちが先方に伺うだけでなく、NET jinzai bankのオフィスに経営陣/投資家に来ていただいて、ピッチをしていただくこともしていただいています。だいたい今だと月に5,6回くらいは社内でピッチが行われてますね。日本を代表するスタートアップ起業家/投資家が私たちのためだけにピッチをしてくれるなんてこんな素敵な場所はないですね。

恒田

どんな会社を応援していますか

六丸:明確なビジョンがあってそのビジョンに自分自身が共感できるか、はもちろん見ます。ただそれ以上に、その企業が本当にマーケットの中で他社と比較して優れた企業なのかどうかはかなり重要視しています。求人があるから紹介するってことじゃないんですね。その企業が本当に日本で勝つべき企業だから紹介するんです。そのために、投資家やベンチャーキャピタルがなぜその企業に投資したのか、逆になぜ投資しなかったのか等の情報をものすごい大切にしています。

恒田:私は、今は仮想通貨・ブロックチェーンという市場で世の中の何が変わるのかに関心があります。他にもCtoC、ライブ動画アプリ、AR/VR/MR。大体、3カ月ほどで興味が次々と移っていますね。この業界は移り変わりが激しく、市場の波もすぐに変化します。常に新しい市場を知りに行くことにモチベーションを感じます。社内で研究所作ってめちゃくちゃ勉強中です。

ターゲットは「転職したい人」ではなく、「この人が転職したら世の中が変わる」という人

日常業務レベルでのキャリアコンサルタントや採用コンサルタントとの違いは何でしょう

清水:実際に僕も見てきましたが、いわゆる転職エージェントは、何十万という事例がシステムの中に入っていて、どんな人が転職しやすいとか、どこに受かりやすいとか、統計的にわかっています。それは凄いことなのですが、それだけにどうしても転職しやすい企業の提案、つまりは事業効率の高い提案に寄ってしまう可能性が高いです。経営戦略、営業戦略上それが一つの正しさでもあるのですが、コンサルタント達はそのロジックをベースに機械的に進めていくことが要求され、より転職しやすい人との接点を必要とされたり、より決定確率がを高めるために一人の候補者あたりの応募数を何件以上と義務付けられたり。

六丸:確かに、僕も人材サービス会社の出身ですが、正直に言うと、キャリアコンサルタントは「コンサルタント」ではなく、案件をしぼるための一つのファンクションでしかない気がしていました。

清水:でもNET jinzai bankでは、どこの企業に受かりやすいか、ではなく、どれだけ企業・マーケットにインパクトを与えられる人と出会えるか、どれだけ企業の経営にインパクトを与えられるご縁を作れるか、ということの方が大事です。むしろ、転職検討してないくらい活躍している人を探し出す、と言ってもいいかもしれません(笑)。スタートアップマーケットの経営にインパクトを与えられるけど、今は他の産業にいて、普通だったら動かない人に啓蒙活動として会い続けることが、普段の重要な仕事です。結果、そこから何人かがスタートアップに行ってくれるといいなと思いながら。

清水和

具体的に候補者の方とはどんな話をするのですか

清水:僕の場合は、基本的には条件は聞かないし、過去の職歴も聞きません。要は、どのようなスタートアップにインパクトを残したいか。そのためにどのような会社なら考えるのかを聞きますね。「別に転職してほしいわけではないです」ともよく言います。

恒田:私はよく、預言者っぽいと言われます(笑)。「市場はこうなります」、「人間の生活はこうなります」という話をするので。というのもNET jinzai bankは、市場でいちばんスタートアップに詳しいエージェントだという自信があるので。私たちは毎日、国内トップクラスの起業家や投資家に会い続け、彼らが言う一年後、二年後、三年後の話が頭に入ってしまっている。それも1人ではなく20人、30人と。「それをまとめると、こうなりますよ」という話ができてしまうし、その話をすることが、私たちの価値だと思うんです。

清水和と六丸直樹

清水:話しているのは僕だけど、その考えは優れた起業家や投資家のもので、それを彼らと同じ熱量で話していますからね。僕らに会った人は、ベンチャーキャピタルや起業家と同等の情報を得られますよ。色々なテクノロジーの動向がありますが、それぞれの領域で勝ち筋を掴んで、急激に成長できているスタートアップはそれほど多いわけではないはずで、そこをちゃんと見定めて、その中での選りすぐりの2、3社を勧めるのが僕らの仕事。僕らは転職したい人に会うのではなく、「この人が転職したら世の中が変わる」という人にしか会わないし、クライアントが提供するサービスは世の中が良くなると信じられるものばかりですこれもキャリアコンサルタントや採用コンサルタントとの大きな違いでしょうね。

恒田:孫泰蔵さん(Mistletoe株式会社代表取締役社長)は「ロックスターのような起業家を生み出していきたい」と言っていますが、私たちも、それと近い思いでヒューマンキャピタリストをやっています。一人でもいいから日本を代表する起業家を生み出すことで、それになりたいという人たちが出てくればいいなと思っています。

<後編に続く...>

日本No.1ヘッドハンター弊社代表の志水に『藤村教えて』と言わせた女性キャピタリストの成長と志。

動画領域のヒューマンキャピタリストとして活躍!挫折と覚醒を経てつかんだ今の自分

学生時代から人一倍「自分にしかできないこと」を追及してきた藤村彩乃。スタートアップのグロース支援、成長産業支援をするというビジョンに魅力を感じ、自信を持って入社したものの、最初は挫折の連続だった。だがfor Startups, Inc.(旧:NET jinzai bank)の素晴らしいタレント(才能)との出会いが藤村を覚醒させた。今や動画領域のスペシャリストとして、ハイパフォーマンスを誇る。

人材業界の仕組みに違和感。「人材」ではなく、スタートアップのグロース支援と知ってfor Startups, Inc.へ

「前職では、とにかくやる気が湧かなかった」と反省を込めて振り返る藤村彩乃。新卒で入社したのは、求人メディア、人材紹介などを手がける株式会社キャリアデザインセンター(以下、CDC)だ。入社してほどなく、飛び込みの名刺獲得キャンペーンで社内ギネスを更新。できる新人と思いきや、藤村はすぐにやる気を失った。その理由は「私じゃなくてもいい、誰も幸せにしていない」と思ってしまったから。取り組む意義を見出せなかったのだ。

藤村は人一倍、「自分にしかできないこと」にこだわるタイプ。学生時代はアパレルショップのアルバイトや、スタートアップ企業のインターンとして働き、自分なりの工夫をこらしながら成果を上げてきた。それは有意義で楽しい経験だった。就職活動でもスタートアップを目指していたはずだったが、人が良く、成長できると感じたCDCへ。その方向性の違いを埋めることができず、結局は辞めることになってしまった。

「CDCが悪いのではなく、自分が判断を誤ったのです。早く、本来行きたかったスタートアップにシフトチェンジしなくてはと思いました。同時に『もう人材業界はこりごり』とも」。そんなとき、藤村のもとへ届いたのがfor Startups, Inc.からのスカウトメール。最初は「よくあるただの人材会社」と思い、検討外だったが、「なぜかどんな軸で検索をかけてもfor Startups, Inc.が出てくるのです。これはご縁があるのかなと思いました」と藤村。とはいえ「でも人材だよね」と、まだ半信半疑だったが、メンバーに会うとイメージは一変した。「人材」ではなく、スタートアップのグロース支援、成長産業支援をする会社であるとわかったのだ。メンバーとビジョンに好感を持ち、その後に会った代表の志水雄一郎の話には、ただただ圧倒され、気が付けば入社することに。

forstartups,Inc.イベント風景

人生初めての挫折を経験。目指すべき存在に出会い覚醒。学びと努力と再構築の日々

for Startups, Inc.で、今度こそ「自分らしさ」を発揮しようと張り切っていた藤村だが、立ち上がりの苦労は想像以上だった。成果が出ない。「それまでは、自分に自信を持っていたんです。『私ってできないんだ、どうしよう』と、人生で初めての挫折を経験しました」。自分らしさにこだわるあまり、素直に人の意見に耳を傾ける姿勢も不足していた。そんな時にfor Startups, Inc.に入社してきたのが恒田有希子だ。株式会社メタップスで事業統括カンパニー長を務め、ビジネスの最前線で戦ってきた彼女に、藤村は心酔した。「一緒に動きたい」と言うと、恒田は快諾。その日から3カ月あまり、全ての行動をともにした。

「恒田は『藤村の領域を作ろう』、『タレントを発揮できる場所を作ろう』と言って、引き上げてくれました。彼女を抜かすことを目標にしろとも」。藤村も努力した。「恒田は情報量、人脈を持ち、勝ち方を知っている。奪うしかないと思いましたし、恒田も、持っているものを惜しげなく提供してくれました」。恒田の面談にも同席。候補者との会話を書き起こし、スクリプトを作って研究するなど全てを吸収しようと努めた。

そして、いつしか藤村は見事に再生していた。「今思うと、素直さと謙虚さが足りなかったんです」と藤村。タレントの集まりであるfor Startups, Inc.では、それぞれがカラーを持っている。藤村は無心に恒田に倣い、その土台の上に、新たな藤村を構築した。「素直に謙虚に学びながら、自分らしさをプラスする。今、やっと他のみんなのような『らしさ』を出せるようになったと思います」。

藤村with恒田

動画市場の大波が到来中。優秀な人材を勝ち馬のスタートアップへ

今、藤村は動画領域のスペシャリストとして活躍している。現在、「動画関連企業」が急速に世の中を席捲している。スマートフォン向けの動画サービスは、大波が来ているかのような急拡大期にあり、テレビなど既存のメディアから優秀な人材を取り込みながら、マーケットが創造されつつある。かつて映画からテレビに覇権が移ったように、今はテレビからパソコン、スマートフォンへと視聴の場が移行。デバイスの変化とともに、プレーヤーも表現手段も変わる。VR、AR、MRも、これからますます台頭するだろう。

藤村は起業家や投資家、そして候補者として出会う映像の業界の人たちも含め、多方面から話を聞ける立場にある。「投資家の皆さんとの議論などから、業界の動向を俯瞰して見ると伸びる企業が見えてきます。業界でのご経験が豊富で新たな市場にご興味がある方が伸びる企業に移れば、仕事と報酬に恵まれ、その方の市場価値が上がり、企業も成長し、ひいては日本の発展にもつながります。もちろん支援した私もご縁を作れて嬉しい。私たちが成長企業に行こうと呼びかけるのは、このように、みんなが幸せな結果になるからです。『そこに求人があるから』『その方が行きたいと言っているから』『直近の年収が上がるから』『feeが高いから』という理由でご紹介をするのでは意味がありません。でも、現状の日本には、そのような横流しをするエージェントがほとんどです」。藤村は心底、もどかしそうに言う。

だから、スタートアップに参画する意義を理解してもらおうと、出会う人全てに全力でぶつかる。「暑苦しくて嫌がられることもありますが(笑)」と藤村は話すが、情報を余すことなく伝え、選択肢を示し、相手の判断を促す。目の前の方に全力でぶつかっているのが藤村の魅力だ。「大手に行きたい」と言う方には、その理由を掘り下げて聞く。残業ナシ、大きなプロジェクトに携わりたい…といった理由であれば、スタートアップの中にもそれが叶い、むしろ大手に行くより希望に寄り添える会社があることを伝える。時には導くような話し方もしながら、転職者に寄り添い、藤村は、スタートアップへと向かうトレンドを作ることに懸命になっている。それが、ただの御用聞きではないfor Startups, Inc.の価値と信じて。

藤村 slush tokyo イメージ

世界の時価総額ランキングに日本企業が並ぶ日を夢見て。仲間とともに突っ走る

覚醒し、成長した藤村は、今では、毎月予算を達成するハイパフォーマーだ。でも「自分はまだまだ『Be a Talent(タレントであれ、というfor Startups, Inc.のコアバリュー)』できていない」と言う。高い視座を得た藤村にとって、目指すゴールははるか遠くにある。「世界の時価総額ランキングに日本のスタートアップがズラリと並んだ時や、日本のGDPがアメリカなどの上位国を抜かした時が一つのゴールでしょうか」。そんな未知の世界を本気で目指し、突っ走る覚悟だ。

楽な道ではないが、決して苦しくもない。「投資家や起業家の皆さんとパートナーになり、企業と日本と転職候補者のために活動することが楽しい。仕事だとは思っていません。趣味というと軽く聞こえますが、自ら望んで打ち込んでいるのです。本当に毎日幸せな仕事だと思っています」。藤村は言う。

代表の志水、藤村を引き上げてくれた恒田など、仲間たちの存在もかけがえのないものだ。「驚くのは日本一のヘッドハンターである志水が『教えて』と、私のところにやって来るのです。わからないことがあれば躊躇なく私に聞く。その懐の深さ、トップになってもなお吸収しようという貪欲さに驚き、私ももっと学ばなければと思います」。

貪欲な姿勢は、for Startups, Inc.のメンバーみんなに共通するものだ。それぞれが尖った個性とスキルを持ちながら、驚くほど素直で前のめり。藤村は日々、こんなメンバーとともに働ける幸せをかみしめている。自信を持って入社し、一度ズタズタになり、今、また堂々とした藤村に戻った。得意の領域を見つけ、実績を上げたうえで得た確かな自信だ。「一緒に日本を勝たせよう。これから入ってくれるメンバーに言いたいことは、これに尽きます」と力強く語る藤村の表情は、実に晴れやかだ。

外資系CRM大手 史上最年少入社 & MVPの村上が描く、for Startups, Inc.(NET jinzai bank)で目指す新産業支援の形とは

世界に羽ばたく会社をこの手で。元インサイドセールスMVP保持者。26歳のキャピタリストの挑戦。

キャピタリストというと、豊富なビジネス経験を持つ、ある程度の年齢の人物を想像するが、NET jinzai bankには、26歳という若さで活躍している人物がいる。オービック、Salesforce社の2社でインサイドセールス、フィールドセールスとして高い実績を上げ、良い意味で年齢に不相応なキャリアを積んできた村上正樹だ。信頼関係を構築し、相手の求める最適解を提案をする力は、今の仕事でも存分に活きている。

成績は常にトップクラス。創意工夫と行動力で数字を作り続けたセールス時代。

村上正樹が新卒でチャレンジした会社は、IT業界では老舗の業務ソフトウェアのオービック。飛び込み営業やセミナー集客、名取からアポイント取得、完全アウトバウンドといったタフな営業スタイルでも著名な会社だ。自己研鑽に励むべく入社を決意した村上は、同期約101名の中で名刺獲得数第1位、セミナー集客数第2位の記録を樹立。早速、頭角を現した。だが、新卒採用のみで足並みそろえて新卒を育成する同社では、アポイント取得から提案、受注、契約、アフターフォローまでを一貫して経験するためには、膨大な時間を要した。待つ選択もあったが待ちきれないと悟った村上は、ほんの1年2ヶ月で見切りをつけ、外資系CRM大手への転職を決意した。

同社は入社当時、社会人経験3年以内の人材は採用しない方針だった。しかし村上の経歴、実績、営業スタンスが目を引いたのだろう。前代未聞の社会人15ヶ月目での入社となった。「史上最年少入社となったので、正直過信していました。当時の僕の代名詞でもあった、オービックで培った『活動量』を武器に第2の社会人生活をStartしました。」と、村上は振り返る。インサイドセールスの中で、最初はインバウンドリード(※見込み客)に対してアポイントを取る業務を任された。入社時の自負を裏付けに、村上は次々とアポイントを取得し頭角を現したが、すぐに挫折を経験する事となる。「先方の経営戦略上の課題を明確にした上でアポイントを取得しなければ、たとえ接点を創れたとしても本格的な提案に繋がりませんでした。」と当時を思い返す。早速、自身の課題に気付いた村上は、ネット上で相手の情報を最大限収集し、電話で明確なニーズを引き出してからアポイントを取得する作戦に一気に切り替えた。そして瞬く間に成果を出し、13ヶ月主要KPI連続達成を実現する。

その後、11ヶ月という短期間で、晴れてアウトバウンドのインサイドセールスに昇格すると、今度は他のインサイドセールスとは違う手法を編み出した。「通常であれば事前に和紙でセールスレターを出して、それをドアノックツールとしてアポイントを取得するのですが、レターは読まれないことが多々ありました。企業研究に膨大な工数を割き、セールスレターを作成する時間が無駄だと感じた僕は、社内のSFAに残っている過去のアプローチ履歴をもとに、例えば2年前でアプローチが途絶えている会社にターゲットを絞り、『当時は誰々様宛にこんな提案をさせて頂いておりました。今は御社もご状況が変わり、IR資料を拝見する限りこんな新たな課題が想定されます。再度、こういう観点でお役立ちできると思うので、ご面会のお時間を頂きたく、お電話差し上げました。』とアプローチすると、セールスレターに膨大な工数を割くより、高頻度でアポイント取得に繋げることができました。」と振り返る。村上の固定観念にとらわれない営業手法は、社内でも注目され、シェアリングサクセスで登壇した実績もある。実際に数字も残し、100名を超えるインサイドセールスの中でMVPを2度受賞した。

Salesforce時代

有能なシステムへの投資より、優秀な人材が必要なフェーズもある。その気づきをきっかけに、人的側面からの成長産業支援に関心を持つように。

インバウンドでもアウトバウンドでも着実に結果を出した後、村上はフィールドセールスに昇格した。実に10ヶ月という短期間であった。そこで15名以下のスタートアップに多く接する機会を持ち、次第に些細な疑問を抱くようになった。「確かに有能なシステムを導入し営業力の平準化を目指す指針も大切だが、今この会社の経営課題を解決するには、優秀な人材を獲得するほうが先決であると思うことが多々ありました。僕はずっと、お客様にとって本当に必要な提案をすることを意識していました。そのため『この会社には今システムの提案をすべきではない』と感じるケースがしばしばありました。」と語る。

その気づきと疑問が、NET jinzai bankへの関心につながった。スタートアップには、大学2年の頃から強い関心があったようだ。2社目へ転職するとき、最後まで比較検討し悩み抜いたスタートアップが1社あった。その会社は、日本発でグローバルスタンダードになるんだ、と膨大な構想を描いていた。現時点でもその可能性は十分にある会社で、時価総額はすでに500億円を超えている。村上は、その強いビジョンに共感しつつ、一方で既に世界23ヶ国への展開を実現していた会社が、どんな創意工夫をしてきたのかゼロから学びたいと思った。

それから2年。大きな学びを得て、確実に実績も積んだ。村上は、ビズリーチ上でNET jinzai bankの複数名からスカウトをもらい、同社を知り、瞬く間に虜となり、気付けば合流していた。
「選考過程で、弊社の皆と出会いました。30代の方が比較的多く、僕は自分が彼らと同じ年齢になった時に、果たして実力で勝てるだろうかという視点を軸に、皆と接していました。ギリギリ追い付けるか、厳しいかという環境で自分に常にプレッシャーを与えたかったからです。結論、総じてみんな優秀でタレント性が強く、到底かないそうにないと確信しました。なので、あえて飛び込びました。他にも複数社選択肢はありましたが、一切の後悔はありません。」と、合流に至った想いを語る。

for startups,inc.作業風景

「若過ぎる」という危惧もバネに、ヒューマンキャピタリストとして邁進中。セールスの経験も強みに。

若干26歳の村上の採用は、本人にとっても、NET jinzai bankにとってもチャレンジだった。「入社後、『未経験でヒューマンキャピタリストの任務を遂行するには若過ぎるのではないか?』という意見もあったと伺いました。悔しかったのでとにかく今は、認めてもらえるよう、フルスイングしているところです。」と村上は言う。転職とは、時に人生を大きく前進させ、時に人生を大きく狂わせる。そんな重要な意思決定に向け伴走し、最後までご支援し尽くすとてもタフな仕事。その重要なパートナーが年下であることに抵抗を感じる人も少なからずいる。村上は、だからこそやりがいがある、と語る。

ヒューマンキャピタリストとして、既にメンバークラスの人材の支援は、順調に実績を重ねてきている。「次のベンチマークは、CXOクラスの人材斡旋です。」と村上は意気込んでいる。「最近カウンセリングさせて頂いている方の主要年齢層は30代~40代前半が多いと思います。その方たちと対等に話ができないといけないので、確かに難しい挑戦だと認識しています。加えて、当たり前ですが彼らが接しているエージェントは僕だけではありません。ほんの1時間の面談でいかにインパクトを残し、他のエージェントと差別化をはかるか、そればかり思考しています。」と、村上の士気の高さが伺える。

差別化をはかるには、今まで培った営業力だけでは不十分だという。「志向性に即した案件を打診し確実に承諾を得る、といった営業力はもちろん大切ですが、何よりその裏側に働く見えない信頼が不可欠です。」と村上は語る。もちろんBtoBのセールスでも信頼は必要だが、信頼の質が違う。「この人に人生を賭けてもいい」と思わせる、あくまで個人的な信頼だ。それを勝ち得るために、村上は面談前の準備や前後のやりとりに細心の注意を払う。

「見た目で、年齢はすぐバレます。追い討ちをかけるように私服勤務ですし。」と村上は笑う。しかし、オービックで培った『目上の方の懐に入るスキル』と、前職で培った『一回り年上の方と同じ立場で仕事をしてきた経験』の両方が今、確実に活きていると村上は感じている。その強みをベースに、村上の挑戦は続いていく。

村上正樹プライベートイメージ

ご支援したスタートアップが世界に羽ばたく日を夢見て、一歩ずつ着実に「目の前の人の幸せ」と「企業の成長」に全力で向き合っていく。

村上が応援したいと思うスタートアップは、確実に世にインパクトを与えるプロダクトやサービスを展開している会社だ。例えば、AIやVR/AR、ドローンといった領域である。Mustではないが、あれば確実に中長期的にビジネスインパクトがある。そのようなプロダクトを売るには、ただのモノ売りではなく、ビジョンセリングを常に心がけ、社会的意義を理解してもらわなくてはならない。時に、マーケット自体を創造する必要もある。そんな非常に希少なチャレンジをしているスタートアップを応援したい、そう語る。

前職のクラウドサービスも創業当初は、そのようなプロダクトを扱っていた。当時、誰もが嘲け笑っていた「クラウド」という概念を打ち出し、マーケットを創造した。「僕は、前職のの創業者の考え方に強く共感しています。自分がご支援させて頂いた会社が、前職のように世界に羽ばたけたら、本当に嬉しいでしょうね。」と村上はアツく語る。そんな日を目指して、目の前の企業の成長、そして目の前の人の幸せに全力で向き合う。経営者と転職希望者の新たな出会いを創出し、一人でも多くの人に、ワクワクした気持ちでスタートアップにジョインし、世界で勝ち切ってほしい。それが村上の願いであり、原動力だ。

同時に、NET jinzai bank社内でも存在感を発揮していきたいと語る。外資IT大手から真逆である日系HRスタートアップに参画した村上にとって、HRTech領域でチャレンジしたいことが多々あるという。「例えばAIを活用して、面接官が膨大な工数を割いている部分を自動化できれば、もっと多くの企業の成長と人の幸せに貢献できると思います。」と、すでに頭の中に構想はある。まずは確実に実績を残し、虎視眈々とその機会を狙っていくつもりだ。

『SLUSH ASIA』『プログラミングスクール』『EO Tokyo』,,, スタートアップのエコシステムビルディングに奮闘する27歳が目指す”自分らしさ”とは?

家電量販店で声を枯らしてiPhoneを売っていた新人が掴んだチャンスと成長

2013年、新卒で株式会社ウィルグループに入社した土手本怜の最初の職場は家電量販店。販売派遣のスタッフを束ねる役割で、自らもiPhoneやiPadの販売に励んだ。このままでいいのかと疑問を抱き始めたとき、チャンスが訪れた。グループ内異動でfor Startups, Inc.(旧:NET jinzai bank)へ。代表の志水は土手本に大胆に仕事を任せた。苦しみながらも難題をクリアするたびに一段ずつ高みへ。これはそんな若者の成長ストーリーだ。

SLUSH ASIA イメージ

間近で見る起業家たちの姿に圧倒された「SLUSH ASIA(現:SLUSH TOKYO)」。人生最大の感動と達成感

2015年4月、江東区青海の空き地に5つの巨大テントが出現した。世界20カ国から250組のスタートアップが集結。この日、フィンランド発の世界最大級のスタートアップイベント「SLUSH」が、「SLUSH ASIA」として初めて東京で開催されたのだ。当時、for Startups, Inc.に参画して2年目の土手本は、この光景を見ながら言葉にできないほどの感動と達成感を覚えていた。

土手本は事務局の一員として、今では恒例となっているこのイベントの立ち上げに携わった。発起人は孫泰蔵氏。数々の著名な起業家も賛同した。for Startups, Inc.も協賛していたため、土手本が事務局に加わることになったのだ。土手本は資金協賛の窓口や施工管理、当日のプログラムや展示の企画・運営、プロジェクト全体の進行管理など、様々な業務を担当した。

「とにかくコミット力がすごかった」。当時の熱気を思い出し、土手本が言う。「ビジネスの第一線で活躍している方々がボランティアでやっているのに、一切手を抜かないのです。開催は2カ月後に迫っている。普通なら、やりたいことがあっても削ぎ落すでしょう。でも孫さんも他の皆さんも、やりたいものをやりたいだけ詰め込むという思想で、いかにエキサイティングな場にできるかを考えるのです。実際、できあがったものはすごかった」。当日、会場には世界各国から起業家や投資家、100を超えるメディアが集った。数百名の学生ボランティアも力を発揮し、イベントは大成功のうちに終わった。

土手本にとって、この怒涛の2カ月の経験は大きな財産になった。苦楽を共にした仲間たちとは今も仲がいい。言わば戦友だ。来年は日本で4回目を迎える「SLUSH」。土手本は毎年参画し、貴重な経験を積み重ねている。

SLUSH Community

キャリアのスタートは家電量販店の販売。訪れたチャンスを掴み、今の自分につなげた

今や一流の起業家たちと「SLUSH」を盛り上げる土手本だが、キャリアのスタートは、実に泥臭いものだった。2013年に、新卒でfor Startups, Inc.の親会社であるウィルグループに入社。傘下のセントメディアにて販売派遣の担当として、派遣スタッフとともに電気量販店でiPhoneやiPadを販売していたのだ。「毎日、毎日声を枯らして売っていました」と土手本は振り返る。目の前の人を幸せにするだけでない働き方を求めたとき、for Startups, Inc.に異動することになった。

それまでfor Startups, Inc.の存在すら知らなかった土手本。今までと全く違う世界だが、志水が語るビジョンや構想には「なるほど」と納得するものがあった。最初のミッションは、当時、for Startups, Inc.が運営に携わっていたプログラミングスクールの事業全般のハンドリング。そのスクールでは、授業料はゼロで、そのほかの部分で収益を上げるという斬新なモデルに取り組んでいた。日本の国力を上げるためには全国民がプログラムを学ぶべきという思想からだ。土手本は、そのマネタイズをいきなり任された。若かろうが経験がなかろうが、何でも任せるのがfor Startups, Inc.流だ。人材紹介にイベント開催、広告販売など、知識ゼロから手探りで進めた。

「マネタイズを考えるなんて、全く経験ありません。とにかく毎日勉強し、正解はわからなくても前に進むしかない苦しい日々でした」。だが土手本はやった。結果的には、ヒューマンキャピタル事業とのシナジーが見込みにくいという理由で、事業を手放すことになったのだが、赤字を出さず、一応のミッションを果たした。

「でも、for Startups, Inc.の事業として成功させられなかったことに後悔が残りました」と土手本。その苦い思いも糧に、次に取り組んだのが冒頭の「SLUSH ASIA」だった。

25歳や27歳の若手に大胆に任せるfor Startups, Inc.に感謝。新たな挑戦もスタート

「スクールの撤退は辛い思い出ですが、でも考えてみれば、スクールも『SLUSH ASIA』も、入社2、3年目の自分にポンと任せてくれて、投資もしてくれました。こんな会社はないと思います。感謝しかありません」。土手本は言う。家電量販店の販売から一変した仕事の数々。だが今、for Startups, Inc.の中には「土手本ならできるでしょう」という空気があり、土手本自身にも「どんな仕事が来ても大丈夫」という自信と、自ら仕事を取りに行く気概がある。

実際、新たなチャレンジも始まっている。「EO Tokyo(Entrepreneurs' Organization=起業家機構)」の事務局だ。年商1億円以上、創業社長のみが入会できる世界的ネットワークで、多くの素晴らしい経営者を輩出している。「発起人はグロービス代表の堀義人さんです。でも20年前にできたので、今やメンバーは40代~50代が中心。これからの日本を支える20代に参加してもらうために新しい事務局が始動するタイミングで誘って頂き一緒にやることになりました」。土手本は経緯を説明する。「これからの起業家を輩出し、育成しなければいけません。for Startups, Inc.とも、SLUSH TOKYO(旧:SLUSH ASIA)ともビジョンは一致しています。EO Tokyoでも20代、そして日本を盛り上げたいです」。

for Startups,Inc.感謝祭

キャピタリスト業プラスアルファの挑戦で自分らしさを発揮。30歳までは突っ走る!

「for Startups, Inc.に来て本当に良かった。ウィルグループはもちろん、2013年に新卒で人材業界に入った人の中でも、僕が一番幸せなキャリアを積んでいると思います」。土手本は心底そう思っている。

for Startups, Inc.には、パワーの7割をヒューマンキャピタル事業に割き、残り3割を他の自主的な活動に割くという人材活用の方針がある。「ヒューマンキャピタリストの仕事はもちろん、しっかりやります。でも自分は『3割』に強い人間として、自分らしさを発揮したい」と土手本は誓う。続けて、笑顔で「本当に苦労をしても、やった先に楽しいことが待っていると味をしめました」とも。

「SLUSH ASIA」の経験は、土手本に様々なものをもたらした。「何より、本来ならお金を払って講演を聞くような起業家の方々と接し、直に話を聞けたのです」。その経験は、キャピタリスト業にも活きている。これから挑戦する「EO Tokyo」の事務局も、いつかfor Startups, Inc.のビジョンと重なる活動につなげていきたい考えだ。今は、それが具体的に何とはわからないけども。

for Startups, Inc.のメンバーも応援してくれる。「for Startups, Inc.は、飲んでいても楽しいんです」と土手本。「ビジョンやアイデアを語り、みんなが寄ってたかってそれに肉付けしてくれて。その熱意と力が、僕のやりたいことにも大きな助けになるでしょう」。

「3割」を割いてチャレンジしたいことはたくさんある。「チャレンジすればするほど、色んな人に会えました。これからもそうでしょう。成功に必要な人、お金、コミュニティーを実力でしっかり勝ち取れるように、社外での自分のポジションを作りたい。実力と実績がなければ絵空事で終わってしまうので、まずは30歳になるまで懸命にやっていきたい」。土手本怜、27歳。貴重な経験を踏み台に、さらなる高みを目指す。

次のスタートアップを育てたい。自らfor Startups, Inc.(旧NET jinzai bank)の扉を叩いたietty元CTO

「for Startups」。このビジョンに並々ならぬ思いを抱く人物がいる。 戸村憲史は、オンライン接客型不動産『ietty』を運営する気鋭のスタートアップ、株式会社iettyの元CTO。かつて大手SIerから社長が一人で奮闘していたiettyにジョイン。売上数億円規模にまで育てるゼロイチのフェーズを担った。その経験を伝え、次のスタートアップを育てるために、戸村はfor Startups, Inc.の扉を叩いた。

年収半減。社長一人のiettyに参画。サービスが立ち行かない状態から売上数億円規模に育て上げる

戸村 ietty時代

戸村のキャリアのスタートは大手SIerだ。主に企業の基幹システムや官公庁のシステムを手がけていたが、ある時、ゼロから自社のクラウドサービスを作るプロジェクトに参画する機会を得た。元々起業志向もあった。よくあるパターンだが、その経験から「自分でサービスを作りたい」という思いが膨らんだ。スタートアップウィークエンドなどに参加するうちに、ベンチャーキャピタリストと知り合い、iettyを紹介されることになる。

当時のiettyは創業社長が一人で奮闘していた。社長は元不動産営業マン。アイデアはあるがサービスの開発経験がなく、さらに開発経験の少ない受託開発会社に開発を依頼してしまったため、立ち行かない状況になっていた。立て直すエンジニアが必要であることは明らかだった。「社長は悪い人ではないし、おもしろそうなサービスだったので」と、戸村はあっさりと入社を決めた。年収は半減。一方で苦労は、恐らく倍増以上だっただろう。

「入社当時はボロボロでした」と、戸村は参画時を振り返る。入社した途端に開発会社は引き継ぎもそこそこに手を引き、ほぼ手探り状態で機能開発を進めた。「スタートアップでは、時にビジネスモデルもガラリと変わります。でもリリース日は決まっている。寝ずに働き、人も雇えません。知り合いやアルバイトを自分で手配しました」。そのように獅子奮迅の働きをしているうちに、賃貸不動産レコメンデーションプラットフォームという全く新しいサービスを世に出し、売上は年々桁が変わる単位で伸び、4年弱の間に数億円規模のサービスに育て上げた。

半減した年収は、最後は、SIerで働き続けた場合よりも多い金額をもらえるようになったという。だが「お金ではない」と戸村は言う。「過酷な環境の方が、自分が育ちます。スキルが上がって、人から求められるエンジニアになり、結果的にお金はついてくると思います。あのままSIerにいたら、今のようにはなっていないでしょう」。

そして、iettyを育て上げたとき、戸村は次の「過酷な環境」を求めていた

※スタートアップウィークエンド:世界主要都市で開催されている週末を利用した起業体験イベント

つながりのあるCTOからNJを勧められる。自分の志とNJのビジョンが一致

次はどこに行こう―。戸村は立ち止まった。行き先がスタートアップであることは間違いない。選ぶ基準は「外貨を稼ぎ、日本のGDPを上げられる会社」。「日本は住みやすいいい国だと思うのです。でも今、確実に日本の競争力は落ちている。引き続き日本を栄えさせ、子どもたちの代にいい状態で残したいのです」と、戸村は言う。その志を果たせるスタートアップ。参画時のiettyのように、社長とCTOだけでスタートする会社。そう思って、知人らに声がけするなかで「for Startups, Inc.というおもしろい会社がある」と、戸村に勧める人物がいた。

それは、スタートアップのCTO同士の交流で知り合った人物だった。スタートアップのCTO達は同志のような間柄で仲がいい。その人物は、大手ECサービスの会社で開発の統括を務め、for Startups, Inc.経由でスタートアップ企業に移り、活躍していた。彼に「会社の信念が面白いから、話を聞いてみるといい」と言われ、戸村は自らfor Startups, Inc.にコンタクトをとった。

そして初めて志水に会ったとき、戸村が自分の考えを話す前に、志水の口から「for Startups, Inc.は、日本のGDPを上げるために世界で戦えるスタートアップ企業を育てる」という言葉が出て来たのだ。驚いた。それはまさに自分も考えていたことだから。しかも自分で手を動かすのでは一社しかできないが、志水のプランであれば、次々と世界で戦う会社を育てることができる。

「本当は、入社前は少し話を盛っているのではないかと思ったのです」。今だから、戸村は打ち明ける。「でも入ってみて、本当にスタートアップのためのサービスを追求していることがわかりました。もちろん売上は上げるけれど、ベースは、自社の利益よりもどれだけスタートアップに貢献できるかを考えているのです」。for Startups, Inc.と戸村のベクトルはピタリと一致していた。

スタートアップのためのサービス開発中!ヒューマンキャピタリストとしても活躍

forStartups,Inc.開発風景

for Startups, Inc.で戸村が担っている役割は二つ。 一つは他のメンバーと同様に、ヒューマンキャピタリストとしての活動で、もう一つは、エンジニアとしてfor Startups, Inc.の自社サービスを作ることだ。サービス構築はお手の物だが、キャピタリストは初めての経験だ。「自分はずっとエンジニアで、営業的なことをするのは大変ですが…」と苦笑しながら、だがキャピタリストとしても着々と成果を上げている。

iettyで一通りの成長のフェーズを経験した戸村には、スタートアップにはどのフェーズで何が必要か、手に取るようにわかる。そしてエンジニアに対しては、「せっかく転職するなら広く世の中を見て、本当に自分に合った会社を見つけたほうがいい」という思いがある。「スタートアップは、本当にいい人が入ると会社がどんどん良くなります。大企業とは一人の重みがまったく違います。その出会いを創出できることはおもしろいですね」。苦労もあるが楽しさのほうが上回るという。

そして、for Startups, Inc.でのサービス開発は着々と進行中だ。まだ全容を明らかにする段階にないが、「スタートアップに役立つ、社内の効率化を進めるサービスで、9月頃には出せるのでは」と戸村は明かす。「当社はヒューマンキャピタル事業で利益を上げているので、無理なサービス開発をする必要がありません。本当に作るべきものにフォーカスして、必要な時間をかけて作っている。キャピタリストの仕事と並行して進めることでサービスへの視点も養われるので、その相乗効果も大きいです」と、戸村が語る自信作だ。それはfor Startups, Inc.のサービスラインアップの一つとして、スタートアップを支援する強力なツールになるだろう。

失敗の経験も次に生かすことで業界全体の知見が磨かれる。そのエコシステムの一翼を担う

戸村は現在、for Startups, Inc.との仕事とは別に、求められるままにスタートアップへの支援や助言も様々な形で行っている。「やはり支援することで良くなっていく姿を見るのは嬉しいですね。初めて会社を興す人が手探りで進んでいる姿は、まさに自分が通って来た道。その経験を伝えたいし、伝えることで自分のなかにもノウハウが貯まっていきます」。それがfor Startups, Inc.での仕事にも活かされ、for Startups, Inc.が目指す大きなスタートアップ支援の構想の一翼を担うことにもなる。

「for Startups, Inc.が描くスタートアップ支援がうまくいかないことには、日本の国力を上げるような会社が出てきません。例えば今、うまくいっている会社も、一度、会社をつぶした経験のある人が事業責任者を務めているケースも少なくありません。今はまだスタートアップの多産多死の状況かもしれませんが、そうした失敗の経験も次に生かすことで業界全体の知見が磨かれ、強いスタートアップが海外で活躍できるようになる。その大きなエコシステムを作り、そのなかの人をつなぐ役割を果たしたいと思っています」。戸村は言う。これから入る人にもぜひ共感してほしい思いだ。

この多彩な才能を持つfor Startups, Inc.メンバーと共に情報を発信していく。挑戦のしがいは十分だ。

HRとインターネット業界を行き来。紆余曲折を経て全てが今、夢につながる

「今、本当にワクワクしています」。新卒の若者のような真っ直ぐな目をして、こう話すのは清水和彦だ。もちろん新卒の若者ではない。前職はアドテクノロジーのFringe81株式会社。営業や人事、バックオフィス全般を束ねる役割を担い、同社の成長の一翼を担った人物だ。紆余曲折を経てfor Startups, Inc.(旧NET jinzai bank)に参画。今、ずっとやりたかったベンチャーキャピタル事業に挑戦しようとしている。

異動でやってきて半年。自分の志とfor Startups, Inc.の目指す世界が重なった

清水は、親会社である株式会社ウィルグループからの出向組だ。for Startups, Inc.設立当初、ウィルグループとのつなぎ役のような位置づけで参画することになった。人材ビジネスの経験は豊富。ウィルグループでもエース級の働きをしてきた。戦力としても十分に期待できる…と、そんな中で必ずしも清水の意思ではなく、ウィルグループがエンジニア育成スクールへの出資をし、そのPMIをするための異動だった。

偶然のきっかけだったが、次第にfor Startups, Inc.のビジョンと仲間の志の高さに心酔し、清水の中で「ここで頑張りたい」という思いが強まる。決定打となったのは、異動から半年後に行った志水との面談だった。「志水から何をやりたいかと聞かれ、僕は思い切って『ベンチャーキャピタルをやりたい』と言ったのです」。それは清水が密かに抱き続けた思いだった。実は、清水には会社の経営に失敗した過去がある。「あの時、会社を立ち直らせることができなかった」という悔恨が、いつしか、「会社を育て、成長させてみたい」という気持ちを育んでいたのだ。「ずっとやりたかったのですが、自分はHR業界の人間。このキャリアでベンチャーキャピタルには行けないだろうなと漠然と思っていました。でもfor Startups, Inc.なら、ヒューマンキャピタルのサービスにお金を組み合わせることでスタートアップの会社の支援ができる。そう思ったのです」。実は志水も同じ構想を持っていた。志水が思い描いていたのは、世界有数のベンチャーキャピタル×HRサービスの会社、セコイア・キャピタルだ。二人は意気投合した。

「当時は、グロービス・キャピタル・パートナーズという業界の巨星ともいうべき存在と協業を初めて半年。我々もそっち側に行きたいなんておこがましい。でもfor Startups, Inc.にはfor Startups, Inc.の強みがある。その強みを持ってそっち側に行けば、きっといいパートナーになれると考えました」。この瞬間、自分の志とfor Startups, Inc.の目指す世界がピタリと重なった。清水の挑戦が始まる。

華々しく活躍した新人時代。一転、会社経営に失敗し、無力感にさいなまれた

GLORIOUS時代

少し時間を巻き戻し、清水のここまでの歩みを振り返る。清水はいわゆる出戻りだ。新卒で株式会社セントメディアに入社(現ウィルグループ子会社)。その年、セントメディアは人材紹介事業を分社化して株式会社グローリアスを設立し、清水はその第一期生として配属された。新人ながら会社の立ち上げに携わり、同時に一プレーヤーとして企業サイドの営業と、候補者への対応の両方を担当し、高い成果を出す。その年、セントメディアグループ全体の新人賞を獲得し、以後、会社をけん引する人材として活躍した。「2年目以降は経営層の合宿に参加させてもらうなど、目をかけてもらいました。急成長を求められての分社化だったので、楽しく仕事をしつつも猛烈に数字を追いました。ところが3年目から会社の風向きが悪くなったのです」。

当時、社長は30歳でナンバーツーは27歳。その下で24歳の清水が取りまとめ役を担っていたが、若い会社ゆえに、勢いのあるときは伸びるが、つまずくと一気に悪いほうに転がる。清水なりに奮闘したが、立て直すことはできず、グローリアスはセントメディアに吸収されることになった。

「当時は、なぜ経営を立て直すことができなかったのかという忸怩たる思いに取り込まれ、やさぐれました」。清水は苦笑交じりに失敗を振り返る。「今なら失敗した理由もわかります。会社にビジョンがなかったのです。目先の数字に翻弄され、人が離れ、一つほころびると一気に崩壊しました」。だがその時は、無力感にさいなまされて会社を去るという道をとった。

そんなときに声をかけてきたのが、インターネット広告のFringe81の松島稔氏(現・取締役COO)だ。松島氏は清水と同い年。グローリアス時代に自らの発案でWebマーケティングを手がけ、そのときにできた縁だった。

ネットで世界を変えよう―その言葉に乗ってFringe81へ。成長のエンジンに

Fringe81時代

いつまでもやさぐれていても仕方がない。「ネットで世界を変えようぜ」という松島氏の言葉に、清水は乗った。ちょうどアドテクが伸びていた時期だ。情熱的でインターネットアドや広告全般に対して尖った感性と技術を持ち合わせている松島氏と、常に数字にコミットしながら事業を推進してきた清水は、お互いにないものを持ついいコンビだった。松島氏と二人三脚で歩みながら、清水は事業部長として事業を拡げる役割を担い、人事とバックオフィス全般も任され、会社の組織を作った。「松島さんが商品を作って、最初の客を見つける。その後、一を十にするのは僕の役割でした。急成長のフェーズを経験でき、その熱気は本当に楽しかった」。清水はFringe81でも活躍し、事業部長のさらに上のポジションにという話もあったという。だが頭の片隅にあったのはウィルグループのことだ。

「辞めるときに、『成功して、また声をかけてもらったら戻ります』と言っていました、ありがたいことに30歳の時に本当に声をかけてもらったのです。いつかネットビジネスをウィルグループの中でやりたいとも思っていました」。清水は古巣に戻る決断をした。

そんな清水を、Fringe81のメンバーは快く送り出した。今でも良き関係が続いている。HR、インターネット、再びHR、そしてHR×インターネットのfor Startups, Inc.へ。一見、回り道に見えて、清水の道はつながっていた。その時々に出会った人、経験を財産に、今、新たな挑戦が始まる。

世界へ羽ばたく企業の陰に「チームNJ」あり。そんな夢想を現実のものに

for Startups, Inc.メンバーと

「今、本当にワクワクしています」。ヘッドハンターとして成果を上げつつ、現在、ベンチャーキャピタル事業の立ち上げに奔走している清水。語りだすと止まらない。セコイア・キャピタルのような人とお金を支援するベンチャーキャピタルを、多くのスタートアップ企業は熱望している。

「CxO採用支援は50人の人と会って、やっと1人の最適なマッチングが1-2年を経て叶うような地道な世界です。ベンチャーキャピタル側が投資先における数々のCxO採用ニーズを自分たちのみで応えていくのには限界もある」。清水は言う。だがHRから入るfor Startups, Inc.ならできることもある。エンジニア、デザイナー、財務、IR、人事など、スタートアップが必要とする人材をワンストップでそろえられる。「しかも当社のメンバーにも、これらのプロフェッショナルがいます。スタートアップ企業では、このような高度に専門的な機能はほしいけれど、1人をフルタイムで雇うほどの資金はありません。例えば、社内のこのプロフェッショナルを『チームNJ』として、パートタイムで送り込み、彼らはfor Startups, Inc.の仕事とスタートアップ企業の仕事をパラレルで進めるといった離れ業もできるのです。そして企業のフェーズに応じて、CFOやCTOなどの人材を採用し、後を託してチームNJは去る」。

あくまでも清水の構想だが、for Startups, Inc.なら可能だ。そして素晴らしいキャリアと実績を積んだ人ほど、その経験を次の人に伝え、より多くの人に会社を立ち上げ、成長させる素晴らしい経験をしてほしいと思うものだ。それが日本の発展につながるという使命感と共に。for Startups, Inc.に集まるメンバーのマインドにもマッチする構想だ。

そう遠くない将来、様々なスタートアップが成長し、世界へと羽ばたく。その陰には必ずチームNJというプロフェッショナル集団がいる。そんなハードボイルドじみた展開を夢想し、高揚感とともに、清水は必ずやそれを実現しようと誓う。苦労も重ねながら、準備は着々と進んでいる。清水の視線はひたすら前へ前へと向いている。

メタップスで事業統括責任者を務めた人材は、なぜ 「for Startups, Inc.(旧NET jinzai bank)」 を選んだのか?

株式会社メタップスで事業統括責任者を務めた恒田有希子。東証マザーズ上場の2年前に入り、不屈の精神で、上場承認を得るための売上数値を作り続けた。間違いなく上場の立役者のひとりだ。だが上場後、その熱量を持て余している自分に気づく。次の挑戦先として選んだのがfor Startups, Inc.(旧NET jinzai bank)だった。

恒田有希子

試用期間を8回延長の末、メタップスへ。スタートアップが起こす奇跡を体感

恒田を語るうえで、前職のメタップスの存在は欠かせない。今の恒田がある原点だからだ。「1カ月の試用期間を7回も延長して、やっと入社を許されたんです」と恒田は振り返る。

その後の活躍からは想像できないが、当時は業界経験ゼロ、営業経験ゼロ。メタップスCEOの佐藤航陽氏のブログに魅了され、「この人の下で働きたい」という一念のみで直接アプローチして面接にこぎつけるも、「あなたの価値がわからない」と言われ、自分独自の価値を発揮すべく挑んだ試用期間だった。価値を発揮できないまま、もがき続ける日々……。

ところが転機は突然やってきた。

「ちょっとした手違いがあって、とあるコンペに呼ばれたことがあったのです。頑張ったんですけど、その提案自体は箸にも棒にもかからないレベルだったんですが、先方様に『すごく頑張ったことは伝わりました』と言われ、なんと他の案件をチャンスにもらえました」(恒田) 当時、メディア事業が主力だったメタップスだが、恒田が獲得したのは広告代理店事業の案件だ。社内にノウハウがないなかで、「絶対に次につなげる」という強い思いで推進。数百万円単位で始まったそのビジネスは、結果を出し続けることでどんどん拡大し、最終的には億単位に拡大した。

この成功が、図らずもメタップスの新たな事業を創出することになった。時は上場承認前夜。猛烈に数字を積み上げたいタイミングだ。恒田の偶然からスタートした広告代理店事業は、同社の売上規模の拡大に貢献するものとして注目を集め、大きくスケールすることになる。もちろんそこには、恒田の不断の努力があった。

「最初の1年は下積み、2年目は、上場に向けて売上数値を作ることにコミットし続けました」(恒田) 恒田は当時の努力ゆえになしえた数々の成果と、仲間と共に得たこの上ない高揚感を振り返る。

経験の延長上にある道を提案したヘッドハンターたち。志水だけは違った

ところがひとつの目標であった上場を果たした後、恒田は立ち止まった。

「上場後は成長から成熟にフェーズが移り、広告代理店事業も規模の拡大から利益率の拡大にシフト。誰もができる形に効率化することが求められるようになりました。効率的なマネジメントなら、私よりも得意な人がいます。大きくなった会社には大きな会社のやるべきことがあるのだと思いました。でも私が熱中でき、力を発揮できるのはアーリーステージ。ならば私は、ここを離れようと思ったのです」(恒田) メタップスで成果を出し続けた恒田を、周りが放っておくはずがない。恒田自身も「営業としてなら何でも売れる」という自信を持っていた。新たな活躍の場を探しはじめると、幾人ものヘッドハンターたちが接触してきた。

「それまでは、『この人と一緒に』、あるいは『この人のために』仕事をしたいという思いだったので、自分のキャリアを考えたことがありませんでした」(恒田) それでも「ヘッドハンターとはどんな価値を提供してくれるのか」という興味から、彼らに会うことにした。だが彼らからの提案は、恒田のこれまでの経験の延長として、「貴方にはこんな道がありますよ」というものばかりだった。

そのような中、for Startups, Inc.の志水だけはまったく違う視点を示した。

「志水は、スタートアップという市場がどれだけ可能性があるか、スタートアップがいかに新しい価値とお金を生み出すかを話し、そして『貴方はそこで何をしますか』と私に問いかけたのです」(恒田) それは恒田の心に刺さった。そして志水は、たたみかけるように「人が好きで、スタートアップが好きな貴方は、for Startups, Inc.に向いている」とも。キャリアの延長上で考えると意外なこの提案も、恒田の「志」から考えるとしっくりと腹に落ちた。

「誰かのためにではなく、はじめて『なぜ私はやるか』と考えたんです。特定のお客様ではなく、すべてのスタートアップの会社に、さらに言えば日本の発展に私の価値を提供できると思いました」(恒田)

最速で奇跡のマッチングを実現。会社の成長に欠かせない人材を求めて

次の挑戦を、for Startups, Inc.のキャリアコンサルタントとしてスタートした恒田。まだ入社して日は浅いが、毎日が実に刺激的だという。優秀な個人と会い、会いたいスタートアップ企業にも自分から会いに行く。

「通常は『どんな人がほしいですか』と聞くのかもしれませんが、for Startups, Inc.では、この会社がどこに行きたいのか、どうありたいのかを聞く。私自身、スタートアップにいたので、どこに課題があるのかが見えます。このようなヒアリングを通して、心から『この会社は行ける』『応援したい』と思った会社なら、この会社に必要な人材との出会いを絶対に私が実現したいんです」(恒田) 大企業と違って、スタートアップ企業が求めるのは、その企業のスケールに絶対欠くことのできないたったひとりの人材だ。入社して約2週間で、恒田は早速、そんな奇跡のマッチングを実現した。NET jinzai bankでも最速記録だった。

「その会社は、for Startups, Inc.に入る前から知っていた会社で、創業者は若い方ですが、近年稀に見る起業家だと感じていました。この会社に合うと信じた人に声をかけ、『私が、なぜその会社を素晴らしいと思っているのか』を、懸命にプレゼンしました」(恒田) 結果は、会ったその日に双方が意気投合し、入社が決まった。その後も双方から、「非常に良かった」と聞いているという。

「ビジネスとしてみれば、スタートアップの一社一社に対して、『この会社を絶対に勝たせよう』と執着することは合理的ではない」――それが、これまでにどん欲に向き合ってきた恒田の率直な感想である。だが、義と信念をもってそれをやるのがfor Startups, Inc.だ。そしてそれは、恒田がやりたかったこととも一致する。

世界的スタートアップも身近に感じる。次はこの手で、世界で戦う会社を創る

スタートアップ企業を支援するのがfor Startups, Inc.のスタンス。恒田は、それが個人の幸せにもつながると確信している。

「成熟期の企業は、人に投資しません。今あるものを維持することに注力し、チャレンジは自助努力に委ねられます。一方で、成長企業は人に投資し、チャレンジさせてくれます。急成長企業に身を置いたほうが人は成長し、幸せになれると信じています」(恒田) その思いを説き、共感を得て、個人と企業のたったひとつの出会いを創る。それが恒田のミッションだ。

たとえば、for Startups, Inc.も人材面で支援した株式会社メルカリ。フリマアプリ『メルカリ』で急成長しているが、恒田は、創業直後の同社を訪ねたことがある。

「雑居ビルの中のシェアオフィスにあったメルカリが、3年でこんな素晴らしい会社になったのです。この仕事をするようになって、Uberなどの世界的スタートアップも身近に感じられるようになりました。まさに私たちが日本から、そのような世界で戦える会社を創るのです」(恒田) そして何よりも恒田にとっては、この思いを共有する仲間たちの存在が貴重だ。

「これだけの大きなミッションに対して、全員が本気という会社は珍しい。多くの会社はコアなメンバー数名が本気で、後はそこについていくフォロワーたちです。でもfor Startups, Inc.は全員が、ミッションを実現するにはどうするかと考えている。それが魅力だし、この疾走感が本当に楽しい」(恒田)for Startups, Inc.は恒田にとって、そのあり余る熱量を存分にぶつけられる会社だったのだ。

パソナキャリアの凄腕営業マンは、なぜ 「for Startups, Inc.(旧NET jinzai bank)」 を選んだのか?

この業界ではベテランと言っていいだろうーー。結果も出し、役職にも就き、仕事に一定の手応えはあったが、同時にこの会社でできることの限界も感じていた。そして異業界への転職を考えていたとき、for Startups, Inc.(旧NET jinzai bank)を知る。「こんな発想をする会社があるのか」。そんな驚きとともに、六丸直樹はここを次の挑戦の場に選んだ。

従来の「人材会社」とはまったく違うfor Startups, Inc.に納得

六丸直樹は、前職のパソナキャリアで、クライアントサイドの営業(※RA=リクルーティングアドバイザー)として、12四半期連続達成という社内ギネスの記録を持っていた人物だ。順調に昇格もし、社内でも一目置かれてきたが、管理職として会社の方針にコミットすることが求められるなかで、皮肉にも六丸の中で違和感が膨れ上がった。

「個人の成長スピードを上回る企業の成長スピードがなければ、個人がその企業に属する理由がない、という考えを持っています。ですので当時支援する企業の成長スピードを加速させる候補者を引き合わせたいという想いがありました」(六丸)

大手企業は、ときに何十人と採用する。何十人のひとり、会社全体なら何千人のひとり。候補者の転職の目的次第ではあるものの、大手企業にプライオリティを置いた案件紹介を行う既存の人材紹介のスタイルに対して、六丸は「自分はその会社に何ができたか」と問いかけていた。

その疑問は、会社から期待をかけられ、経営層とも話すようになるなかで、決定的になった。

「会社の方針は『雇用創出』。もちろんその社会的意義の大きさは理解しています。ただ僕は、会社の成長があってこそ個人の成長や幸せもあると考えているので、もっと企業寄りの発想で、企業を勝たせる仕組みに携わりたいと思うようになりました」(六丸) そんなときに、for Startups, Inc.に出会った。最初は同業だと思い、興味を持たなかった。だが六丸は「一度、代表の志水に会ってほしい」との誘いに乗った。

「志水の話は衝撃的でした。個別の会社ではなく、マーケット全体を勝たせるエコシステムを構築しようと言うのです。成長企業に必要な人材を引き合わせ、会社を、マーケットを、日本を強くする。僕が持つ疑問の答えになるだけではない、はるかに壮大なビジョンでした」(六丸)

こんな発想で動いているエージェントは見たことない

for Startups, Inc.を知らない人には、同業からの転職に見えるかもしれない。だが六丸にとっては、前職とはまったく違う、社会にイノベーティブなソリューションを提供する会社に入社したという感覚だ。

「マーケット全体を勝たせるために、人材だけではなく、ベンチャーキャピタルとの連携も始まっていて、まさにこのビジョンが現実になるのだということに感動しました」(六丸) 自分のやってきたことを改めて振り返って考えた六丸。

「大手の求人企業ほど採用予算が大きく、採用人数も多い。一般的に人材会社は、そこをターゲットにWebで求職者を集客し、その中から優秀な人材を紹介する。それでクライアントも喜んでくれるのですが、クライアントファーストと言ってもせいぜいその程度でした」(六丸)for Startups, Inc.には、「国の経済競争力をつける」という目標があり、その手法のひとつとしてエージェント機能がある。そこだけを切り出せば、オペレーションは同じかもしれないが、視点はまったく異なるのだ。

「求人があるから紹介するのではなく、マーケットから見て今、イケてる企業にいかに優秀な人材を引き合わせジョインしてもらい、大きく成長させるかと考えるーー。こんな発想で動いているエージェントはないと思いました」(六丸) 人材業界にいたからこそ、六丸にはその違いが際立って見えた。

採用の先に会社の成長がないと意味がない。人生を賭けてもいいプロジェクト

実際に入社して仕事をするようになると、その手応えは大きかった。人材業界出身で、オペレーション自体は手慣れている。しかも数値へのコミットが強かっただけに、マッチングを果たし、数値を達成することに対しては、達成感よりは「当たり前」という感覚が強い。

「仕事としてやっているのですが、仕事を度外視しても情熱を傾けてやりたいし、for Startups, Inc.という組織にいるのですが、自分の人生を賭けたプロジェクトに参画しているという想いです」(六丸) クライアントや求職者に目配りはしつつも、目的は採用の決定にあったこれまでとは違い、採用がゴールではない。

「その人を採用したことによって、その会社が成長しないと意味がないし、入社した人にも申し訳が立ちません」(六丸)for Startups, Inc.では、その先こそが重要だ。そして、このような考えに基づくfor Startups, Inc.のやり方、考え方、求職者への情報発信のしかたは「すべてが理に適っている」と六丸は感じている。

企業の成長に寄与し、社会的意義や価値を感じると同時に、それが自己満足ではなく、求職者のために、ひいてはマーケット全体のためにもなるーー。決して前職を否定するのではないが、そこには「大手の」「既存の」人材サービス会社の限界があったのだと今ではわかる。

for Startups, Inc.に入社して1年以上たった今、当時のモヤモヤを払拭し、真っ直ぐに前を向く六丸の姿がある。

「ビジョン」にこそタレントが集まる。上場や安定が魅力ではないと実感

「for Startups, Inc.に来てわかったのは、あまたあるスタートアップの中でも勝ち筋のある会社があり、見込みがあるからベンチャーキャピタルは投資をするのだということ。誰が、何を、誰とやるかが揃っている会社だから勝つ見込みがあり、そこに我々がエンジンをつけ、成長させるのです」(六丸) これが、本当に勝てるスタートアップを目の当たりにした六丸の感想だ。そして、for Startups, Inc.自体もスタートアップである。

「周りは、一般のエージェントでは考えられないハイキャリアの人ばかり。そういう人材がこのスタートアップの会社に来るのだから、すごいですよ」(六丸) そのように六丸が感嘆するのが、for Startups, Inc.が掲げるビジョンに共感し、集まって来たタレント(=才能)たちだ。

このタレントたちが魅了されるのは「上場」でも「安定」でもなく、ビジョンなのだとわかった。for Startups, Inc.で知った、スタートアップでしか得られない経験、魅力があるという実感を広め、より多くの人に「スタートアップでチャレンジしたい」と思ってほしい。それが六丸の願いだ。

そんな六丸には課題もある。for Startups, Inc.には、70%の力をエージェント事業に割き、残りの30%は、自ら見つけたテーマで事業開発するという「7:3」のルールがある。

「自分のやりたいことと、for Startups, Inc.の目指す方向がピタリと一致しすぎて、残りの3割が見つからないんです」(六丸) 周りは多様なキャリアを持つ人材ばかり。周囲は前職の経験なども頼りに、それぞれのテーマを見つけている……。

その姿に改めて畏敬の念と、for Startups, Inc.の人材レベルの高さへの驚きを覚える。見方を変えれば、それだけの学びがある魅力的な環境だ。残りの30%を見つけ、さらなる成長へ。六丸の挑戦は続く。

ソフトバンクで新規事業を任されていた若き人材は、なぜ 「for Startups, Inc.(旧NET jinzai bank)」 を選んだのか?

日本からFacebookやGoogleのような企業を生み出す。それがfor Startups, Inc.(旧NET jinzai bank)のビジョン。そのための大きな一歩となる新メディア立ち上げにあたって、企画を進めている中村優太は1989年生まれの26歳。以前はソフトバンクという大企業にいた人材は、なぜfor Startups, Inc.で勝負をしようとしているのだろうか?

新規事業立ち上げに失敗した過去から学んだ「成功法則」

中村がfor Startups, Inc.に入社したのは、2015年7月。前職ソフトバンク社では、応募数1000件以上の新規案件から1位と2位を獲得する快挙を成し遂げ、新規事業責任者としてヘルスケア事業を担当していた。
しかし、その事業はあえなく失敗に終わる。
「新しいビジネスを0から創出する難しさを痛感しました。ソフトバンクという大企業で、新規事業を推進できる力が、当時の僕にはなかったんです。でも、同じ環境で成功させている人もいるんですよね。彼らのバックグラウンドを探ると、会社経営の経験や勢いのあるスタートアップでの経験があった。それが成功パターンなんだと思いました。今の環境では、そのような能力を身につけるのには時間がかかると思いました」(中村)
また、新規事業をクローズし、もともとの本業である携帯販売の代理店営業を任される時に、何のためにこの仕事をしているのだろうという疑問も生まれてきた。
「携帯電話って、人の生活を便利にしてるとは思うんですが、それを売ることに、自分にとって社会的な大義を感じられなくなってしまったんです。ヘルスケアの事業の立ち上げを経験することで、自分は、ゼロをプラスにするよりも、マイナスをプラスにするようなビジネスに関わる方がやり甲斐を感じると気づき、転職活動をはじめました」(中村)
当時、医療×ITまたは教育×ITを転職先として志望していた中村が相談を持ちかけたのが、実はNET jinzai bank。しかし相談していくうちに、NET jinzai bankこそが、最も自分に適しているのではないかと考えはじめたのだ。

孫正義や柳井正が持つような“大義”がこの会社にはある

志水との初顔合わせは、面接とは呼べないものだった。
「志水との面接の際、僕からは1時間何もしゃべってないんです(笑)志水はひたすら、ホワイトボードに事業内容や、これからのビジョンなどを書いて説明してくれました。青いペンを使っていて、ホワイトボードの白い部分よりペンの青の面積の方が多くなるんじゃないかと思うほどでしたね」(中村)
志水の話を聞いた中村は、その“大義”に惹かれたという。
「僕が尊敬する経営者には、ソフトバンクの孫さんやユニクロの柳井さんがいます。彼らは事業を創造するのに“日本のためになるか”という基準を持っているんですよね。志水は、日本が外貨を獲得しなければ貧しくなってしまうことを危惧して、自分自身は得意でなかったインターネット/IoT 業界に飛び込んだ。話を聞いていて、尊敬する経営者たちと重なりました。そういう“大義”を持つ人の近くで働ければ幸せだと思いましたね」(中村)
for Startups, Inc.では、全員の面接をパスしなければ採用に至らない。当時14名の全社員との面接を通過し、無事for Startups, Inc.のメンバーとなった。「全ての行動はビジョンに忠実かどうかで判断する」それこそがfor Startups, Inc.の魅力だと、中村はいう。
「数字についても同様ですね。たとえば求職者がその会社に入ることが幸せじゃないとわかっていても、背中を押してしまうことができます。でも、そういう数字のつくり方を絶対に認めません。
僕らが作りたいのは、日本のインターネット/IoT業界からGoogleやFacebookをつくることです。自分たちが実現したいビジョンに向かっていないものは、それがたとえ数字をあげるものであっても認められない文化。それってすごく素敵だなと思います」(中村)

~“第二の志水”の存在が、for Startups, Inc.を加速度的に成長させる~
中村の役割は、キャリアコンサルタントとしてヒューマンキャピタル事業に従事するかたわらで、新メディアの企画責任者だ。開発トップである小原健の下で企画を推進。メディアに掲載するコンテンツや機能を決定し、管理する。
「前職時代から、新しい事業を創ることが好きなんです。今は、エージェント業をメインでやりながら、メディア企画は20〜30%の時間で遂行していますが、新規事業をつくる時間をどんどん増やすつもりです」(中村)
エージェント業でも事業開発でも、目の前に手本になる人がいることもfor Startups, Inc.の魅力だと中村は話す。
「エージェント業では日本No.1の志水がいて、プロジェクトの推進に関してはNECやグリーで活躍していた小原がいる。志水や小原のようなお手本が近くにいて、真似してすぐに実践できる今の環境は、恵まれています」(中村)
for Startups, Inc.の事業を成功させるために中村が目指すのは、第二の志水だ。
「志水は、ヘッドハンターの中でもランクが高く、限られた時間で優秀な人材に会える確率が高いんです。まずは自分もそのようなハンターランクになることで、自分で数字を作りながら事業創出への貢献度を高めたいですね」(中村)
エージェント業で得た資金で新規事業を創るスタイルのfor Startups, Inc.。個々が志水のようなポジショニングを築くことで、加速度的な成長が見込めると中村は考えている。

24時間365日、プライベートと仕事が掛け算になる毎日を

「志水はよく『for Startups, Inc.はタレント集団でなければいけない』といいます。テレビに出ている芸人さんって、誰がどの事務所に所属しているか知らないじゃないですか。吉本興業の誰々ではなく、誰々さんは吉本興業なんだと」(中村)
だから「for Startups, Inc.の中村さん」ではなく「中村さんってfor Startups, Inc.の方なんですね」と言われることを目指す。個々がタレントになることをfor Startups, Inc.は目指している。それだけに、それぞれの業務についても性善説マネジメントのもとで任せられている。
中村の場合は、近い将来for Startups, Inc.は新卒採用も視野に入れなければならないだろうと考え、自主的に広報活動にも力を注いでいる。「こんなことを勝手に企画したので登壇してください」と志水に突然オファーをしている光景も珍しくない。
「たとえば、リクルートのサービス「サンカク」や、大学で志水がキャリア論を語るイベントなどへの参加を勝手に決めてしまいます。それを「わかった」と受け入れてもらえることに、彼の懐の深さを感じますね」(中村)
中村は、24時間365日、プライベートを充実させながら、かつ、掛け算で仕事も充実する状況を目指しているという。中村曰く、「ワークライフミックス」。その境地に入れたら “最強”になれる、そう考えているのだ。
自分のように仕事にも生き甲斐を感じられる人々が増えること。それによって世界で戦える企業が生まれること。今の中村にとって、それが自分の果たすべき “大義”なのだろう。そして、それは確実にfor Startups, Inc.の加速度的な成長を支えてくれている。

NEC、そしてGREE−−本気で世界一を目指していたエンジニアは、なぜ 「for Startups, Inc.(旧NET jinzai bank)」 を選んだのか?

世界に通用するインターネットビジネスの輩出を目指すインターネット/IoT業界専門の人材サービスfor Startups, Inc.(旧NET jinzai bank)。現在開発中であるインターネット/IoT企業の情報メディアの責任者である小原健は、このメディアが個人のキャリア選択時に「やりがい✕経済合理性」を最大化させる一助となることを確信している。

「世界で戦えるインターネット/IoT企業を日本から」 創業者 志水雄一郎のビジョンを叶えたい

世界にないモノを創りたい。そんな想いで転職活動を始めた小原が、for Startups, Inc.への参画を決めたのは、創業者である志水雄一郎のビジョンに共感したからだった。

——FacebookやGoogleのような、世界で戦えるインターネット/IoT企業を日本から輩出するために、優秀な人材が適切な企業に集まる支援をする。それによって、豊かな日本を守っていく。

それが、志水の描く未来だ。

「志水のビジョンを実現できたら、世の中に与えるインパクトは大きいと思いました。本気で実現するんだという想いも伝わりましたね。人材業界トップセールスの志水だからこそ、実現可能性も十分にあります」(小原)

当時、多くの企業からスカウトを受けていた小原の心を動かしたのは、志水の壮大なビジョンだったのだ。

「志水との出会いは、もう一度“世界一”に挑戦するチャンスだと思ったんです」(小原)

そんな小原のキャリアは、大学院卒業後、NECに入社したところからはじまる。新卒でエンジニアとしてNECに入社した理由を、小原は「世間知らずだったから」という。電機メーカーが最も優れた業界なのだと思い込んでいた、ただそれだけだった。

入社後はその働きぶりを高く評価され、居心地の良さから6年間勤めることになる。しかし、定時での帰宅が当然の毎日に、「もっと働きたい」という想いが強くなり、GREEへ転職することとなったのだ。

for Startups, Inc.は「GREEで届かなかった夢」にもう一度挑戦する舞台

転職当時、30歳。GREEを知ったのは、for Startups, Inc.創業者の志水がインテリジェンス社時代に立ち上げたDODAからの紹介だった。

「GREEに話を聞きに行ってみたら、優秀そうな人たちがアグレッシブに仕事をしているんですよ。優秀な人たちと上を向いて仕事をしたくてたまらなかった僕にぴったりの環境でした」(小原)

エンジニアのキャリアでありながら企画部に配属された小原。当時300人規模の企業で、全社最優先で取り組んでいたスマホプラットフォーム立ち上げのPMOにアサインされた。しかし、小原以外のプロジェクトメンバーは全員戦略コンサルタントなどの出身。エンジニアであった小原は、ここで挫折を経験したという。

「コンサル出身のメンバーは、まず、パワーポイントの資料作りが速い。違う業界からの転職、且つ、仕事でのパワーポイント作業がほとんどなかった僕には辛かったです笑。それに、NECのような大企業ではどの仕事をするかはすべて上層部が判断します。でも、GREEでは自分たちが『これをやりたい』と、手を挙げるんです。つつがなくこなすよりも自分で『やる』と言った姿勢が評価される。評価尺度の違いには驚きましたね」(小原)

そんな優秀なメンバーとともに、本気で世界一を目指していた小原は「これだけのメンバーが、これだけ頑張っているのだから負けるはずがない」と信じていた。しかしその願いは届かなかった。

失意の小原は、GREEが早期退職者を募った際に辞職。新天地を求めて志水と出会ったことがきっかけで、for Startups, Inc.へジョインすることになる。その理由は前述の通り、もう一度“世界一”に挑戦するためだ。

for Startups, Inc.での小原の主なミッションは、現在手がけているインターネット/IoT企業の情報メディアの開発。ゼロからの立ち上げで、リーンキャンバスを描き、当初は自身のPCに開発環境を作り、アーキテクチャにも拘りRailsでプログラミング。プロジェクトを進めるにあたって、日々志水と議論を重ねている。

「事業としてお金を生むのは当然のことですが、まずはコンテンツが大事だと思っています。価値ある情報を提供すれば、自ずといろいろなマネタイズ方法が考えられる。だから、まずは正しくて必要な情報を出したいですね」(小原)

忙しい時間を使って開発を手伝ってくれる“非エンジニア”のメンバーたち

マネタイズよりもコンテンツ。とはいえ、資金がなければサービスは立ち上がらない。だから自分たちの力で“金を稼ぐ“必要もある。

「入社当初はヘッドハンターとしてエージェント業務に従事して、まずは足元の数字を作ることに専念しました。for Startups, Inc.では、全員が70〜80%のリソースでエージェント業を、残りの20〜30%で事業開発を行います。私だけ少し特殊で、現在は20%程度がエージェント、80%がメディア開発や経営企画として働いています」(小原)

新メディアは「世界で勝てるインターネット/IoT企業を国内から生み出す可能性」を大きく押し上げる役割を果たすものだ。それだけあって、小原以外のメンバーも20〜30%のわずかな時間をぬって、積極的にサポートしてくれている。

それ以外にも、フリーランスのデザイナーとエンジニアにもサポートしてもらってはいるが、それでも人数が全然足りないという小原。この新メディア以外にも、for Startups, Inc.で作りたいサービスはたくさんあるようだ。

「優秀なメンバーを、まだまだ募集しています。今よりもっともっと上を目指しているので。自分たちより優秀な人が来てくれたら、今のメンバーもさらに活性化されますしね」(小原)

そしてエンジニアにとっても、for Startups, Inc.は刺激的な職場になるはずだ。現在の人材エージェント業界では、エンジニアの心理・文脈を理解できる人材が圧倒的に足りていない。エンジニア経験がなくてエンジニアと会話ができる人が少ないのだ。

for Startups, Inc.ではエンジニアとしてのキャリアを積むこともできるし、エンジニア経験を活かしてエージェント業を選択してもいい。だからこそエンジニア出身者が、本当にいいキャリアを築くことができる。小原は自身の経験を通して、そのように確信している。

「エンジニアには、世界で勝てる企業で働いてほしい」

日本からFacebookやGoogleのような企業が生まれないと、日本は豊かではいられない。だからfor Startups, Inc.は、世の中に求められている。小原はそのように感じている。

その一方で、小原には実現したいことがある。新しいサービスを通じて、個人のキャリア選択時に「やりがい✕経済合理性」を最大化させることだ。

「仕事って、やりがいだけでは生きていけないし、経済合理性だけをとってもやりがいがないと、つまらなくなってくる。やりがいも経済合理性も、どちらも大切なんです。どちらも考慮したうえで、今この瞬間、1つしか選べないキャリアや時間をどこに賭けるのかを決めるべきです。その基準となる情報を、新しいメディアを通して伝えていきます」(小原)

新メディアは、どんな人でも利用することができる。エンジニアである小原は、「特にエンジニアには、大切にされる企業に入って欲しい」という強い想いを持っている。それは、小原自身がエンジニアの働き方について違和感を持っていたからだった。

「同じ大学の人であれば、卒業したころは、みんなほぼ同じスキルセットなはず。でも就職する環境によって、エンジニアは“社内外注”のようになってしまうこともあれば、“神様”のように扱われることもあるのが実態です。しかし、それを知らない人が、とても多いんです。

大手に入社できるような人にとっては、ITベンチャーは“いち零細企業”みたいなイメージかもしれません。でも、そこにはGoogleやマイクロソフト、SONYなどで実績を挙げた優秀なエンジニアが集っています。GREEやDeNAといったメガベンチャーからスタートアップまで、そこではエンジニアが神様で、給料も高い。世の中を変えられる可能性も高い。だからエンジニアは、絶対にWeb業界で勝負した方がいい。そのことを知ってもらえるようなプラットフォームを作れたら、優秀な人が集まり、世界で勝てる企業を輩出できると考えています」(小原)

日本から世界で勝てる企業を生み出す――そのために、まずは適切な情報を世に届けることが必要だ。for Startups, Inc.は、わたしたちのビジョンに共感してくれる仲間を集めて、この事業をさらに推進していく。

かつてGREEで叶えられなかった“世界一”という夢を、ここでもう一度目指そう。そう思える何かが、for Startups, Inc.にはあるのだ。

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